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少女とスライム、テイマーを目指して  作者: 上辻樹
第二章「孤高の竜」
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否定しないのか


イグナートは体を巡る充実感を、確かに実感していた。

初めて血が通ったような気さえする。


酸により爛れた腕を治療しようと視線をアリシアから外すと、彼女は一瞬のうちに視界から消えた。

死角に周り込まれたのかと思い振り返るも、どこにも彼女の姿はない。


(イグナート気をつけろ! アリシアは魔力ごと消えた!)


ルベルナが魔力を通して警告を伝えてくる。

そんな馬鹿な、と思うも、確かに竜の瞳ですらその痕跡を追えない。


スライムに瞬間移動の能力があったとしても、試合会場から出て行くことは考えにくい。

感知できないだけで、ここにはいるはずだ。


イグナートは手のひらに浮かべた炎を練り込み、巨大な火炎球を作り出す。


「中途半端な火炎じゃ止められるんだろ! これならどうだ!」


火炎球はゆっくりと、確実にイグナートの周囲を周り始める。

螺旋を描きながら、少しずつその周回する範囲を広げていく。


少し離れたところでバチッと破裂音が起きて、間髪入れずにルベルナが飛びかかる。

スライムをマントのように纏ったアリシアがルベルナの牙を躱し、また消える。


視覚的にも消え、魔力も遮断する能力。

普通に姿を見せている時は魔力が感じられていたことを考えると、そういう性質へ変化したと言った方が正しいか。


完全なる技巧派だと確信する。

こちらも負けてはいられない。


「ルベルナ、俺ごとやれ!」


空へ上がったルベルナは炎の息を地面へ向けて吐く。

会場全てを覆う火炎の波の途切れたところへ、今度はイグナートが跳び蹴りを放つ。

躱されたと同時に、足をナイフで切りつけられ、血が吹き出る。


「痛ぇ! でもな!」


血液を浴びたスライムに薄い赤色が混じる。


「俺の血液には竜の血が混ざっている。すぐには透明化できないだろ」


アリシアがスライムのマントを脱いで姿を現すと同時に、至近距離でナイフを放つ。

状況判断能力が恐ろしく高く、反撃も素早い。


右目を正確に射貫こうとしたそのナイフをたたき落とし、姿勢を戻そうとするも、その影に隠れたもう一本に気がつかなかった。

脇腹に突き刺さる。


イグナートはそれを無視して、大きく息を吸う。

細く勢いのある火炎をアリシアの首元めがけて吹くと、アリシアはそれを腕で受ける。


驚いたのはイグナートの方だ。

炎の直撃を許すとは思っていなかった。


その僅かな動揺を狙ったものだと理解した時には、イグナートの側頭部にアリシアの蹴りが完璧に入っていた。


(――――ッ! 火炎は防御するものだと思い込ませるために逃げ回っていたのか!)


アリシアの蹴りに威力はそれほどないが、付着したスライムの破片がイグナートの顔に取りついて凄まじい痛みを感じさせる。


やけどで爛れた腕を力なく垂らしながら、アリシアは笑みを浮かべる。

イグナートの顔面の半分は、治しても継続的に皮膚を溶解されている。

今、これを剥がすことは諦めるしかない。


「降参しますか?」


アリシアの言葉にイグナートは目を丸くした。

お前はもう負けていると宣告されているようなものだ。

イグナート自身は思うように動けなくても、まだルベルナがいる。


「勝負がついたと思うのは早いだろ」


「あの赤いドラゴンを倒したら、諦めます?」


「……何だと?」


「ドラゴンは今までも何度か狩ったことがあるので、特徴に大きな差がなければ苦戦しませんよ。イグナートさんが元気だったら連携をとられるので少し難しかったんですけど、ドラゴンだけなら、まあ」


その口調や表情から煽りや驕りは感じられない。

事実を淡々と述べているだけのように聞こえる。

しかしながら、侮られているという一点においては間違いない。


「ルベルナ、俺に構うな。こいつを倒せ」


空で判断に困っているルベルナを後押しし、動ける範囲で援護しようと魔力を溜める。


アリシアはこちらを見ずに、ルベルナへ向かって駆けだした。

後ろから撃たれる恐怖はないのかとイグナートも躊躇うが、好き勝手はさせない。


「――火炎魔法、ファイアボルト」


炎の矢を手に浮かべる。

残りの魔力では撃てて三発だろうが、二発目を撃たせてもらえるとは考えていない。

一発に魔力全てを込め、タイミングを見計らう。


空から降り立ったルベルナはアリシアを視認している。

魔力の流れから次の動きを予測する。


「――まずい!」


アリシアは走りながらスライムを一部分裂させ、大きな輪を作り出していた。


「ルベルナ! スネアだ!」


スネアは狩猟用の罠で、輪をかけて獲物を捕らえるものだ。

彼女にドラゴンの狩猟経験があると言っていたのは、恐らく本当なのだろう。

だから、弱点も知っている。


炎を吐いて牽制するルベルナを前に、スライムだけが上に大きく跳ねる。

もはや、やけどをするかどうかは彼女の前で重要ではないらしい。


ルベルナの頭上から上顎の上に落ちたスライム。

筒状に形を変えると、空気が震えるほどの凄まじい衝撃でルベルナの口を無理矢理閉じた。


その顎が地面につく前に、アリシアは輪をルベルナの口が開かないように通す。

次の瞬間に、その輪が収縮してルベルナの口を完全に封じた。


「人の手で、できるものなのか……?」


連携なんてものじゃない。

瞬きの間すら誤差を許さない意思疎通能力。


だが、口を封じてもまだ爪が残っている。

そう考えていると、スライムが大きく広がってルベルナの体を覆う。

そして、一斉に蒸発を始めた。


何をやっているのかイグナートにも一瞬わからなかった。

水分でできた体がルベルナの体温に耐えられなかったのかとも考えたが、その後に気がつく。


──気化熱による冷却効果。

ドラゴンは変温動物だから、急激な体温低下に対応できない。

ルベルナは意識朦朧としながら、必死に倒れまいと体を支えている。


「まだだ!」


炎の矢でルベルナを射貫こうと放つ。

体温さえ上げれば振り払えるはずだ。

しかしそれは到達する前にアリシアに掴まれてしまった。

掴んだ手のひらはメラメラと燃えているが、顔色一つ変えていない。


「イグナートさんは私の動きをよく見ていましたから、矢を撃つタイミングはここしかないって思ってました」


ルベルナを助けることすらも彼女にコントロールされていたのかと歯噛みして悔しがる。

一発に全てを込めたせいで、自分の体が魔力切れを起こしているのを感じ、目眩がした。


「……で、ここからどうするんだ?」


「言ったじゃないですか。私、狩ったことあるんですよ。見たいんですか?」


何を、と聞くまでもない。

負けを認めなければルベルナを捌くと脅しているのだ。


その結果勝機が生まれるのならそうするべき時もあるのかもしれない。

しかし、今はそうではない。


「……俺の負けだ」


地面に座り込み、降参を宣言すると、会場が沸いた。

皆が口々にアリシアを褒め称え、拍手が止まらない。


「大丈夫ですか?」


アリシアが手を差し伸べ、腰をついたイグナートは素直にその手を握る。


「ああ、どうやら俺は思っていた以上に嫌われていたみたいだな」


「それは、そうなんじゃないですか?」


「否定しないのか」


「ええ。だって、プライド高そうですから」


それだけでこんなに嫌われてたまるか、と口を尖らせるも、事実なのだろうとも思う。

そして、公の場での敗北がこれほど悔しいものなのだと、イグナートは初めて知った。


ーーーーー


日が暮れ始め、アリシアは閉会式で学院長から直々に表彰を受け、優勝トロフィーを手に部屋へ戻ろうとした。


その道中、イグナートに声をかけられた。

彼は竜の心臓で怪我を完治させ、跡も残っていないようだ。


「やけどは大丈夫か?」


そういえば、とアリシアも袖をまくる。

やけどの跡は全く残っていない。


「完治してますね。ラピスは回復薬を作れるので、イグナートさんほどじゃありませんけどすぐに治せますよ」


「そうか、よかった」


「それを確認しにきたんですか?」


「いや、そうじゃなくてな……」


彼は口ごもる。

何か言いにくいことでもあるのだろうか。

顔を赤らめて、目を合わせようとしない。


「何ですか? 帰っちゃいますよ?」


「いや、待て。待った。言う。――――お前の師匠について聞きたい」


「え?」


予想外の質問に、アリシアは固まった。


「誰に習った? いや、誰に習ったのかは知っている。『隻眼の大鷲』だ。そうだろう?」


「……たしかに、片目で大鷲使いでしたけど、そんな呼ばれ方をしているとは聞いてませんよ」


「なら、教えていないんだな。どんなやつなんだ」


前のめりに聞くイグナートに、アリシアは後ずさる。


「どんなやつって……。普通です。それにあんまり師匠って関係でもないですよ。生活の面倒を見てもらったので、どっちかと言えば育ての親、みたいな?」


「もっとこう、人間性について教えてくれ」


「待ってください。まず、なんでですか? 理由がわからないと教えられません」


「知りたいからだ」


「じゃあダメです」


目的がわからない。

グレイのことなど知ってどうするのだ。


「イグナート。アリシアは嫌がってますよ」


誰もいないのに、女性の声が聞こえてアリシアは周囲を見渡す。


「勝手に会話に入ってくるなっていつも言ってるだろ」


彼は腕輪に嵌まっている赤い魔石に向かって話している。


「うちのイグナートが迷惑をかけているみたいですね。アリシア、はじめまして。私は赤竜のルベルナ。よろしくお願いします」


「しゃ、喋ってる……!?」


人の言葉を喋る魔物は今まで見たことがない。


「私は人語を解し、用いる竜です。珍しいでしょう?」


「初めてみました。え、私、捌くところだったんですよ?」


「中身は他の竜と変わりませんから。捌けていたでしょうね」


「いや、そうではなくて」


妙に話が噛み合わないのは、彼女がドラゴンだからだろうと結論づけて、話を続ける。


「えっと、何なんですか? 説明は、してもらえるんですか?」


「そうですね。イグナートはアリシアに興味を持ったようです。今までテイマーの勉強ばかりしかしてこなかったから、距離の詰め方がわからないのです」


「おい! 余計なこと言うな」


ルベルナにおちょくられているイグナートを見ていると少し可愛らしくて、思っているよりも怖くない人なのか、とアリシアは少し警戒を解いた。


「あの、今じゃないとダメですか? 別に話したくないわけじゃないんですけど、荷物とかも置いてきたいですし」


「では、今夜少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか? イグナートは毎晩遊び歩いているので、それに同行するのは如何でしょう」


「寮のルールはいいんですか?」


イグナートの方を見て聞く。


「そんなもん、見つかるような抜け出し方をするなよ。これも訓練の一部だと思って、誰にも見つからずに寮を抜けるんだ。集合場所はここにしよう。寮や校舎からも離れているしな」


「悪いことをしている気が……」


「なに、見つかっても怒られて反省文を書くだけだ。死ぬわけじゃない」


まるで意に介さない物言いに、アリシアは呆れる。


「だったらいいかとはなりませんよ。でも、わかりました。ちゃんと話しておかないとずっとつきまとってきそうですし」


「よし、じゃあ、また後でな」


イグナートはご機嫌でその場を去る。

その後ろ姿に言い知れぬ不安を覚え、アリシアはすでに少し後悔していた。

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