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ボスに就職を勧めてみましたわ

皆様、ごきげんよう!

本日は、迷宮の主に就職を進めるお嬢様の回です。

ゆるーく見ていってください。



 迷宮の最深部が、絶叫にも似た轟音で揺れる。


『グオオオオオオオッ!! 我が内に眠る迷宮の深淵……そのすべてを喰らい尽くし、貴様らの理を粉砕してくれる!!』


 ロスト・ガーディアン(第二形態)が、迷宮内に充満する全魔力をその巨体へと吸い寄せていく。

 鎧からは禍々しい黒い雷が(ほとばし)り、周囲の空間そのものが歪み始めていた。


 それはもはや魔物ではない。迷宮というシステムそのものが起こした「災害」である。


「あら、ずいぶんと派手な進化ですわね。まるで、わたくしの資産運用における『予測外の暴落』を見ているようですわ」


 セシリアが扇子で口元を隠し、冷ややかに微笑んだ瞬間、ボスの大剣が空を裂いた。

 その一撃は、物理攻撃という概念を通り越し、空間そのものを断ち切る「バグ」と化していた。


 ドォォォォォォン!!


 黄金のコンビニ戦車『ロー○ン・タンク』が、まるで玩具のように宙を舞う。

 車体が激しく傾き、衝撃波がロー○ン店内を襲う。


「あああああッ!? 俺のコーヒーーー!!!!!」


 カインの絶叫が迷宮に響き渡る。大切に淹れた一杯百二十万ゴールドの高級コーヒーが、全て床にぶちまけられ、カップだけが空しく転がった。


「あははっ、か○あげクン美味しいですぅ。……あの黒い雷に当たったら、ロー○ンごと消滅するんですよねぇ……。もう、どうにでもなれですぅ……」


 モカはもはや驚く気力すら残っておらず、虚無の瞳で天井を仰いでいた。思考回路が限界を迎え、感情が完全に「無」へと帰したのである。


『フハハハッ! 我が領域において、貴様らはただの塵芥! その鉄の箱ごと粉砕してくれるわ!』


 ボスが黒い翼を広げ、第二撃を繰り出そうとする。


 だが、戦車が空中で揺れる最中、セシリアは紅茶を飲み干したカップをソーサーに静かに置いた。

 その瞳には、恐怖ではなく、かつてないほど鋭い「投資家」としての輝きが宿っていた。


「……バグ、ですって? システムの範疇を超えたエラーなら、買い取る価値がある……いいえ、買い取らなければなりませんわ」


 ロスト・ガーディアン(第二形態)が繰り出した漆黒の衝撃波は、コンビニ戦車の装甲を飴細工のように歪ませた。


 だが、その瞬間。


【緊急警報。物理干渉レートを最適化。これより防衛フィールドを『金剛・成金バリア(アップグレード版)』へ換装します】


 バリバリバリッ!!


 戦車を包む黄金の光膜が強烈に輝き、ボスの猛攻をいとも簡単に跳ね返した。物理法則を無視したはずの「バグの刃」すら、このバリアの前ではただの火花となって散っていく。


「あら、この変形……パーツの接合部が美しいですわね」


 セシリアは揺れる戦車の屋根に立ち、暴風にさらされながらも、扇子を広げてボスを観察した。


「ただの魔物ではなく、迷宮の歴史そのものを肉体として再構成していますのね。……この禍々しい鎧、そして結晶化した負の感情。これほど贅沢な素材、世界中のどこを探してもございませんわ」


 彼女の瞳には、倒すべき敵ではなく、「獲得すべき最高級の美術品」としてのボスが映っている。


【解析完了。現在の個体は、旧来の迷宮運営権限の枠組みを大きく逸脱。その魔力強度および存在の希少性は、迷宮そのものを上回る“独立資産”と判定されました】


「独立資産……ふふ、最高の響きですわね。迷宮という小さな箱庭に留めておくには、あまりにも惜しい才能ですわ」


 セシリアが戦車の屋根で優雅に指を鳴らすと、アイザックが瞬時にボスの「価値」を弾き出した。


【市場価値を算定中。その呪い、その闘争心、その破壊衝動。すべてを換算した場合、王都の貴族が一生かかっても稼げないほどの莫大な流動性資産と等価です】


「そうですわね。倒して消滅させるなんて、そんなの、数兆ゴールドを溝に捨てるようなもの。……アイザック、この個体に『雇用契約』の要件を提示しなさい。わたくしのポートフォリオに、最高級のスパイスとして加えて差し上げますわ!」


 暴風が吹き荒れる中、セシリアは楽しげに微笑む。


 彼女にとって、第二形態のロスト・ガーディアンは、迷宮の守護者ではない。

 これから「年俸交渉」を行うべき、有望なビジネスパートナーに過ぎなかったのである。


 黄金のメガホン。それが、セシリアが戦車の屋根で掲げたアイテムであった。

 純金で鋳造されたそのメガホンは、最大出力で鳴らせば迷宮の天井を震わせるほどの轟音を叩き出す。


「あなた! 聞こえていますの? そんな埃っぽいところで、何百年も迷宮の留守番なんて……非常にもったいないですわ!」


 メガホンから放たれた電子増幅された声が、ロスト・ガーディアンの核に直接響く。


「わたくしの別荘の『門番兼・最高級セキュリティ・ディレクター』として雇って差し上げますわよ! もちろん、休日完備、福利厚生は天下のローゼンブルク家水準をお約束いたしますわ!」


 覚醒し、全知全能の破壊者となったはずのボスは、一瞬だけ動きを止めた。

 あまりの唐突な「雇用契約」の提示に、その破壊衝動が混乱を起こしたのである。


『……ハ?』


 だが、次の瞬間、ボスが激昂する。

 黒い雷が迷宮を覆い尽くし、怒りが空間そのものを焼き焦がす。


『我を……この迷宮の理を……貴様の犬になどにするつもりかァアアアッ!!』


 激しい殺意を込めた大剣が、戦車へと振り下ろされる。

 しかし、セシリアは一歩も退かないどころか、優雅に扇子を閉じてボスの正面を見据えた。

 その瞳に宿るのは、恐怖ではなく、不快感。


「……いま、貴様と仰いましたわね?」


 戦場に、ぞっとするような静寂が訪れた。


「……貴様ってなんなんですの? 淑女に向かってその言葉遣い……。わたくし、幼い頃から言葉遣いには厳しい教育を受けてまいりましたのよ。迷宮の主といえど、礼儀がなっていない者には……教育が必要ですわね」

『な、何をぬかす……!』

「アイザック。契約書の条項に『再教育プログラム』を追加なさい。給与支払いの前に、まずはわたくしの『淑女たる美学』を、この鋼の鎧の芯まで叩き込んで差し上げますわ!」


 セシリアが戦車の屋根から跳躍した。

 彼女の華奢な拳が、迷宮の理を歪めるボスの核へと、容赦なく突き刺さる。


「じゃんけん――グー、ですわ!」


 拳が命中した瞬間、物理法則を超えた純粋な「暴力」がボスを襲った。さらに間髪入れず、アイザックが冷徹な電子音で告げる。


【了解。主砲、およびガトリングの全エネルギーを統合。最高出力、レーザー・一括決済を照射】


 コンビニ戦車の屋根から放たれた極太のレーザー砲が、セシリアの拳の衝撃と共にボスの巨体を貫いた。

 あまりの熱量と物理的衝撃に、ロスト・ガーディアンは断末魔を上げる暇さえなく、迷宮の壁を突き破って空の彼方へと吹き飛ばされていく。


 ドォォォォォン……ッ!!


 迷宮の深部が大きく崩落し、外の光が差し込む。

 吹き飛ばされたボスの残骸が、天高く、星のように小さくなって消えていった。


 ――静寂が訪れた。


 瓦礫の山に腰を下ろしたセシリアは、破れて煤けた高級手袋を脱ぎ捨て、平然とティーカップを手に取った。


 だが、その静寂を打ち破ったのは、もはや正気を失った仲間たちの叫びであった。


「がっはっはっは!! おいおい! ボスを壁の外まで突き飛ばすなんて聞いたことねえぞ! 嬢ちゃん、アンタ最高だぜ!!」


 バッカスだけが腹を抱えて大爆笑している。それとは対照的に、カインはコーヒーの入っていないカップを虚ろな目で握りしめ、魂が口から抜け出しかけていた。


「……ボスが、飛んだ……? 迷宮が……崩れた……? 俺の知ってる冒険って、なんだっけ……」


 カインが完全に壊れた人形のように呟く。

 そしてその隣で、モカはついに「一周回って」完全に壊れてしまった。


「あはは、あはははは! そうですね! パンチで飛ばして、レーザーで消し飛ばして……あはは! もう、努力なんて無駄ですわ! 一兆ゴールド払えば世界は壊せる! あははははは!!」


 モカは壁の外、ボスが消えていった空を指差して、涙を流しながら狂ったように笑い続けている。


 迷宮の主が消え去り、壁がぶち抜かれ、笑う酒飲みとメイド、虚無顔苦労人、そして優雅に紅茶を飲むお嬢様。


「……あら、そんなに騒がしくしないでくださいまし。紅茶が冷めてしまいますわ」


 崩落した瓦礫の上で、あまりにも場違いなほど優雅なティータイム。


 ……これを地獄絵図と言わずに何がある。


 迷宮最深部にて繰り広げられたのは、攻略戦というよりも、一人のお嬢様による、あまりにも傲慢で、あまりにも華麗な「再教育」の顛末であった。




ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。

まさか、じゃんけんのグーとロー○ンレーザーで、迷宮のボスが空の彼方へ吹き飛ぶとは。

モカさんが壊れちゃいました。

次回「四次試験(決勝戦)進出!」

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