第八楽章 絶望
シャープ④。現れてしまった真の絶望。なぜ現れたのか、それはわかりきっている。私がここにいるからだ。そして、ソプラとバースがシャープに変えられるのを黙って見ていたからだ。
「………ええ、とっても利口な選択だと思いますよ、アルト。」
勝てる見込みはない。こんな、私の十数倍はあるかと思われる巨龍に、どのようにして立ち向かえというのだろう。アルトは高笑いをする。耳をつんざくような雄叫び。もはや言葉は通じないのか、私がいくら言葉を投げつけても答えようとはしない。こんな姿になってしまったが、私の戦闘経験から察するに、今の実力差は三倍もあるだろう。一撃でも貰えば………。考えたくもない。
アルトは前足を伸ばして、私につかみかかる。早い。その馬鹿げた図体とは裏腹に、繰り出される鉤爪は、さっきまでの早さの比ではない。間一髪それをかわしはしたが、空気の刃が左腕をズタズタにした。激しい激痛に襲われるが、アレグロの炎で腕を焼き止血をする。また、それに加えて炎の芯で切れてしまった腱を無理につなぐ。便利だとは思うが、体が焼かれる痛みが常に続くのは考えものだな。
もはや何も言葉を発さなくなったアルトに向かって、話しかける必要はないだろう。それにそんな余裕はない。この事態は誰が予測できただろうか。幸にして、力を全て使われたのか、ソプラとバースのシャープ③は全身から力を失い、地面に倒れ伏せているため、全方向からの攻撃に気をつける必要はなさそうだ。
アルトは馬鹿みたいにでかい足を使って、私を踏み潰そうとしてきた。まだ足の裏までの距離はあるはずなのに、もう空が見えない。地面に対して融合反応の加速を行い、破裂させる。その爆発力で私は跳躍まがいのことをし、間一髪でかわすことができた。しかし、その足は私の方へぐるりと向き直り、迫ってきた。現在私は跳躍により空中、軌道転換は無理。よって………
その巨大エネルギーをモロに食らうことになった。意識が飛ぶ。その寸前、アルトの声が聞こえた。戦いの場にふさわしくないほどの優しい声。
「君を戻す。」
私は暗く消えた。火が吹き消されるように。
私は目覚めた。周囲をみわたせば、そこは白い病棟のようにも見える。私は、ここがメッゾの特別治療室だとわかった。だが、一体なぜ?誰が私をここまで運んだのだろう?その疑問はすぐに解決することになった。
「おはよう、テノル。あまり良い目覚めじゃないかもだけど………まあ、それは許してね。ボクだって乱暴は好きじゃないんだ。」
アルトの声が背後から響く。
「───っ!」
急いで振り向こうとするが、体の痛みがそうさせてくれない。しかし、今ならアレグロの能力で何とかできるのではないか?そんな考えは瞬時に否定されることになった。
「お、起きたか。俺は待ったんだぞ、テノル。いいか、俺ら三人の前で堂々と寝るなんて、お前らしくもない。」
「大丈夫?テノル。私も反対はしたのだけど………でも、これだけは仕方がないって、ごめんなさい。」
ソプラ、バース。アルトだけじゃなく、私の仲間だったリコルダの面々も、そこにいた。
「………そうですね、申し訳なかったです。しかし、私をここに連れてきて、何をするというんです。聞かされていないことには、どうも反応はできずに。」
もう何が何だか。シャープにされたソプラとバースが、なぜここに人間の姿で存在している?いや、もはやその疑問はどうでも良い。アルトがシャープから戻れるのだから、二人にも適用されるのだろう。だが、三人とも気さくに話しかけてきているのはわけがわからない。さっきまでのが全て夢だというのならば、それは非常に喜ばしいことなのだが。
「まあまあ、そこまでカッカしないでよ、テノル。ボクたちと君との仲じゃないか。で、君の望み通り本題に入ろうと思うんだけど。」
すると、アルトは何やらみたこともない器具や怪しげな薬品を取り出してきた。
「………何ですか、それ。」
「ボクが何百年とかけて調合した、能力を消し去る薬だよ。うんと長い時間がかかっちゃったけど、そのぶん丁寧に作ったからね。で、その器具については………」
「ああ、もう良いです。十分わかりました。とにかく、それらを私に使って能力を剥奪しようってわけですね。」
そう、というかわりにこくりと頷いた。
「でもね、安心して。これは、君のためでもあるんだ。もちろん、一番重要なのは、ボクの自己満だけど………あ、そうだ、ボクの昔話聞きたい?これは君にも関係してくるんだけど、いや、やっぱり良いや。じゃあ話すね。」
半ば強引な形で、アルトは昔のことを語り始めた。そして、その言葉たちは、私に懐かしさを覚えさせたのだ。




