迷宮内にロー○ンを開店いたしましたわ
皆様、ごきげんよう!
お陰様で、当物語も累計500PVを突破いたしました。皆様、本当にありがとうございます。
本日は、お嬢様、迷宮にロー○ンを立てるの回です。
ゆるーく見ていってください。
三次試験、またの名を準決勝。
会場となる『深淵の魔導迷宮』の入り口には、二次予選を命からがら生き延びた冒険者たちが集結していた。
だが、その光景はあまりにも対照的であった。
ボロボロの鎧に身を包み、なけなしの薬草や松明を震える手で確認する一般参加者たち。彼らの瞳には、いつ脱落してもおかしくないという悲壮な決意が宿っている。
『おい、予備の食料は持ったか? この迷宮、一度入ったら三日は出られないぞ……』
『ああ、魔物の肉を喰ってでも生き延びてやる。……あ、あれを見ろ。なんだ、あの集団は』
冒険者たちの視線の先には、地獄へ向かう緊張感など微塵も感じさせない、異様なペアがいた。
「勝ったら乾杯! 負けても乾杯! がっはっは、迷宮の中で飲む酒は格別だろうなぁ!」
「バッカス、気が早すぎますよ。……だめだわ、これ。まだ始まってもいないのにリーダーが酔っ払ってる」
黄金色の髪をなびかせ、腰のレイピアを叩いて笑うバッカスと、既に胃を押さえているカインだ。
『乾杯同盟』の団長副団長は、ピクニックにでも行くような軽快さで武器の手入れをしていた。
しかし、その背後から現れた「本物の異端」に比べれば、彼らですらまだ常識の範疇だったと言えるだろう。
「……信じられませんわ。このわたくしを、このようなジメジメした穴蔵に呼び出すなんて。運営の皆様は、ローゼンブルク家の美学に対する挑戦状のつもりかしら?」
白の日傘を差し、一分の隙もないドレスを纏ったセシリアが、扇子で口元を隠しながら不機嫌そうに呟いた。
「お、お嬢様! そんなこと言ってる場合じゃないですよぉ! ここ、入ったら最後、生きて帰れないって噂の超難関ダンジョンなんですよぉ!? せめて、せめてその高そうなヒールだけでも履き替えてくださいですよぉぉ!」
背後で大量の荷物を背負い、涙目で叫ぶのは召使である。
「あら、モカさん。わたくしの歩く場所が、すなわち王道ですわ。靴が汚れるなら、地面を金箔で敷き詰めれば済む話ではありませんこと?」
『……試験開始ッ! 各自、転送魔法陣へ!』
試験官の怒号と共に、巨大な魔法陣が眩い光を放った。
視界が白く染まり、空間が歪む。
他の冒険者たちが「うおおお!」と気合を入れ、乾杯同盟が「乾杯!」「今から試験はじまるんだって!」と叫ぶ中、セシリアだけは冷ややかな声を上げる。
「――ちょっと、揺らさないでくださる? ドレスに皺が寄ったら、この迷宮ごと買い取って更地にしますわよ?」
◇◆◇
次に目を開けた時、そこは光の届かない、湿った岩肌に囲まれた迷宮の一角だった。
遠くから魔物の咆哮が聞こえ、冷たい風が吹き抜ける。
「……ひっ! ひぃぃぃ! 真っ暗ですよぉ! お嬢様、どこですかぁ!? アイザックさんもいないし、もうおしまいですぅぅ!」
「うるさいですわね、モカさん。わたくしなら、ここですわよ」
暗闇の中、どこからともなく取り出された一点数千万ゴールドは下らないであろう特級魔導発光石が、サーチライトのごとき輝きで周囲を照らし出した。
そこには、転送直後だというのに、優雅に袖の皺を伸ばしているセシリアの姿があった。
「最悪ですわ。転送の振動のせいで、フリルが三ミリほど右にズレましたわ。アイザックがいないと、身の回りの世話すらままなりませんのね。……不愉快ですわ! モカさん、今すぐここを『わたくしの部屋』と同じ環境にリフォームいたしますわよ!」
「えええええっ!? いやここ、迷宮のど真ん中ですよぉぉぉ!?」
「モカさん、よくお聞きになって? ローゼンブルク家の家訓は『金で解決できない問題は、さらに多くの金で解決する』ですわ」
セシリアは不機嫌そうに、ドレスのポケットから白銀製の魔導端末を取り出した。
画面には「一括決済」と書かれた、禍々しいほどに巨大な黄金のボタンが一つだけ浮かんでいる。
「アイザックには、迷宮の外から衛星魔導通信でサポートさせる手筈になっておりますわ。……まずは、このジメジメした空気をなんとかいたしますの」
迷宮の地図など一度も見ることなく、セシリアは端末のボタンを躊躇なくタップした。
【――了解。超重圧換気システム『サイクロン・ローゼンブルク』を、お嬢様の座標へ緊急空間転送】
アイザックの無機質な声が端末から響くと同時に、セシリアの頭上に巨大な魔法陣が出現した。
ドォォォォン! という轟音と共に現れたのは、高級ホテルのロビーにあるような、魔導エアコンディショナー、またの名をめちゃ高エアコンである。
「あら、悪くありませんわね。……でも、この迷宮、道が細すぎませんこと? わたくしのドレスの裾が、壁の岩肌に擦れてしまいそうですわ」
「細いのが迷宮ですよぉ! お嬢様、お願いですから普通に歩いてくださいよぉ! 罠とか魔物とか、怖いのがいっぱいいるんですってぇ!」
「罠? 魔物? そのような下品なものは、わたくしの歩む『薔薇道』には必要ありませんわ」
セシリアは端末を操作し、今度は迷宮の「壁」を指差した。
「ゴールが向こうなら、この壁、邪魔じゃありませんこと? 一直線に進めば、時間の短縮にもなりますわ」
「ひ、ひぃぃぃ! 壁を壊すなんて、迷宮攻略のルール違反ですよぉぉ!」
「ルール? わたくしがルールですわ。――アイザック、道を切り拓きなさい
!」
【了解。黄金穿孔爆弾、一括決済】
セシリアが端末のボタンを押す。
端末の画面に表示された金額は、一般国家の年間予算を軽く超越していた。
次の瞬間、迷宮の壁に無数の黄金のドリルが突き刺さり、一斉に大爆発を起こした。
ドガァァァァァン! という地響きと共に、おどろおどろしい迷宮の壁が、ゴールに向かって一直線に粉砕されていく。
「あら、素敵なオープンカフェができそうな風通しですわね。……でも、まだ少し埃っぽいかしら?」
「オープンカフェじゃないですぅぅ! 迷宮が更地になってるんですよぉぉぉ!」
煙が晴れた後には、遥か彼方のゴールまで続く、幅五十メートルもの巨大な「薔薇道」が完成していた。
今頃、他の参加者たちは罠に怯え、魔物に苦戦しているはずだ。だが、このお嬢様はパラソルを差したまま、何一つ障害物のない直線を優雅に歩き始めた。
「さあ、モカさん。埃っぽいのは嫌ですから、次はここを一兆ゴールドの空気清浄機で浄化いたしますわよ」
「もう、私の胃が限界ですよぉ……アイザックさぁぁん、助けてくださいぃ!」
◇◆◇
薔薇道となった迷宮を歩き始めて数時間。
あまりの広大さに、ついにモカの足が止まった。
「お、お嬢様……。もう足が棒ですよぉ。おまけにお腹もペコペコですぅ。……でも、さっきからそこら辺に転がってる魔物の肉なんて、絶対、一生、死んでも無理ですからねっ!」
モカは、壁の残骸の横で干からびたトカゲのような魔物を見やり、顔を青くして首を振った。
「あら。わたくしがそのような野蛮な食事を口にするとでも? モカさん、わたくしを誰だと思っていまして?」
「え、じゃあ、お弁当でも持ってきたんですかぁ?」
「いいえ。お弁当は冷めますし、何より選ぶ楽しみがありませんわ。……アイザック。ここにコンビニ迷宮一号店を建設しなさい」
セシリアが再び白金端末の「一括決済」ボタンを優雅にタップした。
【――了解。王都シュトラール・中央通り店のコンビニを、在庫および人員ごと空間転送いたします。転送費用および特別危険手当として、三億ゴールドを一括決済しました】
「さ、三億!? コンビニ一軒呼ぶのに三億ゴールドぉぉ!?」
次の瞬間、暗く湿った迷宮の空気が激しく歪んだ。
カチッ、という電子的な音と共に、周囲の風景が強引に上書きされていく。
特徴的な音を鳴らし、自動ドアが開く。
『いらっしゃいませーっ! ……あ、あれ? ここ、どこ……?』
突如として、迷宮の通路に眩いばかりのLED照明が溢れ出した。
そこには、清潔感溢れるタイル張りの床、最新式の自動ドア、そしておにぎりやホットスナックが所狭しと並んだ『ロー○ン』が、建物ごと鎮座していたのである。
大事なことなのでもう一回言っておこう。迷宮内に、あの有名な『ロー○ン』が建っている。
「な、ななな……なんですこれぇぇ!? 迷宮の中にロー○ン!? しかも、店員さんがめちゃくちゃ困惑してるですよぉぉぉ!」
「あら、良い具合の照明ですわね。モカさん、品質は保証いたしますわよ。さあ、好きなものを買いなさいな」
困惑する店員を「特別手当」の札束で黙らせ、セシリアは悠々と自動ドアをくぐった。
「お嬢様、自動ドアが開くたびに外の魔物が寄って来てますよぉ! あ、ほら! 入り口でゴブリンが『か○あげクン』の匂いに釣られて集まってますぅぅ!」
「あら、不法侵入は厳禁ですわ。……アイザック、店の周囲に黄金の防護結界を。もちろん、一括決済で」
【了解。このロー○ンの半径百メートルを聖域化いたします】
コンビニを中心に、黄金の光がドーム状に広がり、群がっていた魔物たちを一瞬で蒸発させた。
地獄の迷宮の中に、二十四時間営業の平和な聖域が誕生した瞬間であった。
「ふぅ。やはり、買い物をしている時が一番心が安らぎますわ。……あら、この『プレミアム・セシリア・ロールケーキ』、新作でして?」
「そんな名前のスイーツ、うちの近所の店舗にはありませんってぇぇ!? もしかして「セシリア様特別メニュー」まで用意させてるんですかぁぁぁ!?」
◇◆◇
煌々と光るコンビニの店内で、セシリアは宝石の散りばめられた専用のブラックカードを店員に差し出していた。
「こちらの『迷宮限定・モカモカ・モンブラン』、三万個ほど一括決済で。モカさんと、これから出会う人々への差し入れにしますわ」
「モカモカ・モンブランってなんですかぁ?! というか、三万個ぉぉ!? お嬢様! 迷宮の生態系を、暴力的な経済力で更地にするのはルール違反ですぅぅぅ!」
モカは店内のタイル床に崩れ落ち、頭を抱えて絶叫した。
迷宮といえば「死と隣り合わせの緊張感」が売りのはずなのに、今の彼女たちの周囲にあるのは「か○あげクン」と「二十四時間営業への安心感」だけなのだ。
そこへ、先ほどの大爆発と異常な光を嗅ぎつけた影が二つ、自動ドアの外側に現れた。
「……おいおいカイン、見ろよ。迷宮の中にロー○ンがあるぞ。しかも中に、めちゃくちゃ美味そうな酒の棚が見えるんだが?」
目を疑うような光景に、バッカスが腰のレイピアを揺らしながら爆笑した。
だが、その隣に立つカインは、完全に魂が抜けたような顔で立ち尽くしている。
「「王都シュトラール・中央通り」……へ? 迷宮のど真ん中にコンビニ……? 俺たち、いつの間にか王都に転送されたのか……?」
特徴的な音を鳴らし、自動ドアが開く。
『いらっしゃいませー! ただいま揚げたてのコロッケとか○あげクンがお買い得でーす!』
元気すぎる店員の声に迎えられ、二人は吸い込まれるように店内へ足を踏み入れた。
そこで彼らが目にしたのは、高級スイーツの山を前に優雅に微笑むお嬢様と、床で廃人のようになっている少女の姿だった。
カインとモカの視線が、空中でぶつかり合う。
二人を繋いだのは、言葉ではなく、極限まで削り取られた「胃の痛み」という名の共鳴だった。
「……あ、メイドさん。……お宅のお嬢様、一体どうなってんですか? 迷宮の壁が、一直線の更地になってたんですけど」
カインが絞り出すような声で尋ねた。
モカは力なく首を振り、涙目で見上げた。
「……私も、もうよく分かりませんよぉ……。ただ一つ言えるのは、あの人の歩く場所には草一本、壁一枚残らないってことだけですぅ……」
「がっはっは! いいじゃねぇか、景気が良くて! とりあえずこの迷宮一号店に乾杯だ!」
バッカスが暢気に酒のプルタブを開ける音が、静かな迷宮に虚しく響き渡る。
三次試験はまだ始まったばかりだが、この日、迷宮の歴史は確実に「一括決済」によって塗り替えられたのであった。
「あら、お客様? 立ち飲みはご遠慮くださいまし。……アイザック、ここにイートインスペースを。もちろん、最高級のソファ完備で一括決済なさい!」
「「これ以上リフォームしないでください(ですよぉぉぉ)!!!」」
モカとカインの絶叫が重なり、迷宮の夜(?)が更けていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。
ついにモカさんとカインさんが邂逅しましたね。類は友を呼ぶとはこのことを言うんでしょうか。
次回「ロー○ンごと移動しましょう!」
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