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汚した責任、国家予算で払ってくださいまし?

皆様、ごきげんよう!

本日は、海賊にぶち切れるセシリア様 回です。

ゆるーく見ていってください。



 見渡す限りの青い海。

 その上を、一筋の黄金の光が滑るように進んでいた。

 次元級豪華私有船『ロイヤル・セシリア号』。

 船体すべてに魔導防錆加工を施した純金が贅沢に使われ、太陽の光を反射して周囲の海水を宝石のように輝かせている。

 この『ロイヤル・セシリア号』は、もはや船という概念を超越した、海に浮かぶ「資産の暴力」そのものだ。

 波を切り裂く船首には、一石で小国の王冠を飾れるほどの巨大なブルーダイヤモンドが埋め込まれている。手すりの24金は、潮風による腐食を防ぐために、一分ごとに100万ゴールドの維持費がかかる「魔導防錆循環システム」が稼働し、常に新品同様の輝きを保っていた。

 さらには、セシリアが座っている椅子のクッション。これは一頭一億ゴールドもする絶滅危惧種の魔獣「スカイ・シープ」の産毛のみを使用し、座るだけで心身の汚れを浄化するという、教会の国宝級の品を三つほど潰して作らせた代物である。

 この空間において、100円や1000円といった単位はもはや存在しない。一呼吸するたびに、平民の年収に匹敵する価値が空気中に霧散しているのだ。


 その広大な甲板――およそ一個大隊が演習できるほどの広さを誇る特注絨毯の上で、セシリアは優雅にティーカップを傾けていた。


「……あら。あちらの船、随分と窮屈ですわね。空気が濁りそうで怖いですわ」


 セシリアが扇子の先で示したのは、はるか後方を必死に追いかけてくる大会運営の豪華客船――だったはずの船だ。

 数百人の参加者がひしめき合い、我先にとゴールを目指して怒号を上げている姿は、ここから見れば芋洗いの桶と大差ない。


「お嬢様、あれが『普通』なんですよぉ! こっちが異常なんですってぇ!」


 背後に控えるモカが、手元の電卓を親の仇のように叩きながら即座に突っ込んだ。


「いいですかぁ!? この船は操縦から清掃まで、一基十億ゴールドもする最新鋭の魔導AI『アイザック君』が全自動で行っているんですぅ! 維持費だけで一秒ごとに一般人の一ヶ月分の生活費が溶けてるんです! 空気が濁るどころか、この空気、一呼吸で金貨が数枚蒸発してると思って吸ってください!」

「あら、そんなに安上がりなんですの? もっと高価な香木でも焚いたほうがよろしくて?」

「これ以上コストを上げないでくださいってぇ! このままじゃ、私の胃に穴が空くほうが先ですよぉ!」


 モカの悲鳴に近い叫びを、セシリアは心地よいBGM程度に聞き流す。

 ふと、セシリアは大会から渡された運営の魔導端末を確認した。そこには二次予選の合格条件が記されている。


【二次予選:海上生存レース。海賊の襲撃を退け、準決勝が行われる会場の島へ無事に到着せよ】


「……無事に到着、ですわね。この『ロイヤル・セシリア号』に、傷一つ、返り血一滴でも付着した状態で接岸するなど、ローゼンブルクの名折れではなくて?」

「そうなんですかぁ? まあ、お嬢様の命が無事ならそれでいいですぅ……」

「いいえ。わたくしの身の安全など当然のこと。問題はこの船の美観ですわ。もし準決勝の会場に、潮風以外の汚れを連れていってしまったら……わたくし、恥ずかしくて死んでしまいますわよ?」

「ハードル、そこなんですかぁ!? 『海賊から命を守る』じゃなくて『船の掃除を増やさない』が合格ラインなんですかぁ!?」


 モカが愕然とする中、水平線の彼方から、ボロボロの帆を掲げた黒い船団が、飢えた狼のようにこちらへ向かってきていた。


『お宝だぁぁぁ! あの船、手すりからマストの先まで全部金だぞ!!』

『野郎ども、囲め! あの一隻を奪えば、七代先まで遊んで暮らせるぞ!』

『……おい、見ろよ。あの手すり、削り取ればそれだけで一生遊んで暮らせるぞ!』

『手すりどころか、あのマストを飾ってる宝石を見てみろ! あれ一つで、俺たちの村どころか、このあたりの領地を丸ごと買い取ってお釣りがくる!』


 海賊たちは、汚い舌を這わせながら獲物を見つめていた。彼らにとって、この船は「攻略対象」ではなく、巨大な「金の山」が自ら流れてきたようにしか見えていなかったのだ。


『あのお嬢様を捕らえて身代金を要求すれば、国の一つや二つ、俺たちのものにできるんじゃねぇか?』

『ひゃっはー! あの女のドレスを剥ぎ取って、金に換えて酒と肉に溺れてやるぜ!』


 そんな理想とともに、数十隻の海賊船が『ロイヤル・セシリア号』を包囲するように展開していく。

 掲げられた黒旗は継ぎ接ぎだらけで、並べられた大砲は手入れもされず赤錆びている。海賊たちの衣服にいたっては、何ヶ月洗っていないのか判別もつかないほどに薄汚れていた。


 優雅なティータイムを邪魔されたセシリアは、心底不快そうに眉をひそめる。


「……モカさん。あちらで騒いでいる不潔な方々、いったい何かしら? 浮かぶ粗大ゴミの山?」

「海賊ですよぉ! しかもあんなにたくさん……! お嬢様、早く船内に移動してくださいよぉ! アイザック君に最大出力で逃げるよう指示を――」

「逃げる? 何を仰るの?」


 セシリアは、近づいてくる海賊船から漂ってくる安っぽい潮水と油の臭いに、扇子で鼻を覆った。


「あんな汚らしいものが、わたくしの視界にこれ以上留まるなんて。この精神的苦痛、一刻ごとに100万ゴールドの慰謝料を請求したいくらいですわ。いいえ、存在するだけで公害ですわね」

「慰謝料取れる相手じゃないですってぇ! あいつら、奪うことしか頭にないんですからぁ!」

「あら、奪う? わたくしから? ――ふふ、面白い冗談ですわ」


 セシリアはティーカップをソーサーに戻し、立ち上がる。

 その足元には、この世界に数枚しか現存しないという伝説の聖獣の毛で編まれた、100万ゴールド相当の純白の絨毯が敷かれている。


「モカさん。わたくしの辞書に『逃走』という言葉はございませんの。あるのは『お掃除』と『一括決済』……それだけですわ」


 海賊船から、無数の鉤縄が黄金の手すりへと放り投げられる。

 ガリガリと金属が擦れる音が響くたび、セシリアの周囲の空気が、絶対零度よりも冷たく凍りついていく。


『ヒャッハー! この船、手すりまで本物の金だぜ!』

『野郎ども、まずはあの女たちを捕まえろ! 高く売れそうだぞ!』


 下卑た笑い声を上げながら、汚れたブーツを履いた海賊たちが次々と甲板へ飛び込んできた。

 彼らが着地したのは、世界中の富豪が喉から手が出るほど欲しがる特注のペルシャ絨毯の上。


 ――ベチャッ。


 どす黒い泥と、得体の知れない油にまみれた足跡が、純白の絨毯に刻まれる。

 100万ゴールドの価値が、一瞬にしてゴミ同然に汚された瞬間だった。


「…………モカさん」


 セシリアの声は、驚くほど静かだった。しかし、その背後に立ち上る威圧感は、一兆ゴールドの重圧となって周囲を支配する。


「あの方たち……わたくしの絨毯に、泥をつけましたわ」

「あ、あぁ……。終わったぁ……。あの、海賊さんたち、冗談抜きで今のうちに海に飛び込んだほうがいいですよぉ!今ならまだ溺れるで済みますからぁ!」


 モカの忠告など、欲に目がくらんだ海賊たちの耳には届かない。

 彼らがさらに土足で踏み込もうとしたその時、セシリアが手に持っていた扇子を「パチン」と鋭い音を立てて閉じた。

 直後、セシリアが優雅に指先を鳴らす。


 ――ギュオォォォン……!


 黄金の甲板が左右に割れ、隠しハッチから巨大な「何か」がせり上がって来る。

 それは、銃身に無数のダイヤモンドが埋め込まれ、台座には最高級のルビーが散りばめられた、黄金の固定砲台。


「ごきげんよう、不届き者の皆様。わたくしの船に無断で上がったからには、それ相応の『清掃料』を支払っていただきますわ」

『な、なんだあの光るデカい鉄砲は……!?』


 海賊たちが怯んだ隙に、黄金の銃身が高速回転を始める。

 その銃口には、一発で小国の国家予算を揺るがしかねないほどの魔力が充填されていく。


「お嬢様、それ一発一万ゴールドの特注魔導弾ですよねぇ!? 撃つんですかぁ!? 本当に撃っちゃうんですかぁ!? 一秒で家が建つ金額が溶けるんですよぉ!?」

「ええ。安物の命に、最高級の洗礼を授けて差し上げますわ」


 セシリアは慈悲深い微笑みを浮かべ、引き金に手をかけた。


「蜂の巣にして、海の下にリサイクルして差し上げますわ! ――お掃除(リフォーム)、開始!」



ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。私事ながら、PVが過去最高を更新しました。ご愛読してくださった皆様、本当にありがとうございます。

次回「海賊、海の藻屑となる」

面白いと思っていただけたら、星やレビューで応援してくださると嬉しいです。

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