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少女とスライム、テイマーを目指して  作者: 上辻樹
第一章「初めての友達」
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勉強を教えてあげる


(うわー、変なことしちゃった)


周囲の冷ややかな目線を感じて、アリシアは自分が失敗したことを感じていた。


怖がらせるつもりではなかったのだが、あまりにも相手が弱かったため、ほどほどで収めようとしていたところを怒りの方が勝ってしまった。


別に相手の主張が気にくわなかったわけではない。

戦う力のないものを表に出して裏で偉そうに構えているのが気にくわなかっただけだ。


「見事な勝負でした。皆さんも拍手を」


集団の奥から、眼鏡をした優しい雰囲気の男性が現れた。

彼が促して、ようやくまばらな拍手が起こる。


「私はこの学級の担任のエルネストです。アリシア、君の入学を歓迎するよ」


「ど、どうも、ありがとうございます」


「さっそく寮の方に案内したいところなんだけど、僕はさっきの試合のことでみんなに話をしたいから――セリス! 彼女を寮に案内して」


「かしこまりました」


目を引く長い金色の髪に、力強さを感じるオリーヴ色の瞳。

少し時間を置いて、アリシアはあっと気がつく。


「…………昨日の!」


「何よその間……。ついてきて。荷物も持って」


「はい!」


アリシアは彼女の後を追って、逃げるようにその場から去った。

少しばかり校庭から離れて、ようやくアリシアは彼女に話しかけた。


「あの、寮って言ってましたけど、セリスさんも寮に住んでるんですか?」


「そうね。ほとんどの生徒は寮で寝泊まりをしているわ。でも強制じゃないから、町中に家を買えるような貴族ならそっちで暮らしてる。あなたが戦ったアルヴィンもそっちの組ね」


「なるほど……」


「――で、さっきのはやりすぎ。みんな引いてたわよ」


「あ、やっぱり、そうなんですね……」


「魔物の扱いは誰に習ったの?」


「おじさん――私の生活の面倒を見てくれた人です」


「テイマーなの?」


「たぶん……。でも、あまりよく知らないんです。私自身、テイマーって仕事をよくわかっていなかったので、聞いたことありませんでした」


「聞いたことないなんてことあるの?」


「いや、私からすると、普通だったんですよ。小さいころからラピスと暮らしていたので」


「私と同じね。――ここが寮よ。北棟が私たちの寮になってるわ」


「大きいですねー。……私たち?」


「相部屋なのよ、ここ」


アリシアが首を傾げていると、セリスが玄関の扉を開く。


中央には学食や大浴場などの共有スペースがあり、廊下を通って各棟へ向かうようだ。

廊下を歩く途中、不思議な気配がしてアリシアは周囲を見回す。


「ここ、なんかいますか? 変な感じがします」


「寮母さんのサラマンダーが寮内を歩き回ってるから、その痕跡じゃないかしら」


「サラマンダー?」


「トカゲの姿をした火の精霊よ。寮内で悪さをする人を監視するために動き回ってるの」


なるほど、とアリシアも納得する。

野生の魔物と比べると魔力の残滓が濃く、雪原に足跡が残っているかのようにはっきりと感じる。

痕跡を隠す必要がないからなのだろう。


「そういえば、セリスさんのオオカミはどこにいるんですか?」


「――え?」


「いや、だっていないじゃないですか」


セリスは眉間を抑えてため息をつく。


「ああ、なるほどね。あなた、もしかしてずっと出しっぱなしなの?」


「出しっぱなしと言うか、ここにいますよ」


ラピスが首元から顔を出すと、セリスは呆れた様子を見せる。


「普通はね、魔石に入れておくのよ。ほら」


セリスが見せた右手の人差し指には、灰色の魔石のついた指輪が着けられていた。


「あなたのスライムが生まれた時の魔石はどうしたの?」


言われてラピスが生まれた時のことを思い出す。

卵の殻のような藍色の魔石。

もしかしてあれのことだろうか。


「無くしました……」


「はぁ!? 信じらんない!」


「いや、違うんですよ。生まれた時のことをよく覚えてないのもあるんですけど、そんなに必要なものだと思ってなくて……。魔力だって感じませんでしたし……」


「そりゃ、魔力が魔物の形になって外に出てるんだから、石の中に魔力を感じるわけないでしょう!?」


「ごめんなさい……」


よくわからないままに叱られながら、寮の中を進んでいくと、やがて一番奥の部屋の前で止まった。


セリスが扉を開くと、部屋はそこそこに広く、右と左にベッドが一台ずつ置いてある。

机や最低限の収納スペースもそれぞれ確保してあるようだ。


「左が私のベッド。右があなたのエリアになるわ」


「エリアで別れてるんですか?」


「普通は左右でそれぞれ別れてるのよ。領土を侵犯されるの、嫌でしょう?」


「そういうものですか」


「そういうものよ」


荷物を降ろしていると、セリスが教科書の束を渡してくれた。


「十冊以上ありますね……」


「どれも基礎的な内容だけど、あなたがどこまで知ってるかわからないから、読んでおきなさいね。ちなみに、入学前に習うようなことも書いてあるから、読んでなかったらすぐわかるわよ」


「授業ってどのくらい進んでるんですか?」


「まだ数ページよ。実戦なら経験で有利でしょうけど、座学はそんなに甘くないわ。特にあなたのように感覚でやってきた人は理屈が頭に入りづらいのよ」


「セリスさんはどっちなんですか?」


「自慢じゃないけど、これでも主席合格よ」


彼女が自慢げに言うので、アリシアは小さく拍手をした。


「アリシア、そういえば昨日の事件のことだけど、あのあとは何もなかった?」


「宿に帰って寝ただけなので、特には……。何かあったんですか? 犯人は捕まえましたよね?」


「それがね、あの人には仲間がいたの。背後に犯罪組織があった。あの人は尻尾切りにあったから、昨日のうちに逆恨みに会う可能性は低かったけど、完全なゼロではなかったから、気になっていたの」


セリスはベッド下の引き出しから紙束を取り出して、ベッドに腰掛ける。

アリシアには片付けしながら聞いて、と前置きをして話を続けた。


「去年ごろから活動が活発になってきた盗賊団ね。違法テイマーだけでなく、冒険者崩れもいるらしいわ」


「冒険者って、剣士とか魔法使いとかですか?」


「そういうこと。――で、ただのテイマーならまだ追いやすいのよ。あなたも分かると思うけど、魔物の足跡は人間のものよりわかりやすい。私たちには特にね。気配を消す修行でもしていない限り、必ず魔力の痕跡が残る。そういう修行ができる人はあまり犯罪者の道には落ちないから、確率的にできる人に会うことはないわ」


「もしもってことはないんですか?」


「あなたが思っているよりも稀なケースなのよ。千件の凶悪事件があっても、その内の一件に関わっているかどうかってところね。実行犯になると、数万件に一つあるかどうかよ。そもそもテイマーの資格を持っていれば食うに困ることはほとんどないの。相棒の魔物を使えば半身不随でも仕事ができるって考えてみたらわかるでしょ。捕まる危険を犯してまで、犯罪をする必要がない」


「たしかに、それはそうですね」


資格を取るために学校に通えない層の人は練度が低いという前提の上で語られてはいるが、筋は通っているとアリシアも感じていた。


「でも、裏家業で人に教えている人がいたら、成立しませんよね?」


「それこそ、考えても仕方のない稀少なケースよ。常に手法を更新し続けないといけないし、隠し方とA級テイマーの名簿を照らし合わせればすぐに誰の入れ知恵か発覚する。優秀な人ほどその仕組みを分かっているから、犯罪者を育ててもうまみがないことを理解してるわ」


「そういうものですかね……」


納得いかない部分はあるが、今はそう考えておくしかないようだ。


「――話を戻すわね。その犯罪組織の話をどうしてあなたにしたのかってところだけど、私と組んで解決してほしいの」


「えっ? なんでですか? セリスさんがやらなくても、大人に任せればいいじゃないですか」


「私の目的があってね。他の人に荒らされる前に調べたいことがあるの」


「いやいや、危険ですよ。それに、学校はどうするんですか?」


「許可はもらっているわ」


「許可が出るんですか?」


ほら、とセリスは一枚の書状を取り出す。

ローディウス学院長のサインが入っている正式な捜査許可証だ。


「これは学外で魔物を使役するための仮免許も兼ねているの」


「だからあの時、衛兵に見つかっても大丈夫だったんですね」


「そういうこと。あなたはまだここの学生ではなかったから、言い訳ができなかったの。でも今なら言えるわ」


「ちょっと待って下さい。私が気になってるのはそこじゃなくて」


「私の目的?」


「そうじゃないんですけど、それも気になってます」


「簡単に言うと、探し物ね。ある腕輪を探してるの。装着すると自我を失う呪われた腕輪よ。探すために自分で危険な場所へ乗り込まないといけない理由は二つあるわ。まず一つ目が、この腕輪は移動するの。人を操って隠れ場所を変える。正体がバレたら、目撃者を皆殺しにしようとする。だから、今まであまり情報が集まらなかった」


人を操るなら余計に危ないのではないか。

そう思ったが、アリシアは口を挟まずに静かに聞いていた。


「そしてもう一つの理由。アレの魔力を覚えているのが私とガルムだけ。私たちはアレの近くに行けば、追跡ができる。――昨日の事件現場に、腕輪の痕跡があった。腕輪そのものか、持っていた人のものかはわからないけど、少なくとも接触した人にしか付着しない魔力の痕跡だったわ。お店から離れると消えてしまっていて道筋を追うことはできなかったけど、証拠は残ってた。あの時店内にいた人たちは調べたから、今一番怪しいのは、あの事件の関係者ってわけ」


「……事情は分かりました。少し意地悪な言い方になりますけど、私が協力するメリットが感じられないのは、どうしたらいいですか? 手伝うのは構わないんですけど、これじゃあまりにも……」


「言いたいことはわかるわ。そこで、その教科書を数ページ読んでみて」


「え? はい」


パラパラとめくる。

知らない言葉が多数出てくることくらいは承知していたが、あまりにも多い記号と数式の数々に目がくらむ。


「数学はちょっと苦手ですね」


「私が勉強を教えてあげる。どう? 悪くないと思うけど。魔法だって、ほとんど知識ないでしょ? あの時も麻痺の魔法に気がついていないみたいだったし」


確かに、アリシアにとっても悪い提案ではない。

身体操作にはある程度の知識があるものの、こういった座学はほとんどわからない。

習いやすい環境は必要だった。


「わかりました。手伝います。でも、あんまり危ないことはしませんし、させませんよ」


「ありがとう! それでいいわ! あなたが来てくれると心強いもの!」


アリシアが思っているよりも喜んでいるセリスを見て、そこまで不安ならもっと大人を頼ればいいのにと少し複雑な感情にならざるを得なかった。

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