口調
次の日、雨上がりの土の匂いが濃く匂い立つ朝方。長林と鶴望兰は納屋を寝床として貸してくれた老夫婦に礼を言って出発しようとしたところ、老人が長林にこっそり声をかけた。
「軍があんた達に似た特徴のやつを探しておった。大丈夫じゃとは思うが一応間違われないように気をつけろ。まだ小さい妹もおるじゃろう」
「ありがとうございます、気をつけます」
長林は再度礼を言うと老人は深く頷き二人を見送った。
「鶴望兰、軍が私達を探し始めたらしい。もうここまで情報が届いているらしいから、軍は随分と君にご執心みたいだ。一応顔を隠すために頭巾を被っていたほうが良い」
「もう、バレてしまったのですね」
言われたとおりにフードを被った鶴望兰の表情は長林からはよく見えなかったが、かろうじて唇を噛み締めているようなのは見えた。
「きっと、逃げ切れるよ。だって私は兎年だからね」
長林は鶴望兰を元気づけようと冗談を口にし、鶴望兰にもそれが伝わったのかフードの下からちらりと笑ったような口が見えた。
「…長林、今日は長林の故郷について教えてください。頭巾を被っていると視界が悪く、周りがよく見えなくてすこし気詰まりです」
日に日に首都から離れれば離れるほど鶴望兰は饒舌になり、感情を表に出すようになった。
「ああいいよ。そういえばまだ話してなかったね。私の故郷はなだらかな山や少し大きめの川の近くにあってね。ちょうど行商人の中継地点だったからその影響で方言はあったけど使う人はもう年がいった人ぐらいだったな。大体は宿屋か畑をやってるような、良く言えばのどか。悪く言えば退屈な村だったよ。大きくもないし」
「方言があったんですか?長林の方言は聞いたことがありませんが」
首を傾げているのかフードの裾が揺れる鶴望兰の頭部を見て恥ずかしそうに頬を掻く長林は視線を空に彷徨わせる。
「あー…いや、私の言葉をよく聞くとたまに発音とかちょっと音程が違う時があるよ。方言がちょっと恥ずかしかったから頑張って直したんだけどね」
「ちょっと聞いてみたいです。もちろん長林がよろしければですが」
「よろしくないです。全然よろしくないから言わないよ」
「恥ずかしいことでもないと思いますが」
「だめ、いくら鶴望兰のお願いでもそれは聞けない…そんな顔しても駄目だからね」
フードを少しめくりあげて長林の顔を覗き込む鶴望兰をそっと押しのけて歩みを進めるとちょこちょこと鶴望兰が後ろをついてくる。
「どうしても駄目なのですか?」
「どうしても」
「一言だけでも駄目ですか?いろんな方言があると聞いたことがあってとても気になるのですが…」
「って言ってもねぇ...もう10年以上は使ってないから忘れちゃったよ。それに向こうに着いたらいくらでも聞けるからね?別に私じゃなくたっていいだろう?」
耳に髪の毛を掛けながらぼやき、歩みを早める。鶴望兰は特に追い打ちをかけるわけでもなく長林の後ろをついていく。もし誰かが通りかかったらリズムよく揺れる頭巾の隙間から、ほんの少し口角が上がっているのが見えるだろう。
その後も通りかかった農民の荷車に乗せてもらったり、通りすがった商人から物を買ったりしながら港町まで辿り着いた。
小高い位置にある林の隙間から見える、宝石の如き輝きの海原を見た鶴望兰は目深に被った頭巾を少し捲り目に焼き付けんばかりにそれを見ていた。




