第六部十一幕:好ましい弁護士
【第六部十一幕】
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第十幕では、ハリエット嬢の叔母エミリー・グレイから前払いで依頼を受けた。ハリエット嬢を守り、遺産を相続させることだ。
僕らは叔母から教えてもらった弁護士に会いにいった。
彼の名はレジナルド・アシュワースだ。
インナーテンプルに事務所を構える名士。”ロンドンの良心”とも呼ばれる方で、積極的に慈善活動をやる男らしい。寄付ジャンキーみたいなもんかな。
そこまで行くのに、馬車か地下鉄のどちらかだった。
地下鉄に乗る事にした。
蒸気機関車がベーカーストリート駅からテンプル駅につくと、さっそく例の事務所に向かった。
僕はワトソンの体調が心配だった。
彼の痙攣は少しずつ目立ってきたからだ。
「ホームズ。大丈夫だ。きっと、ボクらの会うアシュワース弁護士なら、ボクにお酒をくれる。彼にとって、ボクは守るべき市民なのだから」
彼はこの場で殴りつけたいほど、甘い考えをみせていた。
僕らは物乞いしに行くのではないからだ。あくまでも、調査なんだ。
慈善家の仮面の下に悪魔がいないかどうかのーー。
目的の場所はロンドンのインナーテンプルの中庭に面した一角だった。
建物はチューダー朝リバイバル様式だった。重厚な赤レンガで造られ、石灰岩の縁取りが施されていた。
入口には「R. Ashworth, Barrister & Solicitor」と刻まれた、真鍮の銘板が掲げられていた。
そして重厚なオーク材の扉が、まるで僕らを拒んでいるように感じた。
リングのノッカーを叩いた。
しばらくすると、扉がゆっくりと押し開かれた。僕は後ろへと下がった。
そこに現れたのは事務員の女だった。
薄いブラウンの髪をきっちりとまとめた地味な女だった。
彼女は僕を見て、それからワトソンを見た。
「アポイントはお取りになっておりますか?アシュワース弁護士はお忙しい方なので、急な訪問をお断りしております」
「エミリー・グレイ様の件でお伺いしました。そう言ってもらえたら、通じると思います」
そういわれると、彼女は「しばらくお待ちくださいませ」と言って扉を閉めた。
それからしばらくして、彼女は再び現れた。
「お待たせ致しました。どうぞ、こちらへ」と言われたので、彼女の後ろをついていった。
彼女の歩きは足早で、僕は部屋の観察もまともにできなかった。
そのまま、執務室に案内された。
その部屋にいたのは、英国紳士を絵に描いたような男だった。彼はすでに立って、僕らを待っていた。
濃いブラウンの髪は七三にわけられていた。日焼けしてない白い肌。顔には少しシワが刻まれていたが、若々しく見えた。やや面長だが上品な顔立ちだ。身長は高めだったが、痩せすぎではなかった。
「エミリー・グレイ様のつかいと聞いてたが、探偵がくるとは思わなかった。あの方のお遊びなのかな」と彼は呟くように言った。
この部屋の壁は濃いオーク材のパネルで覆われてた。本棚が壁一面に並んでいて、大きな鉄製の黒い金庫もあった。
床には濃い色合いのペルシャ絨毯が敷かれていた。
部屋の奥には、マホガニー材のライティングデスクがあった。
その前には、四つのシングルソファが向かい合うように置いてあった。
それから、弁護士に僕らは目を向けた。
彼は視線で事務員を下がらせていた。
僕と彼の目があった。
「どうぞ、おかけになってください。
もうご存知かもしれませんが、私はレジナルド・アシュワース。このインナーテンプルで弁護士をしています」
「ご丁寧にありがとうございます。
私はシャーロック・ホームズ。ベーカー街でコンサルタントをしている。
彼は助手のワトソンです。
あなたは笑うかもしれませんが、私たちは真剣です」
「ほほう。コンサルタントーーそれは結構なことだ。笑いはしませんよ。
私もいずれ君らの世話になるかもしれない。具体的に、どんな相談を?」
「ある程度は、なんでも。私の鋭い知性が役立つのでしたら。ただし占いや降霊術、妖精に関する相談は受け付けませんよ。
あれは知性のない遊びでしょう。夢中になる方の気持ちは理解しがたい」
僕は吐き捨てるように言った。
「ならーー君が本当に得意なのは?」とアシュワース弁護士。
「ーー犯罪に対するもの。個人、団体でも問わないです」
「ああ。君はまるでシャーロック・ホームズみたいだ。読んだ事あるよ。
実に面白い作品だね」
「ええ。為になる本です。僕のような仕事をするのであればーー」
僕らはソファに腰掛けた。
「この事務所の歴史に刻まれたよ。ホームズくん」とアシュワース弁護士は笑った。
「それで君らは、何を探りに来たんだい?」
「エミリー様との話で気になった事がありましたのでーー」
「ほほう。気になる点がございましたかな」
「なぜ......弁護士が変わったのか。
非常に気になりますね。
エミリー様は、あなたが前の弁護士の方から紹介されたとーー」
「ははは!そんな事ですか。
前任者は身体的に継続ができないと判断したんですよ。グレイ夫人は、時々難題を押し付けてきますからね」
「ムリ難題ーーですかーー」
「詳しくは話すのはよしましょう。
まあね。ここの事務所に探偵を送るような方だ。納得しましたよ」
弁護士は、そういうと困った顔をした。
「今回の遺産分配の遺書の件も、そのーームリ難題はありましたか?」と僕は聞いた。
「ええ。言うべきではないのでしょうが。ーー彼女は遺産として、絵だけを渡そうとしてるのです」
「絵だけ?」
「誰が描いたかわからん。肖像画ですよ。無名の画家だそうですな。
渡す相手は、可哀想なお嬢さんです。
親戚の家をたらい回しにされている女性でしてね。話を聞くのが辛かったーー」
「ハリエット嬢のことですか?」と僕は言った。
「ええ。彼女です。彼女には金が必要なのに、グレイ夫人は一銭も渡す気がないようだ。ーーグレイ夫人はハリエット嬢を憎んでいるに違いない。
価値のない絵をですよ。あなたなら、どうですか? あてにした収入が無意味ならーー」
「嫌な気持ちになりますね。エミリー様に対してーー」と僕はワトソンを見た。
彼は痙攣と戦っているようだった。取り出した手帳がぶるぶると震えてた。
「ーーそうでしょう?」
「ええ。そんなヤツ、クソババアですね」と僕が言うと、弁護士は微笑した。
「だから私は、その絵を買い取るつもりです。英国紳士としてーー」
すると遠くから、ノッカーの音がした。
「しまった。受付係の彼女を返したんだ。君らと邪魔されずに話したかったからね。少し待ってほしい。誰が来たのか見に行くよ」
弁護士は僕らに微笑んで見せて、部屋から出ていった。
「ホームズ。あいつ、茶すら出さない。慈善の仮面だよ」とワトソンが震えながら言った。
「だろうね。ソファの前にはテーブルはない。モノを置くつもりはないんだ。心の中では、僕らにさっさと帰って欲しいのさ。
この部屋で権威を主張し、自分がただしいとうたってやがる」と言って僕は顎を撫でた。
「ここを探るべきだろうけど。鍵とかかけているだろう。探るだけムダだよ。金庫も僕らには開けられない」
しばらくすると、複数の足音が近づいてきた。
僕らの目の前に弁護士と叔母と帽子ホームズが現れた、
ワトソンは帽子ホームズを見ると不機嫌そうに顔を歪めて、目を逸らした。
「まあーーシャーロック・ホームズが二人だわ」と叔母は声を少し震わせた。
帽子ホームズは、僕を見ると挑発的に笑ってた。
(こうして、第十一幕は叔母の登場により幕を閉じる。)




