今のを防げるのか
イグナートはアリシアとセリスの試合を見て、抑えられない気持ちの昂ぶりを感じていた。
これこそ、まさにイグナートの求めていたもの。
両者が手の内を知るが故に起こる攻防は実戦とは違う種類の技巧が見られる。
それに比べて、とイグナートは対戦相手のレオンハルトを見る。
彼の持つパートナーはストーンゴーレムという巨大な体を持つ石像だ。
巨体を活かした怪力と耐久力が自慢――それだけだ。
確かに、ほとんどの魔物はその拳の一振りにも耐えられないだろう。
当たれば勝てるのだから、あえて他の攻撃手段を考えたりもしない。
「――お前らは二年間いったい何をしてきた?」
純粋な投げかけに、レオンハルトが答えに窮する。
ルベルナを前に出すと、試合開始の角笛が鳴った。
開始早々、ストーンゴーレムが拳を大きく振り上げて、ルベルナめがけて振り下ろす。
ルベルナは避けることもせず、その身で正面から受けた。
この程度の攻撃なら威力を相殺する必要すらなく、ルベルナの体勢を崩すこともできない。
「なんだと……!?」
「なんで驚くんだ? お前は格下相手に攻撃を振るってきただけだ。格上に通用しないのは当然だろ」
「てめえ! 調子に乗るなよ!」
腕を闇雲に振り回して迫ってくるが、イグナートからすれば全く脅威を感じない。
子供の喧嘩のようにすら感じる。
ルベルナは前足でストーンゴーレムの右足を払い、倒れかけたところを狙って胴体に噛みつき、徐々に力を加えていく。
「乗らせてくれよ、調子に。これじゃ弱い者いじめだ」
「くっ、ゴーレム! 早く振り払え!」
ストーンゴーレムは苦しそうにもがくが、ルベルナは微動だにしない。
「振り払え、じゃ指示不足だろ。お前がこういうパターンを想定した訓練を普段からしていれば、こいつだって何かやりようがあったかもしれないだろうがな。──だからお前らには飽きてんだよ。俺を倒すために思いつく方法が『三人で結託する』なんて、雑魚のやり方そのものだろ」
牙が深く食い込むと、みしみしと音を立てていく。
「だいたいな、つまんねえんだよお前ら。勝つため、強くなるため、工夫をするためにパートナーの魔物のことをどれくらい調べ、先人の知恵を学んだ? お前と同じ種類の魔物をパートナーにしているA級テイマーのことをどれだけ知っている? 隣と下だけを見て、仲良しごっこしてるうちは、そんな方法を想像もしないだろ。少なくとも俺はやった。ドラゴンって言ったって、必ず強いわけじゃねえ。大きさだけで言えばお前のストーンゴーレムの方が大きいしな」
ルベルナが胴体を噛み砕く。
ストーンゴーレムの体が辺りに散らばるも、まだもがいている。
レオンハルトは苦悶の表情を浮かべながら、腹部を抑えて膝をついた。
魔物との繋がりが薄いから、大したフィードバックもない。
イグナートからすると考えられないほどに弱者の態度だった。
「資格が欲しいだけなら他の学校に通え。目障りだ」
「お、俺たちは、お前みたいな天才じゃ、ない……」
「まだそんなこと言ってんのか。才能なんてものがあると思ってんのは、いつだって鍛錬の足りてないやつだ。できないことはできるまでやれ。百回で足りなければ千回やれ。それを才能の差だとか抜かすのなら、最初から強さを目指すな。……あ? 気絶しやがった」
勝ったものの、ここまで達成感がないのは、実力差のせいもあるが一番は考え方の差だろう。
実力が拮抗していても勝負が呆気なく決することはままあるが、相手に先手を譲った上でこの歯ごたえのなさは、イグナートの心を虚ろにさせる。
同じだけの時間と環境を与えられているはずなのに、誰も横に並ぼうとしない。
そこへ、今年の新入生があれだけの試合を見せた。
彼女らは入学してからの二ヶ月よりももっと長い間鍛錬し、思考を巡らせてきたに違いない。
イグナートが入学以来抑えていた感情が一気に吹き出すには十分な刺激だった。
イグナートは試合を終わらせたその足で、運営チームへ疲れていないから連続で決勝もやらせてくれと頼みに行くと、多少困惑されるも、了承された。
試合内容を見て、魔物も消耗していないと判断したらしい。
あとはアリシアの準備次第だったが、そちらも確認が取れたようで、すぐに決勝戦の開始の準備が始まった。
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アリシアは試合後、ラピスに学校の井戸で水を飲ませて、減った体積を元通りに戻していた。
元々、体組織はほとんど水分でできており、必要に応じて魔力を流して操作するような造りであるため、修復は容易なのだ。
そうして完全にサイズの戻ったラピスを連れて試合会場へ戻ると、すでにイグナートの試合が終わっていた。
周囲にいた人に聞いたところ、圧勝だったらしい。
どんな様子で勝ったのか詳しく聞いていると、大会の運営委員会の人が来て、イグナートがすぐにでも決勝戦を始めたいと言っているが調子はどうかと聞かれた。
アリシアは万全だと答え、自分の持ち場へと向かう。
実際のところ、全快というわけではない。
ラピスも見た目は戻っているが、疲労は蓄積しているし、それはアリシアも同じだ。
全快の五割から六割といったところだろう。
それでも試合の開始を断らなかったのは、いつでも自分のパフォーマンスが全て発揮できるとは限らないことを知っているからだ。
自分に不利な状況でも勝たなければならない時は勝つ。
そう習ってきたし、行動してきた。
それに、セリスの負けに意味を与えるには、アリシアが強かったことを周りに知らしめることが大切なのだと今度こそ理解した。
アルヴィンが大会の始まる前に言っていたのはこういうことだったのだと分かる。
ここで言い訳をすること自体が、アリシアに負けたテイマーたちへの侮辱になる。
それだけは絶対にしたくない。
対面に立つのは赤い竜と赤い髪の青年。
その立ち姿だけで強者の気配を感じる。
ラピスも同じく感じたのか、アリシアの襟元から顔を覗かせて、頬を優しく撫でる。
「心配させてごめんね。緊張しちゃった」
ラピスもやる気十分なようで、飛び出てぷるぷると体を震わせる。
(難しいことを考えすぎてた。いつも通り、私は目の前の相手と戦う)
周囲に感化されすぎていたことを自覚し、思考を切り替える。
「おい、アリシア!」
「なんですか。急に人を呼び捨てに……」
イグナートに話しかけられて、再び緊張する。
「俺たちも中に入らないか?」
「はい?」
「魔物だけに戦わせるのは消化不良だろ。お前が実戦タイプなのは分かっている。俺が相手なら殺す心配をしなくていいしな!」
「何を言っているんですか。だいたい、ルール違反でしょう?」
「入っちゃいけないってのは努力義務だ。両者の合意と学院長の承認があれば可能だ」
「承認をもらったんですか?」
「今からもらう! ローディウス学院長! 聞いてますよね!?」
直後、空が暗転する。
月も星もない夜空に周囲を覆われると、頭の中に直接声が響いた。
「イグナートさん、あなたはどこまでも自由ですね。アリシアさんはどうなんですか? 嫌ならきちんと断るのも生徒としての権利であり、義務ですよ」
「私は構いませんけど、本気ですか?」
「彼はあなたの実力を高く評価しているので、本気で戦いたいのでしょう。それに、アリシアさんがうっかり殺してしまう心配はありませんよ。狙っても難しいくらいです。しかしアリシアさんは魔法を使えないので武器の使用をすることになりますが、イグナートさんはそれを承知しているのですね?」
「ああ、俺は構わない! むしろ全力を出してくれ!」
彼は本当に嬉しそうに言う。
今までの自分の試合が、彼に悪い影響を与えているに違いないとアリシアは少し後悔していたが、ここまできたらやれるだけやろうと覚悟を決める。
「……わかりました。私も、ラピスだけに戦わせているのは気が引けていましたし、受けます」
「――では、両者合意の元、ローディウスがテイマー自身の試合への参加を許可します。両者、定位置へ」
空が晴れ、ローディウス学院長の気配が消える。
遠くから見ていて、姿も見せずに会話もできるというのはどういう魔法なのだろう。
イグナートは相変わらず、わくわくとした様子を見せている。
(――まあ、いいか)
相手の条件を飲むことは構わない。
だが、手加減はしない。
開始の合図――魔法の角笛が鳴る。
その音が耳に入るのとほぼ同時に、アリシアは腰の収納袋からナイフを取り出し、手首の捻りだけで発射、風よりも早くイグナートの額を貫く。
アリシアのナイフの正確さと速度は、弓矢のそれを優に超える。
空を舞うツバメを撃ち落とせるようになるまで練習した技術だ。
たかだか十五メートル先の動かない標的に当てるなど、初歩の初歩、外しようがない。
イグナートの体勢がぐらり、と崩れる。
「――え、まさか」
殺してしまった、と目を見開いたのも束の間、大きく仰け反った後、額に刺さったナイフを引き抜いて、大量に出血しながら大笑いをしてみせた。
「いやいや! そりゃあ、人間相手にこれはできない。お前も我慢していたんだな!」
大きな傷跡がみるみるうちに塞がっていき、数秒で出血は完全に止まった。
「俺はルベルナと竜の心臓を共有している。魔力が尽きない限り、早々死ぬことはない。そして――」
イグナートの皮膚が細かな竜の鱗で覆われていき、その瞳が隣の竜同様、金色に輝き出す。
「竜の特性も共有している。この意味は、行動で示そう」
「――っ! ラピス!」
ラピスが体を伸ばして、アリシアとの間に割って入る。
素早く突進してきたイグナートの伸ばした手には竜のような鋭く太い爪が生えており、その腕をラピスはしっかりと捕らえていた。
しかし直後、後方から火炎の渦が迫ってきて、アリシアはラピスを掴んでマントのように広げ、火炎から身を守った。
「今のを防げるのか。それに……」
イグナートの腕は強酸で爛れていた。
すぐに修復が始まっていたが、ナイフでの切創とは違い、体組織の破壊はそれほど素早く治せないようだ。
「今、指示をしていなかったな。意識下で連携がとれている。お前もそのレベルのテイマーだったか」
突然始まったハイスピードな勝負に、アリシアは数年ぶりに、背筋が凍るような緊張を感じていた。




