第五楽章 素早く、燃やし焦がし
ここまで読んでくださり、誠の感謝です。まだまだ中盤なので頑張ってお読みください。第二部も書くつもりなので、その時もよろしくお願いします。
眼前に立ちはだかる、憎むべき相手。大切な仲間の仇。あの日全てを破壊し尽くしていった心から離れない強い偶像。私だけが抹殺できる災禍の象徴。あの時とは違い、私はひどく落ち着き払い、尚且つ単独で戦いに挑んでいた。周囲には何も守るべきものがなく、何もかもを考えず暴れ回っても問題はない。そして新しく宿りし神の力。無敵の煉獄で焼き尽くす審判の業火。
シャープ③「………色々言いたいことはあるけど………まずは………」
テノル「勝負を始めましょう。私にとっての敵討です。」
シャープ③は大地を踏み鳴らし、気合を入れる。
剣を空高く突き上げ、私は心の全てを力として放出する。
両者とも気合・体制・覚悟は十分。二人の極限まで高まる精神が周囲一帯から隔絶させた。燃え上がる感情の刃は赤く光り輝き、シャープ③の醜い鉤爪は背景に悍ましい何か根源的な恐怖を思わせた。
静寂が耳に、心臓に痛い。ドクドクと鼓動が全身を駆け巡る。熱く発火しそうなほど高まる体温は筋力・瞬発力をオーバーヒートのその先へ向かわせた。
地面を強く蹴る。俊足の一閃がシャープ③に向かって斬り付けられる。ガキィンと金属同士がぶつかったときの様な音が静寂を突き抜ける。私の両刃剣を防いだまま、まだ余る腕で切り裂こうと腕を伸ばす。反射神経・動体視力も良くなったのか瞬時に体を跳ね上げ、鋭く迫った鋏を紙一重でかわす。
二人とも無言だった。何を話すでもなく目の前の戦いに全てを入れ込んでいた。燃え盛る激情が喉元を捉えそうになるたび、こけた節足で弾き落とし、また病的な悍ましい鉤爪が身体を貫こうとするたび、身を捩り体を跳ねさせ両者の攻防は一進一退だった。そんな中、シャープ③は何かを閃いた様に顔をカッと上に少し向けた。そして素早く何かを唱えたかと思うと…………、ガラガラやドスドス、まるで硬い壁に鉄のフライパンで叩きつける様な重低音が、不協和音混じりの足音が近づいてきた。面白いものを見せよう、そう言うかの様にニヤリとした様に見えた。
シャープ③「テノル……いい事を教えてあげようか。」
攻撃の手を止めないが、注意を耳にも向ける。戦いのデバフにならない程度に思考を巡らせる。
シャープ③「………バースとソプラの死体を放っておく程ボクはバカじゃない。潤沢な魔力、強靭な精神力。そんなもの、怪物の素体にピッタリだろう?」
無言のままシャープ③に攻撃を加え続ける。炎の出力は段々と強さを増していく。
シャープ③「………無反応か。さみしいな………じゃあもう早く来て。」
つまらない、とでも言いたげな仕草の後、建物の影から聞こえる足音がだんだん大きくなるのがわかる。二体分の足音だと長年の戦闘経験から判断する。しかしその足音、歩き方の癖などからわかることは戦闘経験ではなく普段の日常を基にしていた。今のシャープ③の言葉を聞いたのなら、どれだけ感の悪い人物でもあの二人の行き先がわかっただろう。想像通り、現れたシャープは二人の特徴を示していた。
テノル「非常に趣味の悪い………。」
かつての仲間を醜い怪物の同類にされたことに怒りが沸く。それも元の姿を残した状態で。シャープ③の非道さに不快感を覚え、眉をひそめる。心臓が熱く鼓動を押し寄せる。右目が熱くなり気がつくと涙が漏れていた。
テノル「こんな事されて、大人しく戦力差を理由に逃走を選択するほど私は怪物に近付いた覚えは無い。」
シャープ③が三体に増えたのに対しこちらは一人の人間。圧倒的に分が悪いだろう。しかし、今の私は負ける気がしない。神の加護でもついているかのように不思議な力が精神の奥底から湧き上がっている。前々から感じてはいたが、今この身体には煉獄の炎が宿っているらしい。内側から漏れ出る火の粉は段々と勢いを増し、やがて殻を破壊する。今がその時だ。硬く押し固められた自我の殻を内側から突き破り、人間本来の精神の力を解放する。
シャープ③「……………きっと、こうなるって思ってたよ………。」
全身が焼けるように熱い。うねる火の流れは身体中を満たして皮膚を突き破る。右腕から、左肩から、顔の右側から。彼方此方から激情が姿を表す。内側から肉体を弾けさせるような痛みは決して心地よいものでは無いが、確かな力の覚醒を感じ、気分が高揚する。
シャープ③「………テノル、君は完全な決心をつけることは叶わないって、前々からわかってたんだけど………それでも、君を止めることはできなかった。むしろ、逆にボクが助長させてしまった………。」
シャープ③は何故か悲しみに暮れた顔をする。しかしそんなもの関係ない。手に入れたこの力で、今眼前の宿敵を破壊し燃やし尽くすのみ。
テノル「名を冠するなら………早き灼熱からとって………【アレグロ】」
今、新たなる本能の鎧を纏い、内なる激情の剣を振るいて悪を焼き尽くさん。
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