上陸?その必要はございませんわ
皆様、ごきげんよう!
二次予選もいよいよクライマックスに突入しました。
本日は、大渦潮と超大型クラーケンをぶっ飛ばすセシリアお嬢様の回です。
ゆるーく見ていってください。
二次予選『海上生存レース』のゴールである迷宮の島は、もう目視できる距離にあった。
しかし、その最後にして最大の難所が、多くの冒険者たちの心をへし折っていた。
視界を埋め尽くすほど巨大な大渦潮だ。
『くるぞ! 左舷、回避ぃ!』
ベテラン冒険者の叫びも虚しく、軍艦ほどもある漆黒の触手が海面から突き出し、木造の快速船を飴細工のように真っ二つに叩き折った。
『火炎魔法薬を投げろ! 焼いて怯ませ――ぎゃあああ!』
放たれた炎など、巨獣クラーケンにとってはマッチの火にも等しい。それどころか、海域を飲み込む巨大な大渦潮が、逃げ惑う船を次々と深淵へと引きずり込んでいく。
そんな絶望的な光景を、『ロイヤル・セシリア号』のテラス席で眺めていたセシリアは、不機嫌そうに扇子を動かした。
「……アイザック。わたくし、お外が少々騒がしすぎて、お紅茶の香りが楽しめませんわ。あの下品な叫び声と、下品な波音、なんとかなりませんの?」
「お嬢様、お紅茶どころじゃないですよぉ! 目の前に山の大きさのイカがいるんですぅ! あんなの、まともに戦ったら船がバラバラになっちゃいますよぉ!」
モカが壊れた電卓を握りしめ、涙目で叫ぶ。だが、セシリアは手元のティーカップをソーサーに戻すと、慈悲深い微笑みを浮かべた。
「あら、モカさん。わたくしに不可能がないことは、既にご存じでしょう? アイザック! まずはあのお行儀の悪い軟体動物に、ローゼンブルク家の『重み』を教えて差し上げなさい」
【了解。超重圧純金錨、射出シークエンスを開始。なお、本錨は純度九九・九九%の黄金に重力倍化魔法を永久定着させた特注品です】
「じゅ、純金!? アイザックさん、それ一発いくらするんですぅ!?」
【製作費、及び一投下ごとに海水による腐食と摩擦で削れ飛ぶ資産額を換算すると、一秒間海に浸かるごとに、一般家庭の一年分の生活費が消失します】
「ひ、ひぃぃぃ! 一秒ごとに私の年収が削れてるですよぉぉ! そんなの海に捨てるなんて、経済法則が壊れてますよぉぉ!」
「……まぁ、このお嬢様に経済法則とかあるわけないかぁ……」
黄金の船底から、重低音と共に巨大な錨が解き放たれた。
それは船を固定するための道具などではない。純金特有の鈍い輝きを放つ、もはや巨大な金塊の塊――『超重圧純金錨』である。
ドォォォォン!
空気を震わせる衝撃音と共に、金色の錨がクラーケンの脳頂を正確に捉えた。
悲鳴を上げる暇すらなかった。金という物質が持つ圧倒的な質量、そしてそこに込められた圧縮魔力により、島ほどもある巨体が一瞬で海中へと叩き落とされる。
『ギ、ギギィ……ッ!?』
「あら、意外と素直に沈みましたわね。アイザック、そのまま海底まで縫い止めておきなさい。不浄な生き物は、海の底がお似合いですわ」
【了解。自動深度固定。海底岩盤へロック。完了しました】
「ひ、ひぃぃぃ! あのイカ、一瞬で重力に負けて沈んでいったんですがぁ!?っていうか、あの錨だけで軍艦が三隻買えるんですよぉぉ!? 海に捨てるなんて贅沢が過ぎますってぇ!」
モカが海面に身を乗り出して叫ぶが、セシリアの視線はすでに次の「不快なもの」へと向けられていた。
船の目前で口を開ける、巨大な渦潮である。
「次はあの渦潮ですわね。形は悪くありませんが、動きが激しすぎて目が回りそうですわ。アイザック、静止画になさい」
【了解。瞬間凝固魔導液『クリスタル・ラグジュアリー』、全弾散布します】
ロイヤル・セシリア号の両舷から、無数の銀色のボトルが撃ち出された。
霧が荒れ狂う海水に触れる。
ザザザザァッ! という結晶化音が響き、巨大な渦潮はその形のまま、透き通るようなサファイア色の結晶へと姿を変えた。
それだけではない。
飛び跳ねていた魚たちは銀細工のような彫刻に変わり、空中に舞っていた飛沫の一粒一粒までが、太陽の光をプリズムのように反射するダイヤモンドとなって静止したのだ。
「……うそ。渦潮が、世界一高い芸術作品になっちゃったんですがぁ……」
地獄の海は、一瞬にして数千億ゴールドの価値を持つ「宝石の庭園」へと塗り替えられた。
そのまま船は、ゴール地点である島の埠頭へと止まる――はずなのだが。
ロイヤル・セシリア号はその数十メートル手前で、ピタリと停止した。
「……アイザック、ここで止まってくださいまし。接岸させる必要はございませんわ」
「お嬢様ぁ!? 目の前がゴールですよぉ! あと数メートル進めば、ふかふかの宿屋が待ってるですよぉ!」
モカが身を乗り出して叫ぶが、セシリアは手元のティーカップを優雅に傾け、島を一瞥して優しく微笑んだ。
「見てごらんなさい、モカさん。あの島、まだ皆様をお迎えする準備が整っていないようですわ。あんなに埃が舞っていては、皆様の肺も驚いてしまいますわ。わたくしのような者が今降りては、島の準備を急かしてしまいますもの」
「お嬢様……それは気遣いのつもりなんですぅ!? でも、みんな泥まみれで必死に上陸してるんですよぉ!?」
セシリアの視線の先では、宝石の渦に阻まれ、あるいはクラーケンの巨体に道を塞がれた後続の船が、命からがら島へ這い上がろうとしていた。
「皆様、本当にお疲れのようですわね……。あんなに泥だらけになって頑張るなんて、尊いことですわ。わたくし、そのような必死な姿を汚れた地面で邪魔したくありませんの。皆様が落ち着かれるまで、わたくしはこの清潔な船の上で、皆様の無事を祈りながら夜を過ごしますわね」
「……その『祈り』、豪華なディナーを食べながら、シャンデリアの下でやるんですぅ!? 対岸の皆様が、お嬢様の船から流れる優雅なバイオリンの音色を聴いて、遠い目をしてるんですってぇ!」
【了解しました。本艦はこれより「海上優雅待機モード」に移行。周囲に外敵を寄せ付けないよう、黄金の結界を展開します。これは同時に、遭難しかけている方々への「灯台」としての役割も果たします】
「あら、素敵ですわね、アイザック。わたくしの船の輝きが、迷える皆様の道標になるなんて。なんて素晴らしい社会貢献かしら」
「お嬢様の眩しさが逆にみんなの涙を誘ってる気がするんですがぁ!?」
上陸?その必要はございませんわ
二次予選『海上生存レース』のゴールである迷宮の島は、もう目視できる距離にあった。
しかし、その最後にして最大の難所が、多くの冒険者たちの心をへし折っていた。
視界を埋め尽くすほど巨大な大渦潮だ。
『くるぞ! 左舷、回避ぃ!』
ベテラン冒険者の叫びも虚しく、軍艦ほどもある漆黒の触手が海面から突き出し、木造の快速船を飴細工のように真っ二つに叩き折った。
『火炎魔法薬を投げろ! 焼いて怯ませ――ぎゃあああ!』
放たれた炎など、巨獣クラーケンにとってはマッチの火にも等しい。それどころか、海域を飲み込む巨大な大渦潮が、逃げ惑う船を次々と深淵へと引きずり込んでいく。
そんな絶望的な光景を、『ロイヤル・セシリア号』のテラス席で眺めていたセシリアは、不機嫌そうに扇子を動かした。
「……アイザック。わたくし、お外が少々騒がしすぎて、お紅茶の香りが楽しめませんわ。あの下品な叫び声と、下品な波音、なんとかなりませんの?」
「お嬢様、お紅茶どころじゃないですよぉ! 目の前に山の大きさのイカがいるんですぅ! あんなの、まともに戦ったら船がバラバラになっちゃいますよぉ!」
モカが壊れた電卓を握りしめ、涙目で叫ぶ。だが、セシリアは手元のティーカップをソーサーに戻すと、慈悲深い微笑みを浮かべた。
「あら、モカさん。わたくしに不可能がないことは、既にご存じでしょう? アイザック! まずはあのお行儀の悪い軟体動物に、ローゼンブルク家の『重み』を教えて差し上げなさい」
【了解。超重圧純金錨、射出シークエンスを開始。なお、本錨は純度九九・九九%の黄金に重力倍化魔法を永久定着させた特注品です】
「じゅ、純金!? アイザックさん、それ一発いくらするんですぅ!?」
【製作費、及び一投下ごとに海水による腐食と摩擦で削れ飛ぶ資産額を換算すると、一秒間海に浸かるごとに、一般家庭の一年分の生活費が消失します】
「ひ、ひぃぃぃ! 一秒ごとに私の年収が削れてるですよぉぉ! そんなの海に捨てるなんて、経済法則が壊れてますよぉぉ!」
「……まぁ、このお嬢様に経済法則とかあるわけないかぁ……」
黄金の船底から、重低音と共に巨大な錨が解き放たれた。
それは船を固定するための道具などではない。純金特有の鈍い輝きを放つ、もはや巨大な金塊の塊――『超重圧純金錨』である。
ドォォォォン!
空気を震わせる衝撃音と共に、金色の錨がクラーケンの脳頂を正確に捉えた。
悲鳴を上げる暇すらなかった。金という物質が持つ圧倒的な質量、そしてそこに込められた圧縮魔力により、島ほどもある巨体が一瞬で海中へと叩き落とされる。
『ギ、ギギィ……ッ!?』
「あら、意外と素直に沈みましたわね。アイザック、そのまま海底まで縫い止めておきなさい。不浄な生き物は、海の底がお似合いですわ」
【了解。自動深度固定。海底岩盤へロック。完了しました】
「ひ、ひぃぃぃ! あのイカ、一瞬で重力に負けて沈んでいったんですがぁ!?っていうか、あの錨だけで軍艦が三隻買えるんですよぉぉ!? 海に捨てるなんて贅沢が過ぎますってぇ!」
モカが海面に身を乗り出して叫ぶが、セシリアの視線はすでに次の「不快なもの」へと向けられていた。
船の目前で口を開ける、巨大な渦潮である。
「次はあの渦潮ですわね。形は悪くありませんが、動きが激しすぎて目が回りそうですわ。アイザック、静止画になさい」
【了解。瞬間凝固魔導液『クリスタル・ラグジュアリー』、全弾散布します】
ロイヤル・セシリア号の両舷から、無数の銀色のボトルが撃ち出された。
霧が荒れ狂う海水に触れる。
ザザザザァッ! という結晶化音が響き、巨大な渦潮はその形のまま、透き通るようなサファイア色の結晶へと姿を変えた。
それだけではない。
飛び跳ねていた魚たちは銀細工のような彫刻に変わり、空中に舞っていた飛沫の一粒一粒までが、太陽の光をプリズムのように反射するダイヤモンドとなって静止したのだ。
もっとも、中央航路だけは静かに開かれている。船一隻が通れるだけの余白を残すあたりが、セシリア流の配慮だ。
「……うそ。渦潮が、世界一高い芸術作品になっちゃったんですがぁ……」
地獄の海は、一瞬にして数千億ゴールドの価値を持つ「宝石の庭園」へと塗り替えられた。
そのまま船は、ゴール地点である島の埠頭へと止まる――はずなのだが。
ロイヤル・セシリア号はその数十メートル手前で、ピタリと停止した。
「……アイザック、ここで止まってくださいまし。接岸させる必要はございませんわ」
【了解。本予選の突破条件は「島の結界圏内への到達」。接岸は必須ではありません。現在位置で条件を満たしています】
「お嬢様ぁ!? 目の前がゴールですよぉ! あと数メートル進めば、ふかふかの宿屋が待ってるですよぉ!」
モカが身を乗り出して叫ぶが、セシリアは手元のティーカップを優雅に傾け、島を一瞥して優しく微笑んだ。
「見てごらんなさい、モカさん。あの島、まだ皆様をお迎えする準備が整っていないようですわ。あんなに埃が舞っていては、皆様の肺も驚いてしまいますわ。わたくしのような者が今降りては、島の準備を急かしてしまいますもの」
「お嬢様……それは気遣いのつもりなんですぅ!? でも、みんな泥まみれで必死に上陸してるんですよぉ!?」
セシリアの視線の先では、宝石の渦に阻まれ、あるいはクラーケンの巨体に道を塞がれた後続の船が、命からがら島へ這い上がろうとしていた。
「皆様、本当にお疲れのようですわね……。あんなに泥だらけになって頑張るなんて、尊いことですわ。わたくし、そのような必死な姿を汚れた地面で邪魔したくありませんの。皆様が落ち着かれるまで、わたくしはこの清潔な船の上で、皆様の無事を祈りながら夜を過ごしますわね」
「……その『祈り』、豪華なディナーを食べながら、シャンデリアの下でやるんですぅ!? 対岸の皆様が、お嬢様の船から流れる優雅なバイオリンの音色を聴いて、遠い目をしてるんですってぇ!」
【了解しました。本艦はこれより「海上優雅待機モード」に移行。周囲に外敵を寄せ付けないよう、黄金の結界を展開します。これは同時に、遭難しかけている方々への「灯台」としての役割も果たします】
「あら、素敵ですわね、アイザック。わたくしの船の輝きが、迷える皆様の道標になるなんて。なんて素晴らしい社会貢献かしら」
「お嬢様の眩しさが逆にみんなの涙を誘ってる気がするんですがぁ!?」
セシリアは、夕闇に沈む島を慈しむように見つめながら、満足げにお紅茶を最後の一口まで飲み干した。
「さあ、明日は皆様に相応しい、もっと清潔で美しい港を用意して差し上げなくては。楽しみですわね、モカさん」
「お嬢様ぁ!どれだけお金を使うんですかぁ!」
ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。はい、自分もも書いていて思いました。純金の錨を海に捨てるな、って。(錨は船固定するやつですが、まぁ、気にしないでください)
次回「二次試験突破!港を改造しますわ!」
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