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少女とスライム、テイマーを目指して  作者: 上辻樹
第一章「初めての友達」
9/17

見捨てるべきでしたか

────カスパルは隣町のチンピラだった。


酒乱の父と娼婦の母の間に生まれ、ろくな教育も受けぬまま、姑息な犯罪に手を染めつつ生きてきた。

このチームに誘われたのは自分以外の仲間が皆捕まってしまったからだった。


ここでは一番の下っ端で、アジトの見張りがカスパルの主な仕事だった。

ここを拠点にして半年ほど経ったが、うち捨てられた山小屋に近寄る人影など一つもありはしない。


今朝も日の出と共に仲間たちを起こしに行く。

ついこの間、仲間を裏切って儲けを独り占めにしようとしたやつが処分されかけていた。


邪魔が入って死ぬ前に衛兵に捕まったらしいが、カスパルもその後の行方は知らない。

裏切り者と処刑役の二人、合計三人を同時に失って、この地に留まり続けるのはまずいと判断したボスのイリオスが、次のアジトを探しているところだ。

早ければ今日中にでも移動することになるだろう。


乱暴者のヴァルクと魔法使いのドゥレンを起こして、最期にテイマーのノクサスを起こしにいくと、彼が布団の上で痙攣しているのを見つけて、慌てて肩を叩いて名前を呼ぶ。


「しっかりしろ! 何があった!」


その騒ぎを聞きつけた先ほどの二人も様子を伺いに来る。

カスパルと違い、二人は冷静だった。


「ペットがやられたようだな」


ヴァルクが言うと、ドゥレンも頷く。


「カスパル、外の様子を見てこい。俺はボスに報告する。ドゥレン、回復魔法をかけておけ」


言われるがまま戸口へ向かうと、頬を弱い風が撫でる。

扉が少し開いていて、カスパルは足を止める。


(あれ? 鍵開いていたっけ?)


見張りから帰ってくる時に閉め損ねたのだろうか。

そんなことを考えていると、ノクサスとドゥレンのいた部屋が爆発音と共に壁ごと吹き飛んだ。


「――は?」


耳を澄ませてもパラパラと破片が散る音しか聞こえない。

しばらくして、ノクサスとドゥレンが部屋に転がされた。

手足が荒縄で乱暴に結ばれている。


「敵襲! 敵襲だ!」


カスパルは小屋中に聞こえるくらいの大声を出しながら剣を構える。

元冒険者のヴァルクほどではないにしろ、カスパルも少しは戦える。


「……外に逃げるかと思ったんですけど」


誰の姿も見えないのに、声だけが聞こえる。


「姿を隠す魔法か!」

「ちょっと聞きたいことがあります」

「姿を見せろ!」


それまで何も見えなかったところにあった透明な膜が、まるで水の塊のようにパシャリと剥がれ、一人の少女が姿を現す。

あまり特徴のない茶色の髪をしていて、深みのある緑色の瞳をしている。


魔法を使っている様子はなく武器も持っていない、それがたまらなく不気味だ。


「この辺で金色の腕輪を見かけませんでしたか?」


「な、何の話だ!」


「知ってるか知らないかを聞いてるんですけど」


「近寄るな! 切るぞ!」


剣を突きつけても少女は全く動じる様子を見せない。


場の緊張感に耐えられなくなったカスパルが剣を振りかぶって切りかかる。

ここなら殺しても誰にもわかりはしない。


手加減をしたつもりもなかった。

しかし振り下ろした先に少女の姿はなく、直後、死角から顔面に蹴りが炸裂する。


意識が飛ぶことは抑えたが、平衡感覚を失って立っていられずに床へ這いつくばる。


「あれ、意識あるんだ……。手加減しすぎましたね。ごめんなさい」


声の方に顔を向けようとするも、その前に後頭部に打撃があり、カスパルは今度こそ意識を失って深い眠りに落ちた。


ーーーーー


アリシアは名も知らぬ悪党を縛り上げ、ひと息ついた。


殺さないよう加減して攻撃するのは難しいが、なんとか三人を倒せた。

あと二人はまだ二階にいるのだろうか、これだけの音を聞いてもすぐには姿を現さない。


元の計画ではこうして騒ぎを起こしているうちにセリスがボスを捕らえるはずだが、うまくいっているのだろうか。


気を失った大人三人をラピスと協力して部屋の隅に運び、アリシア自身はラピスに水の膜を作らせて姿を隠す。

様子を伺いに来た時に、仲間がああして倒れていれば、さすがに助けに出てくるだろう。


そう思っていたところで、階段を大男が降りてきた。

全身に鋼の鎧を身に纏い、左手にクロスボウを持っている。


「おい! 誰だか知らねえが舐めた真似しやがって!」


「私がやりました」


アリシアは隠れていたところから出てそう言う。

姿を隠していたのは不意をつくためであり、戦闘準備をしている相手にはあまり効果がない。


むしろ逆手にとられる可能性を考えて、自ら目の前に出た。


「あなたがボスですか?」


「そう見えるか。ガキが英雄気取りで俺たちを捕まえに来たのか?」


「違うのなら用はありません」


アリシアがラピスと息を合わせて正面から突っ込もうとしたその時だった。


彼が無言で捕まっている仲間へ向けてクロスボウを発射した。

アリシアの反応も間に合わず、一人の男の太ももに突き刺さり、血の海ができる。


「な、なんで、そんな!」


予想もしていなかった行動にアリシアは狼狽えた。

彼らは仲間だったはずだ。


「ガキ。お前が考えてるほど、俺たちはバカじゃねえんだよ」


無慈悲に発射された二発目を、アリシアは咄嗟に腕を伸ばして庇った。

腕に矢が突き刺さり、燃えるような痛みが襲ってくる。


「どうしてこんなことをするんですか! 仲間でしょう!?」

「いや、仲間じゃねえ。元々ここで処分する予定だった奴らだ。弱すぎて足手まといだったからな」


悪意のある眼差しは、アリシアの混乱を見透かしているのだろう。


敵であるはずの彼らが人質になってしまっている状況はアリシアにとってかなり厳しい。

見捨てれば彼に勝つのはそう難しいことではないだろうが、なかなかその決断ができない。


焦る気持ちを感じ取ったのか、ラピスが腕に巻き付いて、アリシアの傷を癒やす。

暖かなその感触で、少し冷静さを取り戻した。


――守りに入っても事態は好転しない。

以前までならそう思って、どれだけ苦しくても彼らを見捨てて自分の身を守るために戦っただろう。


でも今は。


「セリスさん!」


アリシアの声とほぼ同時に、男が大きくのけぞる。


「ぐっ!? 何だ!?」


振り返りざまに剣を振るうも、空を切る。

足下にいた黒いオオカミに気がつくと、男は蹴り飛ばそうとしたのか、大きく踏み込む。

しかし、足がもつれて、バランスを崩して転んだ。


「お前もテイマーだったのか!?」


そうとも違うとも言えずに黙っていると、起き上がろうとした彼が、さらに床に倒れ込む。


「力が入らねえ……!」


「当然よ。ガルムが力を奪ったもの。その鎧も支えられないでしょうね」


いつからそこにいたのかアリシアも気がつかなかった。

物陰からセリスが静かに姿を現す。

その目は冷たく、いつものような優しさは感じられない。


「俺の負けだ。さっさと捕まえろ」


「嫌よ。あなたは殺すわ」


セリスの手には氷でできたレイピアが握られている。

あの剣なら鎧の隙間からでも相手を刺せるだろう。


アリシアもまだ怪我が完全に治っておらず、彼女を制止できる状態にない。


「殺すのはダメです!」


「そういうのは今いいの。あなたが私なら殺すでしょう?」


セリスがゆっくりと歩み寄ると、男が小さく呪文を唱えるのがアリシアには見えた。

危ない、と声をかけるよりも早く、男は立ち上がり、セリスの首めがけて剣を振るった。その間合いの一歩外でセリスは止まっており、剣はまたも空を切り、男は舌打ちをする。


「レジスト系の魔法は使えると思っていたわ。精神防御の魔法は一通り覚えているのでしょう? 元冒険者の剣士ですものね」


「そこの雑魚とは違うんだよ」


「全力なら勝てると思っていらっしゃるようですわね」


「当たり前だろ! お前みたいなガキに……!」


「見た目で相手の実力を判断するのはよろしくありませんわよ。……ああ、判断できていないようなので、それも間違いですわね」


失礼、とセリスは目を伏せて一礼する。

その煽りに耐えられなくなったのか、男は雄叫びを上げながらセリスに切りかかった。


「ガルム!」


男が踏み込んだ分だけセリスは後ろに跳ねた。

すると、背後から一気に間合いを詰めたガルムが首筋に噛みつく。

すると、血が吹き出す代わりに魔力の流れが体の外へ溢れ、ガルムへ吸収されていく。

男の四肢から力が抜け、今度は完全に床にうつ伏せで倒れ込んだ。


(まるで命そのものを食べたみたい……)


単なる魔力切れでの反応とは少し違う気がする。

理屈はわからないが、魔力と体力の両方が尽きてしまったかのようだ。


「思い切り噛まれたのに、死なずに済むなんて幸運でしょう?」


「こ、このクソガキ……!」


「悪態をつく元気はあるのね。氷結魔法、フリーズ」


一瞬にして彼の体が凍り、口を動かすどころか、瞬きすらもできなくなった。


「ごめんなさいね。助けるのが遅れて」


「いえ、私も手間取ってしまいました。すみません」


「様子を伺っていたのだけど、あなたがそいつらを庇い始めたから、出て行かざるを得なくなったわ」


「やっぱり、見捨てるべきでしたか?」


ラピスはすでにアリシアから離れて、撃たれた敵を治療し始めている。


「いいえ、正しい行いだったと思うわ。そこで隠れている誰かさんと比べて、とてもね。……いつまで見ているつもりかしら? いい加減出てきなさい」


セリスに応えるように、階段の影から背の高い男が姿を見せる。

さっきの大男に比べると、戦う意思のようなものはあまり感じられない。


目線は合わず、周囲をしきりに気にしている様はまるで追い詰められた獣そのものだった。


「大人しく捕まってくださるかしら? 二対一で戦っても勝ち目はないでしょう? このチームのボスのイリオスさん」


「……俺のことは知ってるってわけか」


「そうですわね。今戦ったヴァルクさんも、後ろで眠っているドゥレンさん、ノクサスさん、カスパルさんも。あなたたちの素性はすでに割れているわ。逃げられませんわよ」


イリオスは少し考える素振りを見せた。

不意打ちに備えて、アリシアは彼の微かな動きも見逃さないよう注意する。


「目的は何だ? お前らは正規の衛兵じゃねえだろ。なんで俺たちを狙った?」


「私の探し物のためですわ。セイレーンリング。ご存知でしょう?」


セイレーンリングと聞いたイリオスの表情が瞬きを忘れたかのように強張り、生唾を飲み込む音がした。

アリシアにもはっきりとわかった。

彼は知っている。


「……あんなもん、なんで欲しがる? アレは人間の手に負えるものじゃない」


「承知しております」


「名前を知ってるやつだって少ないはずだ。知ってるんだろ? アレは関わった人間を全て壊す」


「ですから。知ってると言ってるわ。話は終わり?」


「──イカれ野郎! やってられるか!」


次の瞬間、窓が割れ、小屋の中に突風が吹き荒れた。


「風魔法、ガスト!」


目を開けられないほどの風が室内に吹き荒れ、アリシアは顔を覆う。


「追え、ガルム!」


風の中にセリスの声が微かに聞こえて、アリシアもなんとか気配で二人の様子を探る。

ガルムは窓の外を目指すイリオスの腕に噛みつこうとするも、見えない風の壁に行く手を阻まれていた。


「セリスさん! さっきの凍らせる魔法をラピスに使ってください!」


「――わかったわ! フリーズ!」


手の中に収まったラピスが氷の塊へと姿を変える。

アリシアは力いっぱいに、その凍ったラピスをイリオスへと投げつける。

ラピスは風で軌道をそらされ、窓枠へとぶつかった。


イリオスが一瞬だけ困惑の表情を浮かべるが、狙いに気がついたのか、血相を変えた。


「もう遅いですよ!」


素早く液体へと戻ったラピスが、魚網のように体を伸ばして窓を塞ぎつつ、イリオスへ覆い被さっていた。

捕まる直前、イリオスはさらに突風を使い、自分の体を吹き飛ばしてラピスの届く範囲から脱出したが、もう逃げられる方向はなく、セリスの足下へ来てしまう。


さらに風魔法を使おうとしたであろうイリオスの周囲から魔力の圧が消え、風が凪いだ。


連続で大型の魔法を使ったイリオスの体には、もう魔力が残っていないのだろう。

魔法を唱えようと懸命に抗っていたが、掠れた声しか出ていなかった。


「氷結魔法、アイスボルト」


セリスの前に氷でできた魔法の矢が浮かび、それはイリオスの体に突き刺さると、彼の全身を巨大な氷塊で包んだ。


「これで全員確保ね。さて、腕輪探しと参りましょう」


「私は傷を治しながらここで待ってますよ。魔力を追えるのはセリスさんだけですし」


ラピスを凍らせた時にアリシアの左腕へダメージが返ってきていた。


凍った部分は少しずつ黒ずんでいく。

凍傷の治療は一度傷口を削るためかなり辛く、できればやりたくないが、そういうわけにもいかない。


「その腕の治し方は知らないけれど、見ない方が良さそうね。うん、そうした方がいいわね。じゃあ私は離れるからその人たちの見張りもお願いね」


セリスは大袈裟に目を逸らしながら、そそくさと部屋の中へと入っていく。

想像すらしたくなかったのだろう。


「……ふう。ラピス、お願い」


セリスとは対照的に、ラピスは遠慮なしに傷の治療を始めた。

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