着替え
長林が身支度を整えて居間に戻った頃には楊は大量の服を持って戻ってきていて、鶴望兰は楊の着せ替え人形と化していた。
いっきに色とりどりの服によって明るくなった居間に唖然とした長林は、楽しそうに鶴望兰に服を見せている楊に話しかける。
「おばさん、まさかこれ全部」
「そう!鶴望兰ちゃんの服よ。あっそれと、長林ちょっといいかしら」
ちょいちょいと手招きされて楊の近くに行くとがっしりと肩を掴まれ、楊は声を潜めて話しかけた。
「あの子何歳なの?」
「16だよ。それがどうかした?」
「16!?歳の割には小柄過ぎるわよ!うちの娘が12の頃に着ていた服が少し大きいぐらいなのよ!?あんたと並んだらあんたの肘のところぐらいまでしかなかったからちょっと予想はしてたけど、16ならもうちょっと大きいはずよ!?」
「しー…鶴望兰に聞こえてしまう。私が大きいだけだよ。181あるんだから、16の娘が小さく見えるのは仕方がないだろう?」
興奮して声を荒げる楊を唇に指を添えて静かにするように促す。しかし楊の勢いは止まることを知らず、さらに勢いを強めて言葉を続けた。
「それに試着したときにあばら骨が浮いてたのが見えたのよ!あの子どういう扱い受けてるわけ!?」
「あばら骨が浮いていた!?」
「声が大きい!…あんた知らなかったの?」
「もともと別の部隊所属だったし…昨日会ったばかりだったんだ」
バシッと背中を叩かれ長林は「おばさんのほうが声が大きいのに」とぼやきながら声を落とす。
「ああ…なんでこんなに若い子ばかりこんな目に遭うのかしら…」
「嘆きたくなるのも分かるけど、とりあえず鶴望兰の面倒を見るのが先だと思わない?」
「そうね…ごめんなさいね待たせちゃって!鶴望兰ちゃんはどの服が好みかしら?決まった?」
楊は一度強く頬を叩いてから人好きのする笑顔に戻り、壁一枚挟んだ向こうの部屋で二人を待つ鶴望兰の隣に座る。
楊に尋ねられた鶴望兰は目の前に並べられたとりどりの服を右から左、また左から右に目を通して眉を寄せて長林を見る。
「長林、長林は、その…どれが良いと思いますか」
「姑娘の中で選択肢は?」
鶴望兰は少しの間うつむき、ゆっくりと首を振った。
「それじゃ、2つ、もしくは3つにまで選択肢を絞ってみようか。全部試着はした?」
「はい」
「じゃあどれが一番着心地が良かった?もしくは、動きやすかった?」
「…こちらと、こちらの2つです」
鶴望兰はざっと見渡して黒いズボンと薄く刺繍がされた白いブラウスを指さした。それを見て長林は1つ頷きその2つの服を別の場所に置く。そして残ったいくつかの服を指さした。
「よし、なら残った中でどの服の色が一番目を引いた?」
「こちらの緑のものです」
「ならこの3着の中でどれを着たい?」
「えっと…」
「鶴望兰ちゃ、むぐっ、なにするのよ長林!」
「おばさんはちょっと静かにしてて」
むっとして憤る楊を放置して、長林は悩む鶴望兰をそっと見守る。
「こちらが…良いと思いました。」
「うん、その素材は肌触りが良いし、姑娘によく似合ってる。それに着替えておいで」
ニコニコと微笑んで最初に指さしたシンプルな服を鶴望兰にもたせ、部屋のドアを閉める。
楊は長林の背中を胡乱げに見る。
「あんた、悩んでたのに助言とかしないの?」
「あの子は他の人に命令されてそれを遂行していたから自分の意見を表に出すのが下手になっているんだ。だから少しずつ自分で選んで感情を出す練習をしないと」
「意外としっかりと考えてるのねぇ」
感心したように言う楊おばさんを長林はじろりと睨む。
「ちょっとおばさん、もしかして私が何も考えてないとでも?」
「突然軍に入るって言ったのはなにか深い考えでもあったわけ?」
「あれは…もう6年も前だったじゃないか。流石に変わるよ」
「ええそうでしょうね、でもなんで6年も経つのにどうしてあたしの目には6年前と同じ姿のあんたが写るのかしら?」
「これが慣れてるんだから仕方がないじゃないか。せっかく三つ編みを失敗せずに作れるようになったんだ」
「…長林、」
「着替え終わりました」
着替え終わった鶴望兰が部屋から出てくると、顔をしかめて自身の一房の三つ編みの毛先をいじっていた長林も、眉を寄せて長林を見ていた楊も表情を一変させて鶴望兰に微笑みかけた。
「あら!いいじゃない!少し大きいけどそれもかわいいわ!」
「よく似合ってるよ。それじゃ、鶴望兰の必要な物を買いに行こうか」
「かしこまりました」
腕を後ろで組み、一礼する鶴望兰を見た長林と楊は揃って目を合わせてため息を吐いた。
楊おばさんと長林の続柄はおばさんから見て妹の息子です。
※修正しました