贈り物
数人の町娘がきゃらきゃらと笑い声を上げながら自身の唇に赤い紅をさす姿が飛び込む。
「…あれだ!」
突然大きな声を出した長林に体を硬直させる鶴望兰。よほど驚いたのか、食べていた麻花を喉につまらせ咳き込んでしまった。
慌てた楊が差し出した水を飲んで、ようやく落ち着いた鶴望兰に長林は申し訳無さそうに眉を下げて謝った。
「驚かせてしまってごめんね、もう大丈夫かい?」
「はい、問題ありません」
「それで?いきなりなんで大声出したの?」
「あ、姑娘に口紅なんかはどうかなと思ってね」
「口紅ねぇ…悪くないんじゃないかしら。鶴望兰ちゃんだって年頃だものね」
話がまとまりだした雰囲気に鶴望兰は遠慮がちに長林の袖をクイッと引っ張る。
うつむきながら自分の袖を引っ張る鶴望兰に視線を合わせるために少しかがんだ長林は顔にかかる髪を耳にかけ流しながら優しい声音で話しかける。
「どうしたんだい?疲れてしまったかな?」
「い、いえ、そうではなく…」
言いたいことがあるはずなのにぐっと唇を引き絞って口ごもる鶴望兰に早く言えとせかすこともせず、長林はただただ鶴望兰が再び口を開くのを待つ。
「自分には、そのような過ぎた物を頂く訳にはいきません。ご厚意には深く感謝いたします。ですが、自分にはそのような物を受け取る資格がございません」
爪が食い込み関節が白くなるほど拳を握りしめる。長林はそっと鶴望兰の硬く閉じられた拳を包み込み、爪がこれ以上手のひらを傷つけないように自分の指を少しずつ、だがやや強引に滑り込ませた。
「姑娘、私達は君を血のつながった家族のように思っている。大切な家族に贈り物をするのに資格がいるのかい?家族から贈り物をもらうのに資格がいるのかい?そんな馬鹿げた話、聞いたこともないよ」
「そうよ、こんな薄月給の長林でも貯金はあるんだから使い潰す勢いで甘えていいのよ?鶴望兰ちゃんはもっと甘えるべきだわ!」
語気強めに言い切る楊に苦笑しながらも長林は軽く頷く。
「そういうことだから姑娘は気にしなくていいからね。私とおばさんが勝手になにかしてるな、ぐらいの認識でいいから」
微笑みながら鶴望兰の手をひいて軽やかに髪を揺らしながら花のいい香りがする化粧品が売られている露天商に近づく。
あれこれ商品の色と鶴望兰の顔を交互に見て難しい顔をして長林と楊は悩み始める。
「あまり濃い色は姑娘のイメージに合わないんだよなぁ」
「薄桃色が良いわね。可愛い感じが際立つもの」
そうだね、と楊に相槌を打ちながら自身の手の甲に口紅を塗り、色を比べる長林は頷き、1つの商品を手に取り手早く支払いを済ませる。
「姑娘、少し顔を上げて」
言われるがままに顔を上げた鶴望兰の唇に小皿からすくい取った少量の口紅を付け、親指で薄く塗り広げた。
「おお、やっぱ薄い色のほうが似合うね」
「長林…あんたって子は…」
楊が頭を抱えるのを気にすることもなく、長林はむしろ楊に手を差し出し手鏡を出すように要求した。楊はため息を付きながら鞄から手鏡を取り出し、長林に渡す。
手鏡を受け取り、鶴望兰に差し出すと鶴望兰はわずかに目を見開き、自身の唇をそっと指でなぞる。
「気に入った?これは姑娘のものだから好きに使いなさい」
「ありがとうございます」
鶴望兰は手のひらに収まるほど小さな貝殻細工の口紅を受け取り両手で握りしめる。
「鶴望兰ちゃん、落とさないようにあたしが持っていましょうか?」
楊が自身の鞄を見せて提案したが鶴望兰はぎゅっと口紅を握りしめてから、そっと楊に差し出した。