決勝戦前夜、四次試験の幕開け
皆様、ごきげんよう!
本日は、四次試験の幕開けの回です。
ゆるーく見ていってください。
迷宮の入り口は、もはや入り口というより巨大な風穴であった。
瓦礫が山積し、崩落した壁の向こうからは、迷宮の奥底から吹き抜ける不穏な熱風が吹き抜けている。そこへ、黄金の装甲を鈍く光らせるロー◯ン戦車が、轟音と共に優雅に乗り上げた。
周囲では、攻略に失敗して撤退してきた冒険者や、異常事態に腰を抜かしたギルド職員たちが、言葉を失ってその光景を眺めている。
「あら、みなさま。わたくしたちの帰還を歓迎してくださるなんて、ご丁寧に恐縮ですわね」
セシリアは戦車のハッチから顔を出し、扇子で軽く顔を仰いだ。その背後では、迷宮の入り口であるはずの壁が、跡形もなく消滅している。
「あら、入り口の手続き? そんなことより、迷宮ならわたくしが『物理的に開拓』しておきましたわ。あとの補修工事の見積もりは、すべて私の口座に送っておきなさい」
セシリアは慈悲深い淑女の笑みを浮かべる。しかしその背後には、硝煙と破壊の跡が鮮明に刻まれており、見た者全員が戦慄した。
一方、戦車の端に座り込んだカインは、完全に魂を抜かれた表情で地べたを見つめている。
「……壁、なかったなぁ……。俺の人生も、あの大穴と一緒に消えたんだ……。あははぁ……」
カインは壊れた蓄音機のように、虚無の言葉を繰り返す。
そんな彼の肩を、バッカスが豪快に叩いた。
「がっはっは! そうだよカイン! 壁がなけりゃあ、空が広くて最高だぜ! 勝っても負けても、まずは乾杯だ!」
モカはレジ袋を抱えたまま、瓦礫の先にある大空を哲学的に見つめている。
「お嬢様。あの穴は、私たちの心に空いた穴と同じ……何でも入るし、何でも出せる。私たちは、自由です」
現場はまさに大混乱である。
本来あるべき場所にあるべきものがない。「迷宮の壁」という概念がローゼンブルク家によって塗り替えられた瞬間、この場の全員が、この「不法侵入」ならぬ「不法開拓」の目撃者となったのである。
◇◆◇
迷宮の入り口で呆然としていたのも束の間、ギルド職員たちが慌ただしく拡声器を鳴らし始めた。生き残った精鋭たち、あるいはただ単に運良くここまで辿り着いた者たちが、一つの場所に強制的に集められる。
その中央には、今回の四次試験の試験官が立っていた。背後には転送用の魔導陣が青白く光を放っている。
『全員、集まったな! これより四次試験、すなわち決勝戦を行う!』
試験官は高らかに宣言すると、手元の資料を広げた。
『決勝の形式は「フラッグ争奪戦」だ! フィールド内に約10本のフラッグを設置した。制限時間は十分。終了時に、より多くのフラッグを確保していたチームが勝利となる!』
冒険者たちが息を呑む中、試験官はさらに過酷な条件を突きつける。
『基本ルールは以下の通りだ。フラッグは早い者勝ち。一度確保されたものは、いかなる理由があろうと再取得は不可能! また、フィールドは「岩場エリア」を使用する。巨大な岩が乱立し、視界も高低差も厳しい環境だ。隠密と立体的な機動が勝敗を分けることになるだろう』
周囲の冒険者たちは、互いに目を合わせ、ライバルを警戒し始めた。誰がどの岩陰に隠れ、どう動くか。知略と隠密、そしてチームの連携が試される過酷な戦いの幕開けだ。
『戦闘は自由! だが、目的はあくまでフラッグの確保だ。仲間と連携し、いかに効率よくポイントを奪うか……戦略とチームワークが問われる、過酷な知略戦となるだろう!』
試験官が熱弁を振るうその横で、セシリアはふっと小さく鼻を鳴らした。
「知略、ですわね。……ふふ」
彼女の手の中には、迷宮の修繕見積もりなどよりも遥かに大きな、「富」という名の絶対的なカードが握られていた。
試験官が熱っぽく語るルール説明の合間、セシリアは手元で扇子をパチンと鳴らした。その涼やかな音は、緊迫した会場に場違いなほど優雅に響き渡る。
「要するに、他の方々に触れられる前に、わたくしがすべて『買い占め(確保)』てしまえばよろしいのね? シンプルで素晴らしいルールですわ」
彼女は周囲の冒険者たちを、まるで在庫処分品のワゴンセールでも見つめるような目で一瞥した。
「早い者勝ち、再取得不可……。まさに資本主義の縮図ですわね。わたくし、幼少期から『一括決済』という言葉が大好きですの。今回の決勝戦も、その美学に則って進めさせていただきますわ」
その言葉に、隣にいたモカが深く頷く。彼女はいつもの控えめな様子とは打って変わり、どこか達観したような、哲学的な表情を浮かべていた。
「お嬢様……仰る通りです。岩場という凹凸は、人生の苦難と同じ。避け、隠れ、やり過ごそうとするのは弱者の思考。それを戦車で平ら(更地)にして進む……それこそが、私たちの進むべき道なのですね」
モカの言葉は、常人には理解しがたい深淵を含んでいた。それを横で聞いていたカインは、深いため息をつきながら、戦車の影に隠れるようにして天を仰いだ。
「……隠密? 岩場で隠れる……? どの口が言うんだよ。あんなデカい金ピカの戦車で、迷宮の壁をぶち抜いておいて……」
カインは、今更ながらに自分たちが身を置いている環境の「異質さ」を痛感していた。だが、もはやツッコミを入れる気力も残っていない。彼はスナイパーライフルを握り直し、ただ乾いた笑いを漏らした。
「はは……。俺たちの知ってる冒険って、どこへ行っちゃったんだろう……」
セシリアの辞書には「隠密」という言葉は存在しない。あるのは「蹂躙」と「買収」のみ。決勝戦という舞台は、いまや一人の令嬢による市場独占のためのショーへと変貌しようとしていた。
◇◆◇
乾杯同盟の面々を送り出し、セシリアとモカは黄金の戦車『ローゼン・タンク』の中で夜を明かすこととなった。
迷宮の風穴から王都へ吹く風は、すでに決勝戦の熱気を孕んでいる。だが、戦車内の空調は完璧に調整され、ティーカップの中の紅茶は揺らぐことなく澄み渡っていた。
その優雅なひととき、アイザックの電子音が戦車内に響く。
【報告。先ほど、金塊一トンを現地担当者に寄付した結果、決勝戦フィールド『岩場エリア』の詳細測量図を入手しました】
テーブルに映し出されたホログラムには、巨大な岩々が迷宮のように乱立する、複雑怪奇な地形が浮かび上がる。視界を遮り、高低差で隠密を強いる……通常の冒険者であれば絶望するような難所である。
セシリアは、ホログラムの中に浮かぶ無数の巨大岩を、細い指先で優雅になぞった。その唇には、獲物を前にした狩人のような、不敵で冷徹な笑みが浮かぶ。
「あら、ご苦労様ですわ、アイザック。けれど……この岩場、視界が悪くてお茶会に不向きですわね」
セシリアが扇子で岩の群れを一つずつ指し示すたび、それらがまるでゴミであるかのように軽く扱われていく。
「岩は隠れるためのものではありませんわ。ただの風景の汚点ですの。四次試験は、この『障害物の一括撤去』から始めますわよ」
【了解。全地形対応・粉砕モードをスタンバイします。】
戦車の外では、決勝戦を控えた冒険者たちが、岩陰での待ち伏せや奇襲ルートの確認に余念がない。彼らはまだ知らない。明日、彼らが隠れるはずの岩場が、一人の令嬢の気まぐれによって、地平線まで続く平坦な大地へと変わることを。
決勝戦前夜。王都の郊外に漂うのは、戦いの緊張感ではない。
かつてない破壊と、完璧な買い占めの予感。
戦車の中で紅茶を飲み干したセシリアは、明日という一日を待ちわびるように、静かに目を閉じた。
ローゼンブルク家の、優雅にして無慈悲な決勝戦が、今始まろうとしている。
◇◆◇
翌朝。
試験会場となる広場には、決勝へ進出した精鋭たちが集結している。彼らはそれぞれが「岩場エリア」攻略のための隠密装備を整え、険しい表情で互いを牽制し合っていた。
「……おはようございますわ。本日の朝食は、少し早めの『勝利のプレリュード』といたしましょう」
セシリアが登場すると、周囲の空気が一瞬にして凍りつく。セシリアが纏う優雅にして傲岸な空気に、他の冒険者たちは言葉を失った。
しばらくすると、試験官が再び壇上に立つ。
『全員、準備はいいか! これより決勝戦のフィールドへ転送する! 制限時間内にフラッグを確保し、栄冠を掴み取れ!』
試験官が懐中時計の蓋を閉じると、カウントダウンが開始された。
『――三、二、一……!』
その瞬間、試験官が合図と共に転送のスイッチを叩き込んだ。
会場に設置された巨大な転送魔導陣が、青白い光を激しく放つ。空間が歪み、世界が反転するような感覚が一行を襲った。
「お嬢様。勝ちましょうね」
「えぇ、元からそのつもりでしてよ。――アイザック。目標座標を確認して。……障害物(岩場)を、わたくしのお庭のように整地してくださるわね?」
【了解。粉砕プラン、実行開始まで――コンマ一秒】
セシリアは扇子を広げ、これから始まる「お掃除」への期待に、妖艶な笑みを深めた。
視界が白光に包まれる。転送の先で待つのは、岩場ではない。セシリアの手によって平らになる、ただの「更地」である。
四次試験、決勝戦――開幕の鐘が鳴った。
ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。
決勝戦のフィールドは「岩場エリア」。隠密と知略が求められる舞台……
さて、この状況をお嬢様はどうするのでしょうか。
次回「フラッグを買い占めれば問題ないんですよの」
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