8.見えない棘
もういっその事、ユリウスに私の気持ちを伝えてしまう?
エリシア様が想いを寄せて動いてるなら、それを断ち切って仕舞えば……ユリウスがヴァンノインに行く理由、なくならないかしら。
……私が言ったところで、よね。
「リサお嬢様?」
「うわぁぁぁー!」
「だ、大丈夫ですか?」
背後に立つユリウスに、全く気付かなかった。
「いつからいたの!?」
「少し……前からです。それで『私が言ったところで』とは、何のことですか?」
私のバカッ。口から出てたなんて……!
「な、何でもない」
「……そうですか。では、間に合いませんので、そろそろ支度しますよ?」
「えぇ。……ん? ごめんユリウス、今日なんかあったっけ?」
ユリウスのことばかり考えてたせいで、予定なんて頭に入ってない。これで王女なんて……呆れられそう。
「以前、公務で長丁場を頑張ったら遠乗りしたいと、予定を立てておりましたが……ご気分が優れない様なら――」
「覚えてる! ちゃんと覚えてるわ。すぐ支度する」
過去から戻ってきて、未来を変えたいとばかり考えていたら……こんな大事なこと忘れていたなんて。
あの時は確か、二人で馬に跨って郊外の湖まで行ったんだっけ。
用意された着替えを済ませ、厩舎へ向かう廊下。
借りたハンカチを返そうと、ポケットに手を掛けた時――
「危ないっ!」
――ドンッ!
突然、身体に衝撃を受けて倒れ込んだ。
「リサお嬢様、大丈夫ですか!?」
「んっ、大丈夫……何……」
覆い被さるユリウスの間から見える、割れた額縁の破片。
「ユリウス! 貴方、手から血がっ」
「自分は大丈夫です。お嬢様が無事で良かった」
かなり音が響いたのか、気付いた衛兵や使用人が集まってきた。
壁に掛かった大きめの絵画……普通は外れないように固定してあるはずなのに。ユリウスが気付いてくれなかったら――
「手当のため医務室に行きますが、リサお嬢様は衛兵と部屋へお戻りください」
「いやよ。私も一緒に医務室に行く」
「ですが……」
「お願い、側にいさせて」
怖い。今、離れちゃいけないって、心が叫ぶ。
「……分かりました。念の為、護衛も付けます」
「分かったわ。良いから、これ使って」
返そうと思ったハンカチとは違う、自分のハンカチを血が滴る傷口に必死に押し当てた。
顔見知りの騎士を見つけ、慌てて駆け寄る。
「片付け、お任せしても良いかしら」
「勿論です。お任せください」
「ありがとう。それと――」
耳打ちした内容に、小さく頷き、片付けへと向かった。
慌てて、ユリウスを追いかけ医務室へと向かった私は、その後、衝撃の事実を知ることとなる。
***
「痛っ……」
「骨に異常があるかもしれません。添木をしてますので、暫く安静にして下さい」
「……分かりました」
手当された手を見て、ため息が漏れた。
これで、どうやってお嬢様を守るんだ……情けない。
「大丈夫?」
心配そうに覗き込む、リサお嬢様に頭を下げた。
「申し訳ありません。不甲斐ないばかりに、こんな怪我を――」
「そう思うなら、早く治して。だって……約束したじゃない。遠乗りに連れてってくれるんでしょ?」
「そうでした。せっかくの外出が台無しですね」
この手じゃ、馬も難しい。
暫く、リサお嬢様のお世話は、誰か別の者に頼んだ方がいいかも知れない。
「私が、ユリウスのお世話をする」
「……はい?」
「私だって、ちゃんと役に立てるんだから」
「本も読みっぱなしなのに、ですか?」
「そ、それは……ちゃんと片付けるもん」
「髪も乾かさず寝てしまうのに、ですか?」
「ちゃんと乾かすっ! 出来るよ、私だって。ユリウスのために出来ること……したいの」
一度決めたら頑固なところは、昔からちっとも変わってない。他の者に任せるのは、無理か。
「では、お嬢様のお言葉に甘えます」
「うん、何でも言ってね」
やる気のポーズが、随分可愛ら……しい。怪我の功名、ということにしておこう。
それにしても、さっきの絵画はどう考えても変だ。まるで、こちらのタイミングを図るかのように倒れてきた。
あの状況じゃ、自分が狙われたのか、お嬢様が狙われたのかハッキリしない。最近の違和感を考えると――
「ユリウス、そろそろ部屋に戻りましょう」
「そうですね」
そして、新たな問題が一つ。
側に寄り添いながら歩くお嬢様に、これ以上余計な感情を抱かない自信が……正直、あまりない。
王女という立場でありながら、隠そうとしない表情に、感情が揺さぶられていく。
一歩引いていたはずなのに……しまったな。




