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少女とスライム、テイマーを目指して  作者: 上辻樹
第二章「孤高の竜」
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いい夢じゃないですか


ほんの少しの罪悪感。


同室のセリスは昼間の疲労で早めに熟睡していたため、抜け出すのは簡単だった。

窓から差し込む月明かりだけで照らされた薄暗い廊下は、故郷の景色を思い出す。


そんな呑気なことを考えながら歩いていると、奥の暗闇からペタペタと足音が聞こえ始めた。


(寮母さんのサラマンダーだ)


見つかる前にラピスに覆ってもらい、姿を隠して、くらませる。


壁を這って歩く、巨大なトカゲ。

体の表面はまるで熱された鉄のように明るく煮えたぎっている。


隠れている者を探すように、自身の周囲だけを明るく照らしながら、のそのそと歩いている。


アリシアは身を伏せ、息すらも抑えてじっと耐える。

隠れているから姿は見えないとはいえ、その場から消えているわけではなく、動いたりぶつかったりすれば音は聞こえる。


サラマンダーは何事もなく真横をすり抜けていく。

ほっとして、アリシアは姿を隠したまま玄関を通って寮の外へ抜け出した。

鍵は開けて出てきたが、戻ってきた時に閉めればいいだろう。


待ち合わせ場所へ行くと、赤い竜ルベルナとイグナートがすでに待っていた。


「意外と遅かったな」


「偶然寮母さんのサラマンダーと遭遇してしまって……」


「……ああ、そうか」


「え、なんですか」


「いや、いい。そんなことより、誰かに見つかる前に行くぞ。乗れ」


イグナートは顎をしゃくってルベルナを指す。


「背中に、乗れるんですか?」


「構いませんよ、アリシア」


ルベルナが優しい口調で言う。


ではお言葉に甘えて、とアリシアはルベルナの背に跳び乗る。

硬い鱗はなめらかで、仄かに温かい。


イグナートも同じように乗ると、ルベルナは大きく羽ばたいて空へと飛び上がった。


「う、うわ、高い!」


空を飛ぶのは初めてだ。

夜の冷たい風が頬を撫でる。

町を一望できるくらいの高さまで上がると、ルベルナはゆったりと滞空し始めた。


「いつもこんなことをしてるんですか?」


「いつもじゃない」


「いつもですよ」


すかさずルベルナからの訂正が入る。


「町に何か怪しいものが出入りしていた」


「怪しいもの?」


「何かはわからん。人間か魔物か、その区別もつかない。ただ、妙な気配がしたんだ。お前に伝えるには、何と言えばいいか……」


「私が説明いたしましょう。悪意の塊のようなものが、数ヶ月前にこの町とその周辺に漂っていました。元凶そのものは今ここにはいないのでしょうが、夜の間に動きがあるのではないかとイグナートは考えたのです。そこで、町の警備を空から行っているのです」


ルベルナが言っているのは、恐らくセリスが探しているものと同じもの――セイレーンリングのことだ。


「何か心当たりでもありそうな顔だな」


「もしかしたら、なんですけど……」


アリシアはセリスのことを伏せて、セイレーンリングがどういうものかを話した。

二人は口を挟まずに静かに聞いていた。

しかしいくら説明をしたところでアリシアに分かるのは、セリスと悪党の証言からそれが確かに存在していることくらいだ。

ないのではないかと言われたら、何とも反論のしようがない。


「――って感じです」


「なるほどな。そのリングのことは初めて聞いたが……」


「――ええ。あり得ますね。魔力を通して意識を乗っ取る、理屈は理解できます。問題はどうやって宝飾品にそれをさせるかですが」


「魔石を使えば可能だろ」


「イグナート、本体は魔物だと?」


「可能性の話だ。知能の高いやつならやりかねないだろ。能力と悪意のあるやつがフィードバックを利用して意識を飛ばすのが難しいとは思えん。クソ、やっぱ最初にもっと調べとくべきだったな」


「安易に近づくべきではないと私は思いますよ、イグナート。正体が判明したのなら、手を引くべきです」


意外にも、二人は疑うことなく信じてくれて、真面目に悩んでくれている。

セリスのことも話すべきだったかと悩むものの、彼女の個人的な事情を考えると勝手なことはしない方がいい。


「影響がないことがわかれば、手を引く。もしもってこともあるだろ?」


「正体を知って、戦ってみたいと思っているのでしょう、イグナート? 私には分かります」


「それだけ力を持ってる相手のことは気になるだろ」


「しかし『もしも』が起こることに期待するのは感心しませんね」


「ほっとけよ。それより、俺が聞きたかったのはアリシアのことだ。師匠の話、聞いてもいいか?」


イグナートが顔を見ながら伺ってくる。

うやむやになることに期待していたのだが、しっかり覚えていたようだ。


「そういえばそういう話でしたね。私の師匠のことを知りたいって言ってましたけど、あんまり教えられることはありませんよ?」


「隠すよう言われてるわけじゃないんだろ?」


「でも、知らない人になんでも教えるのは少し抵抗がありますよ」


「知らない人? 俺が?」


「えっ、自覚ないんですか」


あまりにもきょとんとしているので、アリシアも驚く。


「……私の師匠は、優しい人でしたよ。子供の私に色々教えてくれました。テイマーになろうと思ったのも、師匠の影響です」


「ん? 師匠がテイマーってことは知っていたんだろ? 目指すのは自然なことじゃないか」


「いえ、知りませんでした。そういう職業があると知ったのは、本当に最近のことです」


「お前をテイマーにする気がないのに、そういう風に育てたのか?」


「料理人にならなくたって、生活に必要な最低限の料理は習うでしょう? その程度の話だと思いますよ」


「テイマーが目的じゃなくて手段だって話なら、俺が言うのも変だが、そいつ変だぞ」


「私も普通の家庭を知りませんから、何とも」


「うん? そうなのか?」


意外そうな声を出す。


「てっきりどこかの貴族が家庭教師に『隻眼の大鷲』を雇ったんだと思っていたんだが」


「私、貴族じゃないですよ」


「そうだったのか。それはすまないことを聞いた。出自はデリケートな話題だからな」


「そういう感覚はあるんだ……」


「失礼だな」


イグナートがむくれると、ルベルナが嬉しそうにクックックと笑う。


「イグナートがそこまで他人に気を使えるとは思わなかったでしょう?」


「はい。そういうことを気にする人だとはとても」


「お前ら二人とも、うるさいぞ」


「そんなことよりも。結局、私の師匠の何を知りたかったんですか?」


「できれば会いたかったが、今の話を聞く限り簡単に会えないみたいだな」


「会ってどうするんですか」


「もちろん、手合わせを頼みたい。A級テイマーとの手合わせは参考になる部分も多いからな」


彼は誇らしげに言う。


「いつもそんなことをしているんですか?」


「ああ。言葉で聞くより体感した方がわかりやすいしな。でも、A級テイマー全員が戦闘に長けているわけではないから、そこはちゃんと配慮している」


「本当ですかね……。で、勝てるものなんですか?」


「いや、全然だ。勝率で言うと二割か三割くらいだろうな。なあ、ルベルナ?」


「ええ。しかし、私との契約直後からの通算ですから、今ならまだ勝てるはずです」


ルベルナも鼻息を荒くして答える。


(正反対なのかなと思ったけど……)


根本的に負けず嫌いなところで性格が似ているのだろう。


「俺もたくさんのテイマーを見てきたが、スライムを使うテイマーは見たことがなかった。どうやってそこまで強くなった?」


「聞かれてもわかりませんよ。私もスライムは弱いって認識はありますし、ラピスが他と比べてどうなのかなんて知りませんし」


思い当たる節がないわけではない。

ラピスは譲り受けた個体だ。

特別変異、もしくは通常とは別種のスライムだとは予測がつく。


しかしそれを話して、過去を無理矢理暴かれるようなことになるのを、アリシアは恐れた。

ラピスを託したスライムと両親も、静かに眠ることを望むだろうと思ったのだ。


「テイマーと交わることで強くなるって話も聞かないしな。そもそもそういう特異性があるなら学校で非推奨魔物に指定されていないはずだ。スライムの特徴は生まれたての赤ん坊並の体の弱さと知能の低さだが、そのどっちも当てはまっていないように見える」


「ルベルナさんが人語を喋るのと同じようなことじゃないんですかね。そういう種、と言うか」


「そう納得するしかないだろうな。ここで知り合えてよかったよ。お前の今後が楽しみだ」


「一生つきまとうつもりなんですか?」


「言い方が悪いな。でも、お前から俺に何か頼みたいことができるかもしれないだろ? ドラゴンの背に乗りたくなっても、乗せてくれるやつなんてそうそういないぞ」


「自分のメリットをそれだけだと思ってるんですね」


「まあ、今のところはな。俺より強いやつはたくさんいる。お前もそのひとりだろ。だけど、いずれは最強のテイマーとして、歴史に名を残す。それが、俺の夢だ」


彼はふざけているわけでもなく、恥ずかしがってもいない。

その壮大な夢を、本気で真面目に語っているのだ。

月光が横顔に反射して、彼の姿がやけに明るく見える。


「――いい夢じゃないですか」


「そうか? バカにされないのは初めてだな」


「私にはそんな立派な夢はありませんから」


卒業したら、どこかでのんびり暮らす。

それくらいのことしか考えていない。


「少し冷えてきたな。そろそろ戻るか。付き合ってくれてありがとうな」


「いえ、おかげで私も貴重な経験ができました。ありがとうございます」


夜空を渡って学院へ戻ると、校庭の真ん中に何か小さな灯りが見えた。

それを見て、イグナートは呟く。


「……あー、まずいな」


「あれ、なんですか?」


「……行けばわかる。だが、覚悟しておけよ。簡単に言えば、抜け出したのがバレた」


近づくと、その灯りがサラマンダーであることが分かる。

校庭へ近づくと、その灯りが山火事のように煌々と燃え上がる。

隣には四十歳くらいのすらっとした女性が煙草を咥えて立っていた。

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