ボスを星にして、壁を破壊して帰宅ですわ
皆様、ごきげんよう!
本日は、精神が終わった苦労人達、ロー○ン戦車で地上へ帰宅の回です。
ゆるーく見ていってください。
ロスト・ガーディアンが空の彼方へ消えてから、迷宮最深部には奇妙な静寂が訪れている。
ボスの消滅と引き換えに、迷宮の主を収めていた玉座の間は無残に崩壊している。だが、そこから差し込む外の光は、あまりにも清々しいものだ。
突き抜けた壁から吹き込む風は、迷宮特有の澱んだ空気を一掃し、春の陽気のような心地よい香りを運ぶ。
「あら、外の風は清々しいですわね。迷宮という密室、少々息が詰まりましたわ」
セシリアは崩れ落ちた壁の瓦礫を積み上げ、即席の椅子を作り上げると、優雅に脚を組んだ。
ロー○ン戦車の屋根から取り出した銀のティーポットから、琥珀色の紅茶がカップに注がれる。湯気が、差し込む陽光の中でキラキラと踊った。
「やはりお茶は、開放感のある場所でいただくのが一番ですわね。アイザック、この穴からの採光、もう少し明るくできませんこと? わたくしの美肌が映えませんわ」
【了解。周囲の残骸を調整し、反射光を最適化いたします】
アイザックの淡々とした報告と共に、黄金の戦車から放たれた光が壁の穴を反射板のように使い、室内を柔らかく照らし出した。
あまりの優雅な光景に、すぐそばで転がっていたカインは、完全に虚無の表情を浮かべていた。
彼が握りしめているのは、砕け散ったカップの破片と、床にこびりついたコーヒーのシミである。
「……空へ、飛んでいったんだな……。ボスも、俺の尊厳も、何もかもが……」
カインは焦点の合わない目で、天井に空いた大穴の先にある青空を見つめた。
「俺の人生も、あんな風に空の彼方に飛んでいけば楽になれるのか……? 壁を突き破って、そのまま遠くへ……。あぁ、なんて素晴らしい眺めなんだろう……」
カインの独り言は、もはや副団長のそれではなく、悟りを開いた隠者のそれであった。彼は魂を口から半分ほど出しながら、満足げに微笑んでいる。
そんな惨状を横目に、セシリアは小さく溜息をついた。
「あら、カインさん。そんなところで寝そべってばかりですと、お茶会が台無しですわよ。……モカ、あなたもそんなにぼーっとしていないで、お菓子を配りなさい」
そう呼ばれたモカは、ロー○ンを出てきて、立ったまま虚空を見つめて静かに首を振った。
先ほどまでの狂ったような笑い声はなりを潜めている。
その瞳から熱が消え、まるで深淵を覗き込むような静かな光が宿る。彼女はゆっくりと立ち上がると、無造作に開いた壁の大穴へと歩み寄り、外から差し込む光を掌で受け止めた。
「……お嬢様。壁とは、壊すためにあるのではなく、視界を広げるためにあるのですね」
モカは神妙な面持ちで、悠久の真理を語るような口調で続けた。
「私たちは今まで、あまりに狭い『常識』という壁の中で生きていたのです。冒険とは、迷宮とは、攻略とは……そんな矮小な枠組みが、私たちの心を縛り付けていたのですね。今、この大穴から流れ込む風が、私に教えてくれました。すべては幻想であり、ただそこに空があるだけだと」
完全に哲学的な領域へと足を踏み入れたモカの言葉に、周囲はシンと静まり返る。だが、その静寂を一気に切り裂いたのは、豪快な笑い声であった。
「がっはっは! そうだよ、モカちゃん! 壁がなけりゃあ、ボスだってあんなに綺麗に星になれねえ! 最高だぜ、あの放物線!」
バッカスは酒瓶を空高く掲げ、涙を浮かべて爆笑している。彼はボスの消えた空を見上げ、満足げに喉を鳴らした。
「あの飛んでいき様、まさに最高の芸術だぜ! 迷宮の壁に穴をぶち抜いて、ボスを空の彼方に叩き込む……これぞ、乾杯同盟の目指すべき境地だ!」
少し前にバッカスの隣へ転送されてきたイグニスとラックは、ようやく状況が理解できたようで、呆然とした表情で互いの顔を見合わせている。
「イグニス、俺の目は腐ってへんよな。ボスが、ほんまに空の星になってんな……?」
「うん……多分そう。俺も話聞いてて「こいつら幻覚見てる」って思ったけど……あのお嬢様の言動からして多分本当にグーで行ってる」
二人は、あまりの光景に二人して地面に体操座りをして放心していた。その傍らで、バッカスは相変わらず笑い転げ、モカは優雅な手つきで空を指差して「すべては空の彼方へ」と呟いている。
精神がイカれた苦労人共、相変わらず笑い転げるバッカス、体育座りで空を見上げて放心するイグニスとラック。
まさしく地獄絵図。
こんな現場、誰も居たいとは思わない。
◇◆◇
迷宮の最深部に響き渡ったあの凄まじい轟音は、当然ながら他の探索者たちの注意を引いた。
死に物狂いでトラップを潜り抜け、ようやく最深部へと辿り着いた上位探索者パーティの面々は、その光景を目の当たりにして完全に言葉を失った。
『……ボスは? ここ、迷宮の最深部だよな?』
リーダーと思しき戦士が、呆然とあたりを見渡す。そこにあるはずの巨大な騎士の姿はなく、ただ、広大な壁面に穿たれた異様なほど綺麗な「大穴」だけが、青い空を覗かせていた。
『壁が……壁が物理的に突き破られてる……? しかも、なんだあれ……なんで迷宮の深層にロー○ンがあるんだよ……?』
魔法使いの青年が震える指で、鎮座する黄金の戦車『ロー○ン・タンク』を指差す。
戦車の屋根の上では、金色の装飾を施したテーブルに純白のクロスが敷かれ、優雅なティータイムが繰り広げられていた。そのあまりに場違いな光景に、彼らは唖然とするしかない。
探索者たちが困惑のあまり一歩も動けずにいると、戦車の屋根の上から涼やかな声が飛んできた。
「あら、ごきげんよう。迷宮の探索中かしら?」
セシリアはカップをソーサーに置き、探索者たちに向けて爽やかに微笑んだ。
「ボスなら少し遠くまでお出かけになりましたわ。再教育のための長期研修ですの。……あいにくですけれど、帰還の予定は未定ですわ。お土産には期待なさらない方がよろしいですわよ」
『……え? ボスが、研修……?』
探索者たちは、セシリアの言葉を即座に理解することができなかった。
彼らが命懸けで攻略しようとしていた強大なロスト・ガーディアンが、たった今、この少女のティータイムの合間に「研修」へ送り出されたという事実が、理解の範疇を超えていたからだ。
その横で、カインはまだコーヒーのシミを見つめながら「……お土産か。俺の人生にも、何か素敵な土産があればいいんだが……」と独り言を繰り返している。
本来ならば魔物の咆哮が響くはずのその空間は、今はただ、優雅なティータイムの余韻と、乾杯同盟の笑い声、そして精神を削られた冒険者の溜息に満ちていた。
「あら、良い眺めですわね。迷宮の表層が、すぐそこに見えますわ」
セシリアは空になったティーカップを置き、戦車の屋根から大穴の向こう側――迷宮の入り口から続く外の世界を見下ろした。
あそこを抜ければ、面倒な手続きも、攻略後の報告も、すべて省略して帰路につける。
その時――
静まり返った玉座の間に、空間を支配するように重々しい電子音が響き渡った。
【――警告。迷宮主個体『ロスト・ガーディアン(第二形態)』の物理的排除、および迷宮管理権限の全域強制掌握を検知しました】
【システム更新。迷宮『忘却の深淵』の攻略が完了しました】
【報酬として『迷宮の所有権』『古代魔導の設計図』『一兆ゴールド』が、貴殿の口座へ自動振り込みされます】
ボスの消滅に伴い、迷宮の機能が完全に停止したことを知らせる無機質な報告。
だが、その報酬の額を告げた瞬間、バッカスは酒瓶を落とし、イグニスとラックはただただ口を開けて固まった。
「……いち、兆……?」
「冗談やろ……攻略報酬だけで、俺たちの命が何万回買えるんや……」
「はは、凄い額」
カインはもう何も反応しない。ただ、天井から降り注ぐ太陽光を見つめ、静かに何かを悟り続けている。
「あら、ようやく終わりましたのね。アイザック、報酬の受け取り処理も面倒ですわ。このまま外へ出て、あの大穴から地上へ直帰いたしますわよ」
【了解。迷宮攻略完了の確定処理と、報酬の一括受領、および帰還ルートの計算を完了しました】
黄金の戦車が重低音を響かせ、エンジンを始動させる。
その光景に、立ち尽くしていた他の探索者パーティは、ただ呆然と見送るしかなかった。
「……おい、嘘だろ。あいつら、攻略報酬も受け取らずに、壁に空いた大穴から……」
戦車にはセシリアと哲学に目覚めたモカに加え、完全に泥酔しきったバッカス、魂が半分飛んでいるカイン、そして状況が呑み込めず固まっているイグニスとラックが乗り込んでいた。
「がっはっは! 出口は自分で作る! これぞ冒険の極みだな!」
「……お嬢様?! このまま外出たら、地上で大騒ぎになるって?!」
「あはは……もう、何でもいいやぁ……!」
黄金のキャタピラが瓦礫を粉砕し、戦車が迷宮の壁を突き抜けていく。
燦々と降り注ぐ太陽の下、迷宮の深部から突如として現れたロー○ン戦車が、地上へ向かって優雅に駆け抜けていくその姿を、数多の探索者たちが目撃することになった。
――迷宮の歴史に、また一つ、語り継がれる伝説が刻まれる。
壁に大穴を開けて直帰し、そのままロー○ン戦車で帰宅した一人の令嬢と、その愉快な仲間たちの、あまりにも派手で、あまりにも優雅な一日。
空の彼方へ消えたボスの行方を知る者は誰もいない。だが、あの日の風は、間違いなくローゼンブルク家の勝利を告げていたのである。
ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。
ボスは研修に出かけました。そして、壁には風通しの良い穴が開きました。乾杯同盟の皆様もいい反応をしていましたね。
次回「四次試験進出、その内容とは……」
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