1.二度と……
私の好きな人は、すぐ隣にいる。
それで、いつも私の世話を焼いてるの。
「読んだ本は、重ねて下さい」
文句を言いながら、部屋中をあっという間に綺麗にしていく。
時には、耳元で甘く囁いてくれたりもする。
“お嬢様、口元が汚れております“
素直になれない私もいけないんだけど、こんなにずっと一緒にいるのに……距離は一向に縮まらないなんて。もどかしい。
ユリウスだって、従者になってもうすぐ10年。物心ついた頃から、当たり前に隣にいた。
私と三つしか離れてないのに、大人ぶって凛々しくて……格好良い。いつも側にいてくれるユリウスに恋するなんて、簡単なことだったの。
軽快なノックで顔を覗かせ「リサ、お父様が呼んでるよ」お兄様の声で、溜息が漏れた。
「そんな溜息吐くと、幸せが逃げますよ?」
「王女に幸せなんて、無いようなものでしょ」
「そんなことありません。ドレスは一流、身に付ければ忽ち流行になり、いずれ嫁ぐ殿方もきっと……素敵な方です」
「……そうね」
けれど、隣に立ったユリウスは、どこか距離を保つように一歩後ろに下がって、決して私の隣は歩かない。
玉座の間は、いつも静か。だから、私のヒールがよく響いて視線が一気に集中するのが良く分かる。
お父様は私を見るなり、ほんのわずかに眉を和らげた。
「リサ。最近、体調に変わりはないか?」
「はい……大丈夫です」
「そうか」
それだけ言って、お父様の視線が珍しくユリウスへと移った。私に向けるものとは違う視線に、思わずドレスのフリルを握りしめてしまう。
「ユリウス。お前も、変わりないな?」
「……問題ありません」
たったそれだけのやり取りで、呼び出しは終わった。
玉座の間を出た後、私は堪えきれずにユリウスへ振り返って「ねえ、ユリウスに体調の不安聞いたのなんて初めてね」と言った。
「……そうですね」
ユリウスは、曖昧に微笑んだ。
「リサお嬢様は、何も心配なさらずに」
「……本当に?」
「はい。私は……リサお嬢様の幸せを第一に考えています」
聞き慣れた言葉を口にしたユリウスは、その夜、部屋に戻ると珍しく無言で本を揃え、窓を閉め、机の上を整えていく。
「ねえ、そんなに丁寧にしなくてもいいのに」
「癖のようなものです」
自分が納得行くまで片付けたユリウスが、捲った袖を元に戻しながら、いつもは私の前で外さない黒い手袋を手に取ってポケットにしまった。
ユリウスの事ならずっと見てた。だからか……少しの違いに敏感になってしまう。
「ユリウスッ」
「はい」
「――どこにも行かないよね?」
冗談めかして言ったつもりだった。
なのに、少し間を開けて「……私は、従者ですから」と、いつもと同じセリフを口にする。
いつもと同じなのに、いつもと違う。
一人になったベッドで、違和感の正体を探ろうと懸命に考えるのに、一向に答えは見つからない。
「寂しいのは、やっぱ私だけなのかな……」
***
「ふぅ〜……」
やり切った吐息なのか、それとも未練を押し殺した息か。
自分には分からない。
分かっているのは、自分の作業がまだ終わっていない事だけ。中途半端に詰め込んだトランクケースに手を付けながら、今日の自分を思い返した。
『ユリウス。お前も、変わりないな?』
あれは、体調を心配されての言葉ではない。
リサお嬢様に悟られてはいないかと、胸の奥が僅かに波立った。
……これで良い。
長らく務めてこられたのも、自分を律してこられたのも全ては陛下のおかげ。この決定に従うのも、至極真っ当なこと。
ただ一つ心残りがあるとすれば、リサお嬢様に最後まで嘘を付いていた事だろうか。きっと怒るだろう……どうして何も言わなかったのかと、責められるかもしれない。それでも、その小言すら聞けない未来を選んだのは、自分だ。
何も残さない。
何も残せない。
――そうして、黙ったまま城を後にした。




