2/3後半
「鶴望兰に目をつけた客はギャフンと言わせなきゃね。誰の妹に手を出してるのか教えてあげないと。そうでしょう?」
長く手が行き届いた髪をなびかせ、堂々と肩で風を切る長林は美女と言うにはあまりにも雄々しかった。
「阡曜様、お待たせいたしました。このコがお客様のご指名のコですわ」
「おお!待って、いたぞ…?おい、間違えていないか?」
ぱあと明るい表情を見せたのも束の間、客は訝しげな顔を春薫に向けて長林を指差す。
「まあ非道い。お客様がお呼びになったのでしょう?さあさ、お酒をお注ぎいたしましょうか?」
グイグイと徳利を持ちながら客に詰め寄る長林から少し距離を取る客は顔を青くした。
「おいこいつ声低くないか!?」
「気の所為ですわ阡曜様」
「このような声の方もいますわ」
「そ、そうか…?」
春薫と長林の圧に負けた客は渋々長林に注がれた酒を飲む。
「しかし気の弱そうな女だと思ったらこんなにでかいとは…全く持って残念だ」
ぼやき、長林の平らな胸元をちらりと見た客はため息を付いて残念だと評価した。
(はぁぁ?何を言っているんだこのクソジジィ…一発ぶん殴ってやろうか?というかどこ見てんだ顔を見ろ顔を)
骨が鳴るほど強く拳を握りしめるが、それでも微笑みを絶やさない長林は空いた猪口に酒を注ぐ。
「見た目だけで判断なさるのですか?悲しいです、老板娘からお客様は寛大で中身を見てくださる方だとお聞きしましたのに」
眉をぎゅっと下げて悲しげに微笑むのを見た客はコホンと咳払いをし、ひげを撫でつけながら長林を横目で見る。
「あーそのなんだ。わしはここに通い始めてから随分と経つ。だがお前の顔は見たことがない。さては新入りだろう?そんな新入りに冷たい態度を取るのは良くなかったな。それで…春薫はわしのことを他になんと言っていたかね」
(はぁーん?こいつさては扱いやすいタイプだな?)
にやりと笑ってしまいようになるのを必死に抑え、柔らかく微笑み目を細める。
「そうですね…お優しくて賢い方だとお聞きしました。お店の女の子たちにも優しく接してくれるから嬉しいのだと。それに、最近なにか悩んでいるのかと心配もしていらっしゃいましたよ」
「さすがは春薫だ!わしのことをよく分かっとる!」
嬉しそうに相好を崩した客は長林が聞くまでもなく自分の悩みをベラベラと話しだした。その一つ一つに長林は丁寧に寄り添い、相槌を打っていくうちに客はそろそろと手を長林の肩に回し始めた。
「なぁ…お前さんは不思議な女だなぁ。お前さんと話していると気持ちが和らぐんだ、どうだこの後…」
「お客さん…俺は男だぜ?」
自分の肩に回された客の手を握り、三日月のように口元が弧を描く。
「なあお客さんや。あんたは正しかよ、俺は替え玉やけんな。あんたが最初指名したとは俺ん妹。まだ幼か妹にこげんことしゃしぇらるーか...?次あん子に手ば出してみぃ、ただじゃ置かなからな」
目元に険を滲ませながら睨みつけると客はそろそろと手を長林から離し、膝の上に行儀良く揃えた。
「会話、続けましょうか?」
「い、いや…す、少し休むことにする。酒を飲みすぎたようだ…」
心做しか顔色が悪い客は俯き冷や汗を垂らす。
「まあ、残念です。もっといろいろお話お聞きしたかったのですがね」
「は、はは…」
顔を引き攣らせて乾いた笑いを漏らす客に一筋の光が現れる。
「阡曜様、春薫でございます。開けてもよろしいかしら」
「おお!ちょうどいい所に!入れ入れ!入ってきてくれ!」
春薫の声が扉の向こうから聞こえるなり客は顔を輝かせて食い気味に入るように言う。
「阡曜様、璋月ちゃんとは楽しめましたか?お帰りの者がお迎えにいらしていますよ」
「そ、そうだな。もう帰ろう、うん、長居するのも粋じゃない」
「では出口までお送りいたしましょうかお客様」
長林がそう提案すると客はびくと体を強張らせる。
「いや!いやいい、一人で行く」
「あら…そうですか。ではまたのお越しを」
長林は深く礼をする。顔をあげたとき、客は長林が微笑みを浮かべながら鋭い目つきでこちらを睨んでいることに気づく。
「お待ちしております」
ごくりとつばを飲み込んだ客は油が切れた機械仕掛け人形のような動きで館を出ていった。




