第十一楽章 アレグロ③
決断はいざ早く。私はアルトの手に握られた薬瓶をはたき落とした。
「………ああ。そういう選択ね………。」
アルトの悲しそうな顔を見ても、私に罪悪感は生まれなかった。もう、どうだっていい。
「ボクだって、こんな結末を予想していなかったわけじゃないんだ。でも、いざ立ち会ってみると………。」
アルトは後方に立つ二人に指示をすると、シャープを本来の姿で、演奏者としての姿で、身に纏った。私もアレグロを発現した。
「再開ですね。もう一度、戦いましょう。」
アルトが言うに、私の段階はまだあと二つ。そして、これまでの進化過程から、③に進化するのもあとすぐだとわかる。そして、私の力がもう誰にも止められないことも、知っている。もう、私自身上手く制御できていないのだ。
「アレグラトロ……!」
全身に竜のような鱗が現れる。それは熱を帯び、私を守る。
ソプラ、バースでさえ、演奏者を発現する。
「………ははっ、面白い戦いになりそうじゃねぇか!」
バースはまるで機械を組み込んだような身体変化を遂げ。
「回復はお任せを。」
ソプラは天使のように羽が生え、植物を纏わせた。
「やっぱり、懐かしいや。………また会えて、嬉しいよ。」
戦闘は開始した。
まず真っ先に攻撃を仕掛けてきたのはバース。彼お得意の氷の攻撃が、私の肌を貫く。
「ハッハッハ!どうだ、俺の波状攻撃は!いつもと同じ、とんでもない冷たさだろう!」
私は持ち前の熱で、飛んでくる氷を溶かし、致命傷を避けているが、溶けきれなかった鋭い刃が肌を掠める。これは、シャープの力ではない。バース本来の力を使っている。
「絡みつく木!えいやっ!」
ソプラも攻撃に参加する。ヒーラーでありながら、アタッカーもこなしていた彼女のその異常なまでの才覚が、バースの攻撃とも噛み合い、実に避けにくい布陣を作っている。あちらこちらから捻れた木の根が露出し、足場を不安定にする。そこに、バースの物量の氷がやってくる。
「二人とも、支援するよ!」
さらに、アルトもサポートを開始する。両者の魔力出力を高め、共鳴を起こす。魔術に特に秀でたもののみに許される芸当。アルトお得意の、魔力完全共鳴。バースは冷気を高め、フィールドを吹雪かせ、視界を妨害する。ソプラは毒植物を生成し、また、多くの大木によって、私が攻撃へ移りにくくしている。
「………いざ、自分がこの布陣を喰らってみる立場になると。」
とても面倒だな、とまでは口に出さなかったが、わずかばかりの苛立ちは覚えた。しかし、この陣形には足りないものがある。前衛の存在だ。
「私と同じ存在がなくてよかった。」
前衛で相手の攻撃を凌ぐアタッカー拳タンクがこの布陣には不足している。その隙さえ縫うことができれば、こんな不完全な陣形などすぐに壊せる。問題は、その隙が全くないことだった。
「どうした!?もう疲れたか!!」
「やかましいですよバース!!」
どこから飛んでくるかもわからない氷柱を避けつつ、地面にある毒の罠も回避しつつ、時々上空から降ってくるエネルギー弾──これはアルトのもの──を把握していなければならない。これは、なかなかに神経を使う。
「もう諦めてくれ、テノル。ボクだって君を傷つけたいわけじゃないんだ。」
上からアルトの声が聞こえてくる。しかし、霧のせいでどこにいるのかはわからない。なので、一旦霧を晴らすことにした。
「貴方の姿が見えないので、霧を晴らしてしまいましょう。」
アレグロの力を爆発させ、炎の渦を召喚する。竜が踊り狂っているかのような、荒々しさ。それはかかった霧を晴らすのには十分すぎた。
「きゃあアッツイ!」
「あ、すみませ──」
謝る必要はないと、今思い直す。そうだ、今リコルダは敵なんだ。相手がやけにフレンドリーに話しかけてくるものだから、つい勘違いしてしまった。いや、もしかしたらまだリコルダが味方であると私が思いたいだけなのかもしれないが。
アレグロの炎で、バースによる霧を晴らすことに成功した。視界が良好になる。そして、はるか上空にアルトの姿を確認した。
「そこですね。」
私は木の枝を足がかりにして跳躍し、アルトへ向かっていく。この時ばかりは、この大木も有用なものに見えた。そして、一番高い木の上からアルトのところまで跳ぼうとした時、足に蔦が絡みついた。
「そうはさせないんだから!」
ちょっとばかり情けない声を出しながら、下に引き摺り下ろされる。蔦を切ってしまおうと、熱された剣で斬りつけるが、なかなか離してくれない。
「硬っ!!」
回避が不可能になったところに、バースの氷柱が姿を現す。今度のは今までとは一味違い、ビルよりも大きいサイズだ。直撃したら、まず即死だろう。
「これでもくらいなッ!!」
流石はリコルダの連携だ。私としても、もうどうしようもない。このまま死を受け入れるわけ………ないじゃないか。最後まで足掻かせてもらおう。私の力にはまだ先がある。この力を全て使い果たすまで、私は諦めたりなんかしないさ。
氷柱が私の目の前まで迫る。その中心、私は炎を見た。
「アレグロ。更なる力を。」
炎が爆発する。世界の色が変わっていく。夕焼けの空が眩しい。私の内側で燃え上がるような、全てを消し去るような。そんな焦燥感。それと、沸るエネルギー。
「………なってしまったか。」
バースが氷柱を逸らす。
「もはや、その姿になってしまっては、こんなもの通じないだろうな………。」
その目は悲しみに満ちていた。私は気にしなかった。バースのもとへ一直線で走り抜ける。足元の炎の地面が生成され、空を駆ける。今までとは、まるで感覚が違う。これこそ、私の最速だ。
「足止めは………できなさそう。」
ソプラがイバラで足を絡め取ろうとしてくるが、炎の前には焼き尽くされてしまう。私を阻むことは何者も不可能だ。
「allegretto」
燃え盛る炎がバースを焼き包む。あまりの熱さにバースは身悶えするが、束縛から逃れることはできない。アルトはその光景を悲しそうに見ていた。ソプラはバースを助けようと尽力していたが、無駄だった。
「……テノル、すまねぇな。」
バースが焼けこげ、チリになる前に発した言葉に、どんな意味が込められているのかはわからなかった。
アルトも地上に降り立った。今から、全面的な戦いを始めるのだろう。
「………ね。」
なんと言ったらいいか、全くわからないようだ。言葉を搾り出そうとしているのか、口を開きかけてはまた俯いている。
「何かをおっしゃるなら早くどうぞ。」
橙色に包まれた世界の温度は上がっていっていた。私の肌すら、熱に焼けこげ始めていた。




