食卓②
「いまはただの同居人だよ。まあ大佐から言われてるように、君を診る心理療法士ってのもそうだけどね。もう少し気を緩めてほしいな」
眉を下げて笑いながら長林はもっとおかずをH862に食べさせようと角煮をはさんだ箸をH862の口元に寄せる。当のH862は少し目を伏せて顔をそらす。
「…劉伍長さま、自分で食べられますので」
「ん〜?なんて言ったかちょっと聞こえなかったな」
「…長林さま、自分で食べれます」
「もう一声!」
「もう一声、ですか?…では、長林?」
「そう!じゃあこの角煮は私が食べようかな。…うん、美味しいからたべてみてよ」
「はい」
H862は言われたとおりに角煮を口に運ぶ。
「こっちの魚も美味しいよ」
「はい」
また言われたとおりに魚を食べる。
それ以上は口を付けようとしないH862を見て長林は溜め息を付く。
「あのね姑娘…私は好きなように食べていいって言ったんだよ。姑娘が好きなものを好きなだけ食べてほしいんだけど…」
「…わかりました」
H862は視線を落とし、ゆっくりと匙でチャーハンをすくって食べ始めた。が、大皿に手を伸ばそうとしないH862を見て長林は苦笑して、副菜をチャーハンのお椀の中に入れ始めた。
「たくさん食べないと成長しないよ。ところで姑娘はいくつ?」
「今年で16になります」
大皿に乗った魚へ伸ばされた長林の箸がピタリと止まる。目の端でそれを捉えたH862が見ると、長林は目を見開いたまま完全に止まっていた。
「どうかなされましたか」
「い、いや…ただ年齢にしては少し小さいなって。ほらほら、箸が止まってるぞ。ちゃんと食べて成長しないと」
そう言って曖昧にごまかし、料理を口に運ぶ。それに合わせてH862もお椀の中のチャーハンやら何やらを食べ始める。
しばらく無言が続く中、H862の食べるスピードがゆっくりになった。
「どうしたの?もしかしてお腹いっぱい?」
「…申し訳ございません」
「謝ることはないさ。ちゃんと食べれたなら良かった。美味しかったかい?」
「はい」
「ならよかった。後片付けは私がやっておくから体洗って寝なさい。タオルは入口の近くにあるけど、その上の棚に新しいのが入ってる。それを使うと良いよ」
「ご厚意、感謝します」
「固いな…ま、いいか。場所は分かるかい?」
「はい」
立ち上がってお風呂場に向かうH862を見送ってから長林は皿を片付け始めた。皿洗い等の片付けが終わった後、隣の部屋にH862が寝るための布団を敷いて部屋の隅を向き目を閉じる。ちょうど同じタイミングでタオルをまいたH862が出てきた。