獣の魔女
キルケーという魔女を題材に作ってみました。元はカクヨムで行われた価格で作ったものです。昔はやった『魔女集会で会いましょう』のような作品です。
そこには1人の魔女と、五匹の狼がいた。
「あらー?それなぁに?」
そこは深い森の奥。人どころか、警戒心の強い小動物すら近づかない、畏怖された森の最深部。
「あらあらまぁまぁ、珍しいものを拾ってきたのねぇ」
五匹の狼。そのうちの一匹が、小さな赤毛の少年を魔女の元へ持ち運んできていた。背から服を咥え、その少年を地面から引っ張り上げている。
「こんなところに人間なんて……うふ、久しぶりに見たわ〜」
その少年は、魔女は出会ってしまった。
*
「ここはどこだっ!?」
その少年は起きるや否や、すぐに警戒の態勢をとった。
その屋敷の妖艶な雰囲気に彼の警戒心が反応した。身を守るための防衛本能が、寝起きにも関わらず彼の体を俊敏に動かし、意識を覚醒させた。
周りを見渡す、ベッドの上。視線の先には古びた椅子に腰掛ける1人の魔女。
周りには大きなオオカミが5匹、彼女の周りでそれぞれくつろいでいた。
警戒する彼の態度とは違い、余裕のある表情で魔女は語りかける。
「元気たっぷりねぇ。でも、命の恩人にその態度はないんじゃなぁい?」
「命の…恩人?」
「そうよぅ?あなた、この森で無警戒にグースカピーとスヤスヤ寝てたんだから。こわ〜い獣に襲われないように匿ってあげたのよ?」
「誰だかわからないけど……あ、ぁ……とう」
「あらあら、案外素直なのね」
「…っ?!」
「うふ、照れちゃって可愛い」
彼の感謝の言葉はとても小さく、言った本人ですら、彼女には聞こえないだろうと思っていた。だがその魔女は耳聡く、しっかりのその言葉を聞き取っていた。
「私、キルケーっていうの。あなたのお名前聞かせてくれる?」
「僕は……ルー」
「ルーくん、ね。よろしく。一つ提案なのだけれど、しばらく私のお手伝いをしてくれないかしら?」
「……手伝う?何を…?」
「何をって、私は見たまんまの魔女よ?魔女のやることなんて、呪術か薬の2択でしょうよ」
「……わかった」
そもそも今の彼には断る選択肢はない。この森の危険性は幼い彼でもよくわかっていた。故に追い出されてしまったらどうしようもなくなるのだ。彼女の生活の恩恵に預かるしかない、その為には彼女の要望はできるだけ答えるべきだ。いや、答えなければならない。
「うふ、ありがとう。とりあえず食事にしよっか」
そう言い、彼女はすでに調理された料理の品々を机の上に並べ、少年へと振る舞った。
食事後、彼女に案内され、外へ出る。
そこで初めて、この建物が大きな館であると気付いた。
周りには豚や牛が飼われていた。あれらの肉が、食卓に並んでいるようだ。
こんな薄暗い森の奥で、こんなものがあることに不気味さを感じながらも、その魔女との生活は案外悪くなかった。
その日から、魔女との奇妙な日常が続いた。
よくわからない薬草を集め、家畜の骨や内臓を捌き、解体し、瓶や壺に怪しい液体と共に封じる。
その際、その食料となる生き物たちは、ひどく抵抗した。瞳からは涙を流し何かを訴えるようにこちらを見つめた。
抑え込むだけで、刃物を見せるだけで、抵抗するその生き物たちは、あまりにも察しがよく……自分達がどうなるかを理解しているような知性を感じさせた。
だが彼の手に不思議と澱みはなかった。
何をしているのかわからない。彼らの感情も恐怖していることしかわからない。
それでも、ただ頼まれたことをこなすだけだった。
怪しい術や薬の為に必要だと言う。本来であればこんなことには嫌悪感を抱いてしまうはず。だが彼女の役に立てると思えば不思議とそこまで悪くなかった。むしろ、褒めてもらえて嬉しいとさえ思えた。褒めてもらえるなら、生き物を殺すくらい……そう思えた。
少年の瞳に不気味に写っていたその魔女の姿は、いつしか美しく妖艶な姿へと変わっていった。
それは、彼女への警戒が薄れた為か、それともなにか別の理由があるのか……
幼いながらに彼女のその妖艶な瞳に、日に日に惹かれていった。
**
彼女との生活に違和感がなくなった頃。彼女は唐突に彼に問いかける。
「ねぇ、聞いてもいいからしら?」
「何故、こんな森の奥深くまで来ていたの?危ない場所って知ってたでしょ?」
「……」
「質問を変えましょうか……お家へ帰りたい?」
「……」
「じゃあ、意地悪な聞き方してあげる」
「……」
「私から離れたい?」
「嫌だっ!」
自分でも驚いた。その言葉はあまりにも心の奥底から出た言葉で、もはや条件反射とも言えるようなものだった。
「あらあら、可哀想なぼく。そんなに縋り付くように声を荒げて……向こうでは酷い扱いを受けてたのね」
そう言いながら、彼女がそっと彼を包み込む。
「……あ、」
その抱擁は暖かく、甘く、彼の心を虜にしてゆく。
何故わかったのか、何故知っているのか……彼にとってはそんなことどうでもよかった。
彼は身寄りのない子だった。彼の住んでいた村では、赤毛は血の色だと、悪魔の色だと、忌み子として迫害されていた。
それでも、たった1人だけ……こんな自分を想ってくれる、仲の良い同い年の少女がいた。その存在だけが彼をあの村へ繋ぎ止める一筋の細い糸だ。
だが、他の人間は違う。年端もいかない彼を、村の人々はこんな危険な森の奥まで追いやった。
彼の中で葛藤が起こる。
「未練があるのね」
何もかもを見通すように、その魔女は甘い声で語りかける。彼を惑わし、引き込もうと彼の心を捉えてゆく。
まるで、巣にかかった獲物を捕食する蜘蛛のように。
いつの間にか、2人の周りには5匹の狼が集まっていた。
「そんなもの忘れて、あなたもこの子達のように狼にならない?」
少年にとって彼女の言葉は、飲み込むにはあまりにも理解から遠い言葉だった。
「……え?」
「この子達も、元は人間だったの。あなたのように、人と上手く暮らすことが出来なかった可哀想な子達。だから獣に変えてあげた。私の僕としてここで穏やかに暮らす道を与えてあげた」
「……な、なんで……」
「私はね、獣が好きなの。愛しているの。この姿じゃないとちゃんと愛してあげれないの。……私はあなたも愛したいと思ってる。もっともっと愛したいの……だから、ね?」
少年の脳の中へと言葉が甘く蕩け、浸透してゆく。意識がふわふわして、今自分が何を考えているのかわからなくなってゆく。
そんな彼に、彼女は続ける。彼をより一層追い詰めてゆく。
「それと……あなたがここで食べたお肉、捌いた生き物も……元は人間よ?」
「……えっ……」
「ごめんね?もっと早く言ってあげればよかったわよね」
「そん……うぶっ、……ぅぉぅえっ」
その事実に耐えきれず、彼は腹の内容物を喉から逆流させる。ビチャビチャ、と音を立てながら地面へと吐き出されてゆく。
だが吐き出したところで命は戻ってこない。あの瞳と涙が、今更になって、彼の罪悪感を募らせ良心の呵責となってゆく。
「でももうあなたは口をつけてしまった。命を奪ってしまった。……そんなあなたが今更人間として生きていけるかしら?」
彼女の言葉は、彼を逃さない。
「……はっ、はっ、はっ、」
「大丈夫。大丈夫よ。狼の姿になっても、心まで変わるわけじゃない。私とあなたはちゃんと意思疎通ができる。少し姿が変わるだけ。あなたは生まれてくる姿を間違えただけ。あなたに相応しい姿に変えてあげるだけ。獣にとって、人の命を奪うのは決して罪ではない。あなたはいろんなものから解放される」
魔女の言葉は甘い愛。魔女の誘惑は罪悪感からの逃避。
追い詰めて、甘やかして、また追い詰めて、そして誘惑する。
彼女の言葉が呪文のように心に纏わりつき、拐かしてゆく。この場に彼を引き留めるものなどいない。
彼女はとても優しく慈愛を持って彼の頭と背を撫でる。
「ねぇ、お願い。狼になるって……私の下僕となり、生涯私だけを愛することを……誓って?」
彼女の蠱惑的な瞳と憔悴した少年の瞳が互いを写し合う。
悲しそうで、蕩けていて、嬉しそうで、恍惚で、狡猾で、諦観していて、苦しそうで、垂涎している。
その問いに少年は––––––
**
「うふふ。みんな、新しい仲間よ。仲良くしてあげてね」
そこには1人の魔女と、六匹の狼がいた。
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