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第四楽章 ヒーローは遅れてやってくる

現れたシャープ②たち。死んでしまったバースとソプラ。近づいてくるシャープ③、壊滅したフォルテ戦闘チーム。さて、此処からどうなることでしょうか。

 邪魔者を片付けたシャープたちが近づいてくる。此方は1人、相手は………ざっと40体はいるか、勝負は決まったようなものだろう。この量のシャープを相手にしては、いかに最高チーム【リコルダ】の一員でも成すすべなく葬り去られるだろう。いかに今まで死というものを体験していなかったか、感じていなかったかよくわかる。心臓は早鐘を打ち、足は生まれたての子鹿のように震え、頭は空っぽでワタが詰め込まれているようだ。


テノル「………まだ……死にたく無い!」


 呼吸は乱れ、剣を持つ手は力の調節が効かない。思った通りに動かせない体を使い、冥界への階段とも言えるシャープたちへの道を歩み始めた。こんなことわかっていなかった。知らなかった。後悔しかない。生きることを第一に掲げながらも自殺行為をする。これほどまでの矛盾………かつてあっただろうか。私の人生という最大の本でいう本編が今ビリビリに読めないほど破られかけているのに等しいのだから思考がシワクチャになりグシャグシャになったとしてもそれは当然のことなのだろう。


テノル「うおおおおおお!」


 心を絶望の炭酸飲料で満たして全力で飛び掛かる。バチっと弾けるような恐怖が脳を痛めつける。喉の奥を冷たい刃が通り去っていった。全力で振り上げた剣はもう真面目に斬るつもりはないかのように構えなど水泡の最後のように消えていた。シャープの攻撃が胴体を、足を、腕を、恐怖に染まり何も見れなくなった顔を狙ってくる。命に縋りながら最後の攻撃を放とうと─────


 意識の範囲外から、シャープたちめがけて刃が飛んできていた。大地が割れ空気が気体ということなど無視してバリバリと引き裂かれるような轟音が響き、私を狙っていたシャープたちに燃え上がるような一撃が激突する。シャープ③はこの攻撃を察知していたか全力で大地を蹴ったが間に合わずザックリと腹部と言える箇所を切り開かれていた。私は虚空に剣を振り下ろし、助けを噛み締めながら泥の草地に赤く落ちていった。少しばかり心に火花が散った。


───R国ピアニッシモ医療機関第一総合病院───

 ハッと目を覚ます。色のない天井を見上げてここはどこだか察する。あの時助けが来て、シャープたちは退いたのだ。自分の身体を見下ろしたり手を握ったり開いたりしながら生きていることへの切実な喜びを深く抱きしめる。私は助かったのだ。あの地獄から。少し笑みが漏れそうになるのを堪える。今笑いでもしたら狂人になったとでも思われかねない。………あの2人は不幸な事故だったのだ。あくまでも私は悪くない。全てシャープのせいなんだ。それはそれこれはこれ。私が今生きていることが何よりも重要なのだ。数分間そう思い続けていたら、ドカッと私のベッドの横にある椅子に誰かが、いや、私を助けてくれた恩人が座った。命の恩人───R国戦闘組織フォルテ最高司令官にして最強の戦闘員、エルケーニヒ───は眉をひそめ、鋭い虎のような目つきで私を見つめた。


エルケ「……………」


 何を話し出すか迷っているらしいエルケーニヒは首を振ったり、貧乏ゆすりをしたりして、どうにか最適な言葉を考えようとしていた。しかしそれが面倒になったのかそれともこれが最適解だと思ったのかは知らないが、怒りで噛み締めた口を開いた。


エルケ「………フォルテはもう機能しない。いつだったか、最強のチームと言われ始めたリコルダも半分になってしまった。そしてあの後第2基地にもシャープの奴らが乗り込み、フォルテの3分の2は戦闘不能、再起不能、もしくは死亡だ。」


 ギリ、と歯軋りをし、拳を握りしめる。ビキビキと血管が浮かび上がる音が聞こえてきそうなぐらい、怒りに怒っていた。


エルケ「テノル。お前は何をしでかした?アルトもいない中、シャープ③の実力も分からぬうちにフォルテのシャープ殲滅部隊を指揮し、突撃させ、挙げ句の果てには仲間を不注意、判断ミスで殺した。」


 ベッド端の手すりをつかみ、強く握ればミシャリと音がして鉄の棒がひしゃげた。言いたいことは済んだのかエルケーニヒは立ち上がるとさっさと病室を出ていった。私は助かったのだから、それでいいではないか。仲間のことを考えている余裕などあるはずも無い。だって相手はシャープなんだから。

 そうしばらくすることもなく安静にして体力を養っていると、再び病室の扉が開き、今度は小柄なシルエットが姿を現した。


アルト「………テノル………生きてたんだ………」


 悲しみか後悔に埋め尽くされた精神状態を、見てとれた。コツコツと病室の白い床にアルトの靴が反響する。私のベッド脇に置かれた椅子にアルトは腰掛ける。見れば、アルトも腹部に深手を負っていた。服に血が滲んでいる。何も言わずに時間が過ぎていく。刻々と時計の針は正確に時刻をさし示し、回る。不思議な感覚だ。リコルダの人員はもうこれだけなのだと。誰も来ることのない静寂に包まれた───時折小さな歯車や風の音が聞こえるだけの───病室が、閉鎖的で酷く孤独感に襲われる私たちのリコルダを映していた。何も言わない、動こうともしない。それが心を不快感と圧迫感、罪悪感の牢獄の中に押し込めようとしていた。失った命は戻らない、その事実がどんな鍵も合わぬ無敵の錠を作り上げるのだろうか。いやに恐ろしくなってきて、あの現場と事実から目を背ける。利己的な感情に身を包む。

 何も進まず、何も変わることなく、時間だけが過ぎていく。暗く沼のようにドロっと固まった空気は、私の思考を押し留め、動かずにいることの手助けをしてくれた。


アルト「……………じゃあ、もう行くよ。またね。今度こそは……………」


 アルトは何かを言いかけたか、それを止めるよう考えを変えたように口を重苦しく空気で潰す。少し振り返り、横目で悲しげにこちらを見つけたかと思えば、走り去っていった。

 心に何か焼けるような痛みが走り、それは体へと広がった。地獄の業火───罪悪感なのだろうか───はしばらくすればそれはおさまったので、もがいてクシャッとなったシーツや布団を敷き直し、横たわった。

 

───あれから少し経ち───

 戦場。再び舞い降りたそこは全く寂しいものだった。戦いとも呼べないものが繰り広げられていた。フォルテは崩壊状態。今戦える人員はまるでないものに等しい。シャープたちはあれから勢いを増したように感じる。心の中で火種が明るく光り輝くのを感じ、シャープたちへの中心地へと突っ込んでいった。剣を握り、シャープたちの首を掻っ切っていく。アルトもあれから姿を見せなくなり、実質私は孤独になった。しかし寂しさや後悔はまるで無い。むしろ1人でこうして敵討という名目でシャープを討っていくのが快感にすら感じる。私は変わらずリコルダとして動いている。行く者も居なくなった事務所には久しく行っていない。過去は捨てされればそれでいい。

 全てのシャープを切り捨て、焦げた匂いのする死体を後ろに、夕焼け空を見ていた。地平線の向こうへと消えて無くなってしまう太陽は、また明日も変わらない姿を見せてくれるだろうか。いつかの私たちのように………何気ない日々を…………


テノル「………………」


 剣を強く握り締め地面に突き刺す。不要な思考は全て大地に流す。あの日の思い出を焼き尽くせば焼き尽くすほど、自分の中の力がどんどんと湧き出すように感じられた。

 ふと、耳に聞き覚えのあるあの足音が入ってきた。奇妙な高揚感と期待感が綯い交ぜになった燃え上がるような感情が沸々と湧き上がる。身体に火が灯るよう、蒸気機関が動き出すかのように全身に動力が行き渡る。


シャープ③「だいぶ変わったね。どうしたの、その精神は。力は。」

テノル「………何でしょうか………貴方のおかげ、とでも言っておきましょうか。」


 ボウっと握り直した剣に炎が宿る。その真紅に燃える炎は今の内面を表すかのように、不安定に不規則にゆらゆらと揺れ空気を焼いている。あの時から私の体に芽生え始めた火種。成長して灼熱の烈火となりシャープ③への有効打となりえた今こそ、決着をつける。

 ヒーローは遅れてやってくる。私の場合はそれがとても顕著だ。全てを失ってようやくこの力を手に入れたのだから。


テノル「必ず勝つ。」

テノルの燃える能力。これは一体何なのでしょうか。不思議ですね。本人が当然と思っていることもより恐ろしいです。そして何故か利己的になっていますね。これはどういうことでしょうか。次に続く。

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