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少女とスライム、テイマーを目指して  作者: 上辻樹
第一章「初めての友達」
8/17

信じていいのね?


――数日後の早朝。

アリシアはセリスに連れられて町から少し外れた山の中を歩いていた。


まだ日は出ておらず、少し肌寒い。

二人は木々に紛れられるよう鶯色の外套に身を包み、周囲を警戒しつつ進んでいる。


こんな朝早くに、山奥にある犯罪組織のアジトへ向かっているのには理由があった。


「――――どうして朝なんですか?」


就寝前、アリシアはベッドに横になり、天井の橙色のランプの揺れる火を見ながら呟く。


「警戒が最も緩むのが早朝だからよ」


セリスは椅子に座って髪を手入れしながら言った。


「それに、夜中に寮を抜け出すのは禁止されてる」


「朝ならいいってわけでもないでしょう」


「朝練とでも言えばいいでしょう?」


ぶっきらぼうに言いながら、セリスは手にしたアーモンドオイルの入った小瓶をしっかりと締めて引き出しにしまった。

彼女の髪から僅かな甘い匂いとカモミールの香りがふわっと漂う。


「どんなに急いでいても守れるルールは守るべきよ。たぶん、お願いすれば特例で動けるけれど、あまり好き勝手にしすぎるといつ禁止されるかわからない。手がかりがすぐそこにある状況で、卒業まで動けないなんてことになるのは困るわ」


「それは、たしかにそうですけど……」


「今回は私に従って。問題があれば修正するから、その時に意見を言って」


「……その時なんて、来ないかもしれないですよ?」


アリシアはぼそっと呟いたあとに、慌ててセリスを見る。

普通の人は自分が明日死ぬかもしれないとは考えない。

普段はそういった普通の人との感覚の違いに気をつけていたのに、眠気で少しそれが緩んだ。


セリスも少し目を丸くしていたが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。


「失敗と死は分けて考えないといけないわよ。人間相手ならなおさら。私は敵に捕まるまで自分が失敗したことに気がつかない人間を誘ったつもりはないわ。――大丈夫よ。この部分の判断においては私の方に経験がある。無茶はしないし、させない。可能だと判断すれば正面から戦うこともあるし、不可能だと思えば侵入すること自体を諦める。それで納得してもらえる?」


「……ええ、まあ」


「手は借りたいけれど、命を賭けてもらうつもりは毛頭ないってことだけ覚えておいて」


「自分だって命がけのくせに……」


そう呟くと、セリスはわざとらしく不満そうに頬を膨らませる。


「何か言った?」


「いいえ、何も。おやすみなさい」


アリシアは頭まで毛布をかぶる。


────実際のところ、セリスの下調べはアリシアの想像を超えていた。


敵の居場所、人数、警戒ルート、時間別の行動パターン。

敵のアジトまでのルート、何かあった時のための緊急用の脱出ルート、はぐれた時の合流地点。


等高線の描かれた詳細な地図も用意してあったが、アリシアにはまだ地図が読めないため、方角と進む距離を頭に叩き込んでおくに留まった。


持ち物も用意周到に、何が起こっても逃げられるように。

倒すための準備と言うよりも、安全のための準備だと感じた。


過ぎていく木々の影には何者の気配もない。

しかし、アリシアは何か違和感を覚えて足を止める。

先頭を行くセリスもそれに気がついて、振り返った。


「……何かあった?」


「わかりません。でも、何かある気がします。ちょっと待っていてもらえますか?」


ラピスを外套から外に出して、周囲を探らせる。

アリシアの見る限り、辺りに魔力の痕跡はない。


しかし、優れた猟師は獲物の歩くルートを把握して罠を張る。

敵にそういった手合いがいないとは言い切れない。


「これは……」


ラピスが見つけたのは、透明な一本の細い糸。


これが意味することをすぐに理解し、セリスをラピスに掴ませ、後方へ放り投げる。


これはアドリブではなく、事前に決めていた緊急回避の手段。

言葉での説明すらできないくらいに切羽詰まっていることの合図。


セリスは空中で何やら魔法を唱え、衝撃を和らげて転がりながら着地、アリシアの方は見ずに藪に飛び込む。


(見つかっていると考えるのが妥当だよね)


クモの糸は時間の経過と共に溶けて消える。

環境にもよるが、数時間から一日。

つまりこれは夜間に張られたばかりの糸。


あの時の事件のルミナイト・ピーパーのことを想起する。

クモが無関係とは思えない。


これは鳴り子だ。

そしてアリシアはそれに触れた。


外套の頭巾を深く被って顔を隠す。

近くにいるはずだと体を強張らせる。


すると、風の音に紛れて、ガサガサと木の葉を揺らす音が耳に入った。


頭上を見上げると、人よりも大きなクモが一匹、その眼にアリシアを捕らえていた。

灰色の胸部に、黄色と黒色縞模様の腹部。


アリシアの知る中だと、その特徴を持つのは『ドミナスピナ』という種類のクモだろうと予測できる。

しかし、そのサイズは一般的なクモとは大きく異なり、人間すらも捕食できそうなサイズだった。


野生の世界では先に動かなければ死ぬ。


ラピスの行動は素早かった。

ドミナスピナがこちらに対して行動を起こす前に飛びかかる。


ラピスの体の一部がクモの脚に触れた瞬間、見えない糸に絡まって、空中で身動きが取れなくなった。


――アリシアがセリスから習ったことの中にこういうものがある。

『テイマーのパートナーとなった魔物は特異な能力を得る』。

それは長所を伸ばすものであったり、短所を補うものであったり、様々だという。


(とは言っても)


触れた瞬間に糸が張りつくという能力なのだろうか。

それとも、張ってあった糸が見えなくなるものなのだろうか。

どちらにせよ、アリシアがその推理を行うにはまだ知識と経験が不足している。


「ラピス!」


アリシアが声をかけると、ラピスは自身の体の成分を真水へと近づけ、糸を溶かした。


そもそもクモの糸は水分や湿気に弱く、どういう理屈で絡めていたとしてもその性質上、ラピスを長く止めておくことはできない。

この相手は不利だと感じたのか、クモは背を向けて逃げだそうとした。


アリシアは腰の鞄からナイフを取り出し、クモの脚めがけて投げつける。

三本投げたうちの一本が当たり、その巨大な脚が木の枝のように地面に転がった。


体勢を崩したところをラピスがすかさず包み込む。

どれだけ大きくても虫だ。

クモには硬い甲殻もないため、消化するまでに一分もかからない。


ただ、その間無防備になるため、ナイフを回収しながらも警戒を怠らない。

この虫のテイマーは今の光景を見ていただろうか、と意識していると、物陰からセリスが出てきた。


「うわっ、気持ち悪い。このサイズのクモを見て、よく平気でいられるわね」


「大きいってだけですからね。それより――」


「近くにテイマーはいなかった。野放しにして見張りにしているってところかしら。魔力の繋がりはあるけど、恐らく管理のために繋げてあるだけで、命令や魔力の操作は行っていないみたい」


「見つかってると思いますか?」


「見つかっているとは言い切れないって感じかしら。魔法で大きくしてあるとはいえ指示を出していないのなら、自然死だって考えられるでしょうし。他の獣に襲われないと決めつけられない。侵入者の可能性を考えるのはもっと決定的なことが起こってからでしょうね」


「そんなに間抜けですかね」


「自分のパートナーを野放しにしている時点で大間抜けでしょう。魔石とライセンスを返納して他の職業に就くべきだわ」


セリスが当然のように言い、アリシアも同意して頷いた。

近くにいなくては何が起こったのかを知ることができないのはアリシアでも同じだ。


主従関係ではなく二人一組である、という意識が抜け落ちているテイマーの力量は低いとセリスは言う。


計画の続行を決めて歩みを進めると、程なくして目的の建物が見え始めた。

元は二階建ての山小屋だったところをそのまま使っているようだ。


離れたところから、セリスが望遠鏡を使って様子を見る。


今の時間は全員が小屋の中にいて、休息をとっているはずだ。

彼らは見張りが交代するタイミングで、なぜだか中に入って交代するのだ。


心のどこかでこんなところに来るやつはいないと思っていて、油断しているのだろう。

その慢心をセリスは正確に観察しており、計算していた。


彼女がどうやってこんな技術を身につけたのかはわからないが、アリシアは尊敬の念を抱かずにはいられなかった。


「……突撃しますか? 相手の数は五人でしたよね。そのうちテイマーはひとり。さっきのクモがパートナーなら、もう無力化できているはずです」


「パートナーが一匹だけならね」


セリスは冷静に言う。


「相手は無法者よ。パートナーが一匹であるとは限らない」


「でも二匹以上との契約はリスクが大きいってセリスさんが言っていたじゃないですか」


二匹以上の魔物との契約は魔力の制御が難しく、さらには魔物側からのフィードバックも増えるため、通常の人間に処理できるものではない。


「犯罪者がその程度のリスクを恐れると思う? それに、さっきのクモが最低限の繋がりで管理されていたことを考えると、本命は手元に置いてあると考えるのが妥当。クモに関連したものだろうけど、あなたが倒したルミナイト・ピーパー使いだって、同個体とはいえ複数匹召喚していた。そういう戦法は想定すべきよ」


彼女の言うことはもっともだ。

だから、アリシアも自分の意見をきちんと述べることにした。


「……セリスさんの作戦だとあの小屋へは忍び込むってことでしたけど、相手がクモ使いだと分かっている以上、それは難しいかと思います」


「今みたいに糸で罠を張っていると?」


「いえ、建物の中で糸を張っている可能性は低いです。他の人にとっても邪魔ですし、料理をすると蒸気で溶けてしまいますから。ですが、クモの中には糸を張らずに振動で感知するものもいます。向こうにいるのがそういう種類だった場合、隠密行動は無意味になります。視覚や音に気をつけても、歩く時の振動を完全に消すのは難しいですから」


「じゃあ、どうするの?」


「私が正面から派手に突撃します。その隙に裏から入ってください」


「そんな無茶はさせられないわ」


「無茶ではありませんよ。ここまでセリスさんは完璧な作戦を考えてくれました。だから、今度は私の実力を見せたくなったんです。その気持ちは分かりますよね?」


「……気持ちの問題じゃないのよ。勝算はどれくらいあるの?」


「勝算なんて言葉、知りませんよ。ただ、勝つだけです」


それを聞いたセリスは疑いの眼差しを向ける。

それができれば苦労はしないと言いたげな表情だ。


「私もセリスさんが思うより鍛えてるんですよ」


「……信じていいのね?」


「信じてください。私があの壁を打ち壊す音を合図にして、建物へ侵入してください。何があっても慌てず、隠密に徹するようお願いします。もし魔法で感知されても、隠れていてください。そちらに注意は向けさせません」


アリシアの頑固な態度に、セリスは小さくため息をつく。


「わかったわ。あなたに任せる。場合によってはサポートに入るわ」


「ありがとうございます。セリスさんは計算外のことが起こった時への対応をお願いします」


「はいはい。あなたの強さは理解しているつもりだったけど、性格まではまだ完全に掴み切れていなかった私の負けよ。じゃあ、頼んだわね」


セリスが身を屈めつつ、建物を大きく迂回して裏手へ移動していく。

アリシアは外套を小さくたたんで背嚢へとしまい、軽く準備運動をする。


(最近ちゃんと運動できてなかったから、ここでやっておかないとね)


肩をぐるぐると回し、よし、と意気込んだ。

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