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まだやりますか

広い校庭の中央に、いつの間にか円形の簡素な試合場が出来ていた。

それをぐるっと囲うようにして立っているたくさんの生徒たちが、アリシアを見ている。


学院長に連れられて注目されている中央へ来たものの、まだ何をするのかは知らされていない。

こんなに人に囲まれたことがないラピスも姿を見せず、懐で小さくなっている。

あまりストレスを与えたくないな、と心配になっていると、生徒の中から高貴そうな少年が前に出てきた。


「この学年――フレッジリング級の代表、アルヴィスだ」


「あ、はじめまして。アリシアです」


彼が握手を求めて手を差し出してきたことに応じると、明らかな敵意を感じて、嫌な汗が背筋を伝う。


「アリシア、編入おめでとう。学院長殿の計らいで、君はここに立てているし、僕らにその決定を覆す力はない。どれほど気に入らなくてもね。ただ、学院長もお優しい方だ。僕らに機会をくれた。特別扱いされたからと言って、君が上だというわけではないことを、わからせるための場をね」


彼の強すぎる感情が魔力となり、握手から静電気のように伝わり流れてきて、皮膚がちりちりとする。


この場にいたくないくらいのプレッシャーだが、これは必要なことなのだと思い、アリシアはこらえた。

集団に入るための儀式のようなもの。

勝ち負けは重要でなく、自己紹介のようなことなのだろうと考えた。


「……何をすればいいんですか?」


アリシアがおずおずと聞くと、彼はようやく手を離して、不敵な笑みを浮かべる。


「僕と戦ってもらおう! 僕はこのクラスでも上位だ。すでに魔物との契約も済ませている。出ろ、ドライアド!」


地中に魔方陣が浮かび、木の根がめきめきと盛り上がったかと思うと、複雑に絡み合い、人の形を成していく。

女性のような形をしたドライアドは、アルヴィスを守るように、間に割って入った。


「ドライアドは木の精霊だ。僕の家で先祖代々伝わっている由緒のある上位精霊。君がどれだけ特別な魔物を従えていても、僕ほどではないだろう?」


「ああ、まあ、そうですね……」


彼の意図を察する。

スライムが劣っているとは思わないが、種によるマウントにラピスを参加させたくない。


そう思っていると、ラピスが自分で外へ飛び出した。


「なんだ? そのスライムは」


「……私の相棒のラピスです」


ラピスは半透明の体を震わせながら、ドライアドと対峙する。


その姿を見て、彼は突然笑い始めた。

そしてひとしきり笑ったあと、怒りの表情を浮かべる。


「冗談はやめてくれ。スライムをパートナーに選ぶわけがない。僕をバカにしているのか? この程度の魔物で敵うと?」


「……どう思ってもらっても構いませんが、侮ると痛い目に遭いますよ」


スライムが種として下に見られていることはわかっている。

ただ気にくわないのは彼の態度だ。


こうした学校にいるのだから、多かれ少なかれ、皆が相手に敬意を持っているものだと思っていた。


しかし、こういう人間もいるのだ。

自分が歴史と立場のある人間だから、平然と他人を見下せるのだ。


それを悪いとは言わない。

昨日、アリシアもルミナイトピーパーに対して同じようなことを思ったのだから。


だからせめて、彼には学んでもらおうと思った。

相手が自分よりも強いか弱いか決めつけるのは、危険だということを。


ーーーーー


「――いいねえ、彼女」


「はぁ、そうですね」


隣にいた学年フレッジリング担当のエルネスト先生に話しかけられたセリスは、ため息交じりに同意する。


フレッジリング内でアリシアの編入に反対する勢力がいることは把握していたが、いくらなんでも馬鹿げた決闘だと思った。


アルヴィスは名家の出身で、ドライアドも格式高い精霊だ。

しかし、セリスから見ても彼はテイマーとして精神的に未熟すぎる。


セリスは昨日アリシアと会ったことは誰にも話さなかった。


それでもローディウス学院長には見抜かれていたし、そういった理由でエルネスト先生へ報告しないわけにはいかなかった。


つまり、セリスの立ち位置はすでにアリシア側と認識されていて、他の生徒の意見をコントロールすることはできなかった。

彼らがそれで満足するなら、と放っておくことにしたのだが、それでもこんなやり方は間違っていると先生には伝えた。


「今でもまだ、ダメだと思うかい?」


エルネスト先生はズレた眼鏡を指で押し上げながら、優しくそう聞く。


「はい。今でも意見は変わりません。アルヴィスは対峙してもまだ力の差が理解できないのですよ?」


「ははは、君のその正直なところは良いところでもあるけど、全体を見えていないね」


「なんですか? どう考えたってアリシアのスライムの方が強いでしょう?」


「うん、確かに。僕も彼女と正面から戦うのは避けたいくらいかな」


「それは言い過ぎです」


「そうかな。それくらいの能力はあると思うよ?」


エルネスト先生の悪い癖だ。

いつでも自分を下げて評価している。

セリスはその根拠を聞くこともせず、話題を変える。


「それより、まだ私の疑問が解消されていません」


「なぜ許可したのか、だろう? これはアリシアのためじゃなくて、他のみんなのためなんだよ。人にはそれぞれ芯にしていることがある。でもここは学ぶところだから、そういう芯を、芯のままにはしておけないんだ」


「土台にしている脆いプライドを一度壊させるつもりですか? 肥料のない畑は成長するには邪魔ですものね」


「なんて怖いこと言うんだ。僕はそんなことまで言ってないよ」


「……私をご自身の口の代わりにするのはやめていただきたいところですわね」


話しているうちに、アリシアとラピス、アルヴィスとドライアドを残して、ローディウス学院長もその場から離れる。

合図や審判もなく、向かい合うテイマーの間に他者はいない。


セリスもこういった決闘を見るのは初めてではない。

だからこの独特の張り詰めた空気にも飲まれることなく、直視できていた。


観客と化した周囲の生徒たちは、それぞれ緊張の面持ちをし、顔を背けている者すらいる。


(アルヴィスも不憫ね。ドライアドがいるばかりに矢面に立たされて……)


文句があるのなら、代表など立てずにそれぞれが自分の力で挑むべきだと考えているセリスに、彼らの心境はわからない。

それは弱者の思想だとすら感じる。


「セリス、集中してください」


「わかってます」


空気に魔力が伝わり始めた。

魔力がパートナーへ伝わりきらずに外へと漏れるのは未熟な証拠だが、今はそのおかげで雰囲気を読みやすい。


先に動いたのはアルヴィスだった。


「ドライアド! あのスライムをすり潰せ!」


命令と共に、ドライアドが自身の内から木の根をいくつも素早く伸ばす。

捕まえて握りつぶそうとしたのだろうとすぐに分かった。


「――なんで!?」


セリスが驚いたのは、アリシアが一切言葉を発しなかったからだ。

普通は避けろと指示を出す。


しかし、彼女はアルヴィスをまっすぐ見つめたまま、動かない。


(いくらなんでもスライムの再生能力じゃあの質量に耐えられるはずない! 死ぬのよ!?)


焦って飛びだそうとしたところを、エルネスト先生が止める。


「落ち着きなさい。実力差があると言ったのはあなたでしょう?」


「そんなこと言ってる場合じゃ――」


「よく見なさい」


セリスの予想に反して、ラピスは体を変形させ、見事にドライアドの攻撃を全て躱していた。

地響きと砂煙がその衝撃の凄まじさを物語っている。


(魔物だけの判断で、あの多角的な攻撃を避けた?)


生き物には視野というものがある。

だから指示が重要になるのだが、アリシアはそれをしなかった。

ラピスならあれを避けられると知っていたのだ。


「彼女、すでにA級相当の腕前があるみたいだ」


「信じられない……」


あれほどまでに魔物の能力を把握して信頼するだけの関係性は、一朝一夕で身につくものではない。


アルヴィスはアリシアがどのように避けさせたのか見えていなかったのか、まだ優勢だと思い込んでいるようだ。


派手な攻撃を立て続けに行いながら、強化魔法でドライアドを支援している。

魔物の身体能力を上げながら攻撃を続けさせるのは、教科書通りの堅実な戦い方だ。


実戦では遠距離攻撃の魔法を織り交ぜて撃つこともあるが、前衛で動く味方に当たっては元も子もない。


「どうだ! 反撃できないだろう!」


「……弱い」


「は?」


アリシアのとった行動は意外そのものだった。


持ち場を離れ、まっすぐにアルヴィスの方へと向かって歩き始めたのだ。

もちろん、その進路上には、猛攻撃を続けるドライアドがいる。


ドライアドが怯むことに期待しているのか、とセリスは思ったが、そうではない。


彼女は、自身に当たりそうな攻撃は、最小限の動きで躱していた。

スライムだけでなく、彼女自身もかなり鍛えているのだと、セリスは実感せざるを得なかった。


昨日、事件現場で不覚をとっていたのは、あくまで麻痺魔法を吸い込んでしまったせい。


そうでなければ、このような直線的な攻撃は、魔物や魔法を使って防ぐまでもないということなのだろう。


(まるで野生の獣……。今までどう暮らしてきたのか……)


そんなことを考えているうちに、彼女はドライアドの脇を堂々と通り抜ける。


「あなたの心意気に免じて、少しなら勝負をするつもりでしたけど、こんなに弱いのなら、私は戦いたくありません。その子がかわいそうです」


「は、はぁ!? お前はただ避けてるだけだろ!」


「傷つけたくないんです。こんな勝負で」


「ふざけるな! ドライアド! こいつもやってしまえ!」


ドライアドの強靱な鞭が、アリシアを襲う。

しかし、その手が届くことはなく、糸のように絡み合ったスライムに止められていた。


「ごめんなさい。あなたの主人が負けを認めてくれないので……。少し眠っていてもらいます。ラピス」


今度は口頭で名前を読んだ。


その声色で察したのか、彼女のスライムが形を変えて、ドライアドの横腹に張りつく。

筒状に伸びたかと思うと、ドン、と鈍い音がして、ドライアドの胴体がはじけ飛んだ。


「う、嘘だ! ドライアドの体は鉄よりも硬いんだぞ!」


「そうですね。でも、ラピスは鉄くらいじゃ止められませんよ」


驚きのあまり、セリスはエルネストの顔を見て解説を求める。

感心しているようで、口元に手を当てたまま、真剣に見守っていた。


「先生、今何が起こったんですか」


「……僕も詳しくはわからない。魔力に揺らぎがなかったから魔法ではない。恐らくは水の性質そのものを利用した攻撃じゃないかな。圧縮した水を体内で素早く移動させて、爆発させたように見えた」


「そんなの、どこで習うんですか」


「今はまだ生活で身についたのだろうとしか。だけどこれは、あなたのオオカミの爪や牙とは違い、明らかな技術。身内に師匠がいるのかもしれないね。理屈や学び方は彼女に聞くのが一番早いんじゃないかな。聞いても真似できるものじゃないし、快く教えてくれるはずだよ」


ドライアドは屈んで体を再生させようとしていた。


精霊であるドライアドは体組織の構成を全てテイマーの魔力に依存しており、その魔力が尽きるまではこうやって再生して、また戦闘に戻ってこられる。


アリシアがまたラピスの名を短く呼ぶと、今度は大きなドーム状になってドライアドを包み込む。


徐々にそのドームが縮んでいき、やがて完全にドライアドの体を拘束した。

治癒の時には動けないことを知っていたのだろうか。


「これで終わりです。まだやりますか? 希望ならこのまま粉々にして吸収することもできますが」


アリシアは深海のように暗い蒼色に瞳を輝かせながら淡々と言う。

呆然とした表情のアルヴィスは力なく首を振った。


勝敗が決し、皆が望んだ結果がここにある。

しかし観衆は静まりかえり、拍手のひとつも起こらない。


軽い気持ちでアルヴィスをけしかけた彼らが、アリシアに対して抱いた感情は想像に難くなかった。


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