伯母襲来
「いや、今日は楊おばさんが掃除に来る日なんだ。俺が来ることはまだ伝えていないから起きていないと」
長林があくび混じりに言った瞬間、玄関のドアがガチャリと開く音がし、女性の声が部屋に響いた。
「あら長林帰ってたの!?もう!帰ってきてたのならちゃんと言いなさいって…あんた!こんな小さな女の子どっから連れてきたの!?」
「あ、楊おばさん。ただいま、この子はね」
「あんた誘拐じゃないでしょうね!?突然帰ってきたと思ったらこんなことをしてたなんて…!あんたの母さんに顔向けできないわ!」
「おばさん落ち着いてよ、ちゃんと説明するからさ」
一気にまくし立て、頭を抱える小柄でふくよかな女性に圧倒され、何も言えずに居る鶴望兰を置いてけぼりにして長林は説明し始めた。
「この子は軍の命令で預かった子なんだよ。私の前職に目をつけたんだと思うんだけど、しばらく面倒見ることになったから家に住まわせているだけで、誘拐とかじゃないからね。鶴望兰、この人が昨日の角煮を作った楊おばさんだよ」
「おはようございます。長林の家に住まわせていただいております。自分は...鶴望兰と申します」
「あらぁ…そういうことだったの?ヤダあたしったら早とちりしちゃったわ。ええと、鶴望兰ちゃん?お母さんとかはどうしたの?」
「母親は、わかりません。会ったこともありませんので。お答えできず申し訳ございません」
鶴望兰は顔を少し伏せて首を振りながら答えた。その様子を見た楊はわなわなと震わせた口元を手で覆い目を見開く。
「そ、そんな…!いいえ、ごめんなさいね答えづらいこと聞いちゃって。大丈夫よ鶴望兰ちゃん!この子、頼りなく見えるかも知れないけど、ちゃんと優秀な子だから!安心して長林に頼ちゃって良いんだからね!もちろんあたしも頼っていいから!」
「そうそう、そのことなんだけど、鶴望兰の服とか私物を買うの手伝ってくれるかな。私は男だから年頃の姑娘に何が必要なのか全くわからなくてね。服だって私のお下がりをそのまま着せるわけにもいかないし」
「そうね。まったく、あんたのお姉さんはあんなにおしゃれだったのにあんたときたら…あっ」
困ったように笑っていた楊はしまったというようにハッとして口を押さえる。それに長林は眉を下げて笑った。
「心配性だなぁ楊おばさんは。私はもう大丈夫だよ。何年前の話だと思ってるんだ?いつまでもべそをかいてる子供じゃないんだからさ」
「そ、そうね。さ、鶴望兰ちゃん着替えて市場に行きましょ。あんたも早く顔洗ってらっしゃい。ひどいクマよ」
「はいはい。あー…それと姑娘の服ないんだよね。昨日着てた服は今洗ってるし、替えの服とか持ってきてなくて…」
「はぁ?何してんのよあんたって子は。ごめんねぇ鶴望兰ちゃん、いまからおばさんがおばさんの娘の服を持ってくるからひとまずはそれ着てくれるかしら?」
「いえ、そこまでして頂く訳にはいきません。自分はこれで十分ですので」
「まぁ!それ長林の服でしょう?だめよそんなの!そんなダサくてもっさい服なんて!」
「おばさん、ちょっと私が傷つくんだけど?おばさん?」
「あんたはちょっと黙ってなさい!」
ピシャリと長林を叱りつけ黙らせる。楊はそのまま嵐のように息巻いて服を取りに行くために家を出ていってしまった。
途端に静かになった空気を気まずく思ったのか長林は無表情で座っている鶴望兰の方を向く。
「ええっと、おばさんは私の母方の親戚なんだ。昔から色々と世話をしてくれてね。小さい頃は姉ともども面倒を見てくれたんだよ」
「そうでしたか」
「…聞かないんだね」
「何をでしょうか」
「いや、いいんだ。それより覚悟しておいたほうがいい、おばさんの買い物は長いからね。特に、服を買うときは」
茶目っ気たっぷりに言い、座ったまま自分を見上げる鶴望兰を置いて長林は顔を洗うために洗面所に向かう。
そして長林が身支度を整えて居間に戻った頃には楊は大量の服を持って戻ってきていて、鶴望兰は楊の着せ替え人形と化していた。