第六部十五幕:悪い話
【第六部十五幕】
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第十四幕では、ハリエット嬢こと、アイリーン・アドラーはアシュワース弁護士を殺したかもしれなかった。
なぜかって?
彼女は弁護士に絵を売りにいくと言った後の出来事だったから。
頭が飾りでなきゃ、誰だって彼女を犯人だと疑うだろう。
でも、果たしてーー本当に彼女がやってのけたものなのか?
虚実荘221Bの居間で、僕はグレグソン警部補に聞いた。
「なぜ殺しだと? 火事で死んだのに?」
「被害者の体から二発の銃弾が大腿部から検出された。歩けなくされたんだ」とグレグソン警部補は言った。
「実際の死因は煙死だ。出火元は、アシュワース事務所の執務室だ。
金庫の中身を焼かれていた。ーー最悪だよ。ありえない出来事だーー」
「証拠を何もかも......それだけ何か重要なものを隠したかったんだな」
「殺された弁護士は、慈善活動家としても名を知られていた。何か聞いたことは?」
「ーーさあ。知らない」と僕は誤魔化した。
「知らないわけがないだろう。
ホームズとワトソンの格好をして、バレないと思っていたのか?」とグレグソン警部補は僕を不信な目で見た。
「わかった。ーー知っているよ。
エミリー・グレイ夫人から、ちょっと聞いたんだよ。彼が慈善家なら、ちょうど僕の顧客になると思ったんだ」
「顧客探しか。ふん。まあ、探偵には必要なことかもしれんな。
なら、ハリエット・グレイについても知っているな?
ここに泊めたこともある。彼女は、事件の重要参考人だ。わかっているだろ?」
「もちろん。グレグソン警部補。
僕らはーーあなたのコンサルタントだ。信じてくれ。
彼女を匿っちゃいないし、
僕らは関係はないよ。知りたきゃ、
アダムズさんに聞くといい。あのおしゃべりは、ちゃんと教えてくれるから」
「この建物をそんな事に利用してたら、お前らを追い出すだけじゃすまさんからな」
「わかっている。大丈夫」
僕は自分に言い聞かせるように言った。
「グレグソン警部補。彼女は犯人ではないかもしれない。考えてもみたまえ。一人の女に男をどうにか出来るわけがない。
足に二発か。彼女は一人で男を押さえ込んで、銃を二発も足に向かって撃った? ありえないね」
「ーーそこが問題なんだ。
一人では絶対にムリだ。警察は、そこは分かっている」
僕らは黙ってしまった。
「ーーそういえば、ワトソンはどうした?」
僕は彼が部屋に閉じこもって、酒瓶を抱きしめて寝ているのを想像した。
「彼は最近の事件を書こうとしてる。
その犬探しのね」とウソをついた。
「ああ、そうか、妹の件かーー。
その件は助かった。あの子の相手をする時間もなくてーー。不愉快な事ばかりが起こる。ロンドンの事件は残酷さを増していくーー何が起こっているんだ?」
「それを解決するのは、僕らなんだ。
協力してがんばろう。
彼女の行方を追うんだろ?
彼女の親戚の入院先の場所を教えてもらえたら、そこを調べるよ」
「ああ、キャロラインはハリエットの従姉妹だ。お前が話を聴きにいってくれるなら、話が早い。頼むぞ」
僕とグレグソン警部補の会話はこうして終わった。
僕はキャロラインの宿泊施設を知った。彼女に聞けば、ハリエットの本当の話が聞けるに違いない。
僕はグレグソン警部補が去った後、ワトソンの寝室を覗き込んだ。
薄暗い部屋の奥には、寝台が一つ、壁際にはワードローブが一つあった。
たくさんの酒瓶が床に転がっていた。
もちろん。例の金を使ったんだ。
「ワトソン。いい話と悪い話がある」
僕は極めて冷静に言った。
「まず悪い話からだ。今後、僕らは例の金を使えない。完全に失った」
すると寝台の中から、ヒゲの手入れすら満足にしない男の顔が出てきた。
「まって、まって、どういう事?」と彼は言った。でも僕は無視して続けた。
「いい話は、この僕らの失敗を挽回できるチャンスがきた。ハリエット嬢の親戚のキャロラインと話ができる」
「ホームズ。ボク、ボクのお酒は?床にあるの、もう、何もない、何もーーホームズ! あの金はーーあの金はどこへ?
ボクはーーボクは少ししか飲めてないーーぜんぶ、霧になったーー」
ワトソンは、すすり泣き始めた。
僕も彼のように泣きたかった。
(こうして、第十五幕は悪い話により幕を閉じる。)




