浅夜
娼館へ戻った二人を出迎えたのはやはり春薫で、二人を見つけた春薫はぱっと顔を明るくするが、すぐにがっかりしたように肩を落とした。
「随分と早いんじゃないかしら。明日の朝帰って来ることすら考えてたのに」
「っちょっと春薫さん!?私達は兄妹だっていいましたよね!?」
残念そうな春薫に慌てた長林は鶴望兰の耳を咄嗟に塞ぎながら春薫に言い返す。しかし春薫は意に介すことはなくケラケラと袖で口元を隠しながら笑うだけだった。
「まあいいわ。楽しめたんでしょ?」
「ええ、まあ…良いものを見ましたよ」
「よかったわ。この町に来たのにあの景色を見ないのは勿体ないもの」
春薫はそう言うとくるりと踵を返して行ってしまった。
鶴望兰は自身の耳を塞いでいた長林の手が離れると顔をあげて長林をじっと見つめる。
「ええっと…ちょっと良くないことを言いそうになってたから…その、突然耳を塞いじゃってごめんよ」
「問題ありません。それはそうと、いつここを出発するのですか」
「そうだね、私の傷が良くなるまでという話だったし、私の腕はもう傷まない。明日の午後に出発しようか」
「…わかりました」
鶴望兰は少し考えてから頷き、着替えるために一足先に浴場へ足を向けた。
長林は大きくあくびしてからひとつ伸びをし、自身も着替えるべく部屋に戻る。部屋に戻る道中で長林は窯の前でしゃがみ込み、燃え盛る火を見る春薫に気づく。
確かにここは南寄りの町だが、今の時期は少し冷え込む。しかしだからといって火の粉を巻き上げる火に近い位置に居たら流石に熱いだろうと思った長林は声を掛けた。
「そこまで火に近いと火傷しますよ。何を燃やしているんです?」
「あらおにいさん。とっても大事なものを燃やしてるのよ」
「大事な物?燃やしても良いんですか?」
「燃やさなきゃダメなの。お嬢さんのお願いなんだもの」
「鶴望兰が…?最近あの子は何やら隠している気がするんですが、春薫さんはなにか聞いていますか?」
「女の子のヒミツは暴くものじゃないわぁ。いくらおにいさんでもそんなコトしたらお嬢さんから嫌われちゃうわよ?」
長林の追求をかわし片目を閉じてみせる春薫にこれ以上話す気がないと悟った長林はため息を付きそれ以上の追求を諦めた。
「確かに秘密を無理に暴くのは良くないかもしれませんね。そのうちあの子から話してくれると嬉しいのですが…それはそうと服やら髪やらが燃えないように気をつけてくださいね」
「分かってるわ」
春薫はひらひらと手を振って長林を見送った。
部屋につき、着替えを済ませた長林がぼんやりと髪をほどいていると控えめに扉がノックされた。
「どうぞ、あれ鶴望兰じゃないか。ノックしなくてもそのまま入って良いんだよ」
「では、お言葉に甘えます。長林、浴場を利用できますよ」
「わかった。ありがとうね」
長林は一つしかない浴場で女性と鉢合わせないようにいつも最後に入るようにしていた。そのため鶴望兰がもう入る人が居ないことを確認してから長林にそのことを教えていたのだった。
長林は立ち上がり、鶴望兰の横を通り抜けると浴場へと向かった。鶴望兰はその後姿を見送ると一瞬口を開きかけるが、すぐに口を引き結んでぐっと言葉を飲み込み、その場を離れた。




