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豪華客船?いえ、イカダですわよ。

皆様、ごきげんよう!

本日は、「お金で買えない価値がある」なんて言葉を、お嬢様が札束で粉砕する回です。

ゆるーく見ていってください。



 静寂を切り裂いたのは、馬車の急停車の音と、複数の靴音。


 駆けつけたのは、このエリアを管理する冒険者ギルドの職員たち。彼らは、本来そこにあるはずの荘厳な『聖母の大聖堂』を探して、何度も目を擦った。


『な、なんだこれは……。夢か? 悪い夢を見ているのか……!?』

『……これが、大聖堂だと? 歴史的建造物になるはずだった、我らの誇りがなぜ平地になっている!?』


 職員たちは、あまりの光景に膝から崩れ落ちた。

 そこには、一欠片の壁も、一本の柱も残っていない。ただ、磨き上げられたように平らな地面と、その中央で優雅に紅茶を啜る一人の少女と慌てながら電卓を叩くもう一人の少女。


「あら。案外、早かったんですのね。お掃除が終わったばかりで、まだお片付け(更地化)の余韻を楽しんでいたところですわ」


 セシリアは、日傘を回しながら、泡を吹いて倒れている職員を優雅に見下ろした。


「お、お嬢様……! ほらぁ! ギルドの人がショックで一人、三途の川を渡りかけてるじゃないですかぁ! どうするんですかこれ、歴史の教科書から抹消されるレベルの事件ですよぉ!」

「何を仰っていますの、モカさん。見てご覧なさい、この見晴らしの良さ。以前のジメジメした大聖堂より、こちらの方がずっと『公共の公園』として有益だと思いませんこと?」

「思うわけないですよぉ! 公園っていうか、もはや空き地ですよ! ギルドの皆さんが数百年の歴史をかけて守ってきたものを、一瞬で粗大ゴミ以下の塵にしたんですよぉ! 損害賠償、何桁になると思ってるんですかぁ!」


『……き、貴様らぁぁ!! なんてことを……なんてことをしてくれたんだぁぁ!!』


 ようやく正気に戻ったリーダー格の職員が、顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。

 だが、セシリアは動じることなく、ティーカップをソーサーに置く。


「あらあら。……そんなに声を荒らげては、せっかくのティータイムが台無しですわ。……モカさん、例のものを。お掃除の際の『チップ』を差し上げて」

「チップって、そんなレベルで済む話じゃ……あぁっ、もう! 私は知りませんからね?!」


 モカが絶望の表情で、インベントリから「それ」を取り出した。

 ドォォォォォン!! という地響きと共に、更地のど真ん中に積み上がったのは――

 キラキラと光を放つ、一億ゴールド分の金貨の山。


「……リフォーム費用ですわ。お釣りは結構。皆様で美味しいお菓子でも買って召し上がってくださいまし」


 セシリアの微笑みに、怒り狂っていた職員たちの動きが、ピタリと止まった。

 先ほどまで「歴史が!」「誇りが!」と叫んでいたギルド職員たちは、その輝きの前に、まるで雷に打たれたかのように硬直している。


『い、一億……ゴールド……だと……?』


 一人の男が、震える手で金貨の一枚を掴み、その本物である手触りに顔を引き攣らせた。

 額で言うと、大聖堂の修復費用を遥かに超え、隣の街まで買い取って、純金製の大聖堂を三つは建てられるほどの巨額だ。


「あら。もしかして、お掃除のチップが足りなくて? わたくし、端数を計算するのが苦手なものですから。……モカさん、もう一億ほど積み増しますかしら?」

「お嬢様ぁぁ! やめてください、私が手作業で一時間かけて数えたんですよぉ!? それに、これ以上積んだらギルドの皆さんが金貨の重みで圧死しちゃいますよぉ!」


 モカが頭を抱えて叫ぶ中、セシリアは、優雅にティーカップを持ち上げる。


「……ふふ。古臭いものに固執するのは、淑女の美学に反しますわ。カビの生えた歴史より、黄金に輝く未来……新しいものこそ、わたくしに相応しいですわね」

『お、おっしゃる通りです……! セシリア・フォン・ローゼンブルク様!』


 次の瞬間、ギルド職員たちは一斉に、地面に頭を擦り付ける勢いで土下座した。


『あんなボロ屋……いえ、あんな古臭い大聖堂など、お嬢様の一振りで更地になったのは、むしろ聖母の導き! これこそが真のクリーニングでございますッ!』

『そうですとも! この一億ゴールドがあれば、最新鋭の、全自動・自動ドア完備の超近代的大聖堂が建ちます! 歴史よりも利便性ですな!』

「あら。……話のわかる方々で、助かりますわ」


 セシリアは満足げに目を細めた。

 金で歴史を買い叩き、絶望を歓喜に書き換える。これこそが、ローゼンブルク家(セシリア様の美学)だ。


「お、お嬢様……。さっきまで死にそうな顔してた人たちが、もう『セシリア様!』みたいな顔で金貨を数えてますよぉ……。この世界の倫理観、お嬢様の札束で粉々に粉砕されてませんかぁ!?」


 金貨の山を前にして、ギルド職員たちはもはや「聖母セシリア様!」と拝まんばかりの勢いだ。

 彼らは震える手で、本来なら過酷な予選を勝ち抜いた者のみに与えられる「二次予選・特別招待状」を恭しく差し出した。


『ローゼンブルク様! これこそ、歴史をリフォームしていただいたお礼……いえ、正当なる権利でございます! どうぞ、海の彼方で開催される二次予選へ、転送の門をお通りください!』

「あら。……ご褒美に、素敵なチケットをいただけましたわね」


 セシリアは指先で招待状を受け取ると、隣で魂が抜けかけた顔をしているモカを振り返った。


「さあ、モカ。次のお掃除の時間ですわ。……二次予選の会場って、一体どんなところでしょうね?」

「それが、私にも分からないんですよぉ……」

「二次予選は未知数ときましたわね……えぇ! それでこそのイベントでしてよ!」


 セシリアが笑いながら、転送門の光の中へ一歩足を踏み出す。

 モカは「ちょっと待ってくださいよぉ!」と叫びながら、その背中を追って光に飲み込まれていった。





 転送の光が収まった先。

 そこは、どこまでも続く真っ青な大海原のど真ん中。


 参加者たちが転送されたのは、海面に浮かぶ巨大な建造物――二次予選のメイン会場となる超大型・豪華客船『ルイス・ドリーム』の広大な甲板の上だ。


『おお……! これが二次予選の舞台か! なんてデカい船だ!』

『まるで動く島じゃないか! 運営も気合が入ってるな、これ一隻で数億ゴールドは下らないぞ!』


 周囲のプレイヤーたちが、その威容に圧倒されて歓声を上げている。

 だが、その喧騒の中で一人、セシリアだけは日傘を差したまま、つまらなそうに手すりの塗装を眺めていた。


「……あら。これが豪華客船ですの? 少しばかり、期待外れですわね。手すりの金メッキは剥げかけていますし、何より……安物すぎますわよ?」

「お嬢様ぁ! 贅沢言わないでくださいよぉ! これでも世界に数隻しかない、ギルド特注の超高級船なんですからね!? これにタダで乗れるだけでも、一生の思い出ですよぉ!」


 モカが必死に周囲のプレイヤーの視線を遮るように(目立ちすぎるメイド服のせいでもう遅いが)宥める。

 しかし、セシリアは扇子をパチンと閉じ、海風に吹かれる自らの金髪を優雅に整えた。


「思い出? ……ふふ、わたくしには必要ありませんわ。モカ、よくご覧なさい。こんなイカダで海を渡るなんて、ローゼンブルク家の淑女としては耐えられませんわ」

「い、イカダ……。これ、全長300メートルはあるんですよ……?」

「わたくしが持っている船の方が、もっと豪華ですわよ?」


 セシリアが、虚空に向かってパチンと指を鳴らす。


【警告:周辺海域に極高密度の質量反応を検知しました】

【システムより通達:参加者セシリア様の私有財産|《ロイヤル・セシリア号》の展開を承認します】


 次の瞬間。

 豪華客船の真横に、その三倍以上の巨躯を誇る、純金と白亜で塗り固められた船が突如として出現した。

 押し寄せた高波が、運営の船を木の葉のように揺らす。


『な、なんだあの船はぁぁ!?』

『金だ! 船体すべてが金ピカに輝いてるぞ!? あれ一隻で、この予選会場が何百個買えるんだ……ッ!?』

「さあ、モカ。あんな埃っぽい甲板とはおさらばですわ。……お掃除の前に、まずは極上のシャワーを浴びたい気分ですわね」

「……お嬢様ぁ! もはやこれ二次予選っていうか、ただの『富の暴力』の展示会ですよぉ!!」


 モカの叫びが、黄金の船体に反射して、呆然と立ち尽くす全参加者の耳に空虚に響き渡った。



ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。運営の豪華客船を、イカダ呼ばわりするセシリア様……凄いですね。

次回「二次予選(海上お掃除)編」

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