買い物
「あら!いいじゃない!少し大きいけどそれもかわいいわ!」
「よく似合ってるよ。それじゃ、鶴望兰の必要な物を買いに行こうか」
「かしこまりました」
腕を後ろで組み、一礼する鶴望兰を見た長林と楊は揃って目を合わせてため息を吐いた。
長林の自宅を出て少し歩き大通りに出ると道の両端に所狭しと露天が並ぶ朝市に到着する。朝早くから大通りは活気に溢れていて美味しそうな食べ物を売る露天、新鮮な果物や野菜類を売る所、古着から、新しい服まで売っていた。
あちらこちらに目を引く屋台があるというのに鶴望兰は頑なに俯いて、辺りの景色を堪能するどころか道行く人とすら目を合わせようとしない。それに気づいた長林は心配なのか鶴望兰の肩に手を乗せ、軽く引き寄せて耳に顔を近づけた。
「人混みで酔った?それとも…人と目を合わせるのが怖い?」
「それもございますが、自分の目はいささか気味が悪いでしょうから」
「そんなことはない。姑娘の目は太陽の祝福を受けたような素晴らしい目だ。だから気にせず胸を張ると良いさ」
長林が鶴望兰を元気づけていると前方を歩いていた楊が勢いよく振り返り、パンと軽やかに手を打ち合わせた。
「そうだ!お腹空いたでしょう?なにか食べましょうか。もちろん、長林のお金でね!」
「おばさんね…まあいいか、元から私が払うつもりだったし」
鶴望兰を連れて麻花を売っている露天に近づくと軒先に並べられたきつね色の捻れた揚げパンのようなものから甘く、香ばしい油の香りが鼻腔をくすぐる。
「老板、ここの3つの麻花くれないかい」
「あいよ!兄弟で買い物か?仲が良いな!ほら、熱いから気をつけるんだぞ坊主!」
坊主、と呼ばれた鶴望兰は口を半開きにして渡されるがままに受け取る。その様子に長林は抑えた口から笑いが漏れるのを堪えることが出来なかった。
確かに長ズボンを履いて髪が短く、かつ未成熟な体つきでは男の子に見えるかもしれない。だが長林にとって鶴望兰が坊主呼ばわりされたことよりも、うっすらではあるが初めて変わった鶴望兰の表情が面白かった。
「あー、老板。この子女の子なんだ。はいこれお代」
「おっとそりゃあ悪いこと言っちまったな、ってなると兄ちゃんは女か?」
「勘弁してよ、老板と私の付き合いじゃないか。私は正真正銘男だよ」
代金を受け取りながら長林は茶化す店主を笑いながら一蹴し、熱々の麻花を片手に鶴望兰の手を引いた。
「おかえり、あたしの分買ってくれた?って何そんな笑ってるのよ」
「もちろん。はいこれおばさんの分。ねぇ、さっきあそこの老板に鶴望兰が男の子と間違えられてたんだ」
「あんたね、それで笑っちゃだめでしょ!鶴望兰ちゃんも女の子なんだからイヤよねぇ?」
「いえ、そんなことは…」
そう言いつつも眉を寄せて麻花をかじる鶴望兰。未だ笑いから抜け出せない長林はそんな鶴望兰の頭を撫でる。
「ごめんごめん。そうだね、ちょっと可愛らしく着飾ってみる?いやでも、んー…姑娘の髪は短くて結べないし、このままのほうが可愛いから髪飾りじゃないほうが良いね」
「そうねぇ、もう少し長くなってからでいいんじゃない?髪飾りは。それより他の装飾品のほうが良いと思うけど」
「それもいいね」
麻花を片手に鶴望兰に何が似合うか、どんなものが良いか、と話す楊と長林の目に、数人の町娘がきゃらきゃらと笑い声を上げながら自身の唇に赤い紅をさす姿が飛び込む。
老板とは店主の意味です