逃避行①
その日の夜、二人は最低限の荷物を持って人目を避けて家を出た。逃げたことを誰かに知られてしまえばその人も危険に晒されかねないとして、楊にも言うことはなく、ひっそりと家を出た。
極力人と会う道を避けながら長林は鶴望兰を連れて暗い中を歩くこと数時間。ようやく街から出た二人は泊まれるところを探した。しかしいくら首都部とはいえ一歩街から出てしまえば案外侘しいもので明かりが消えているところがほとんどだった。
今日は野宿になるんじゃないかと不安げになり始めた長林と鶴望兰が歩いているとちょうどよく店仕舞い中の女将が二人を見つけ声をかけた。
「あらそこのお二人はん、こないな遅いのにどちらへ?」
「急な用事で故郷に帰らなければいけないのですが、時間が時間で泊まるところもなく困っていまして…お代は払いますから一晩寝床をお借りしても良いでしょうか?」
「まあまあお代なんてそないな事言わんと、何やら重大なご様子どすし今日はうちに泊まったらええのにな」
「良いんですか?」
「こないな色男と可愛い子ぉ放っとくなんてしいひんわぁ」
柔らかな方言でおっとりと笑う女将に案内されて長林と鶴望兰は小ぶりな部屋に通された。
「かんにんぇ、今空いてるのんがこの部屋だけやってん。お二人はんはご兄妹やろか?一緒の部屋嫌やったら主人を部屋から追い出しまひょか?」
「いえいえ、そんな。妹とはこの部屋で大丈夫です…大丈夫だよね…?」
言った後に不安げに鶴望兰の顔を覗き込むと数回小さく頷くのを見て長林はほっと胸を撫で下ろした。女将は口元を抑えて微笑ましそうに笑うとそっと扉を閉めた。
「よし、親切な女将さんに会えてよかったってことで早く寝てしまおう。これからかなり移動するからゆっくり休みなさい」
「…明日はどこへ行くのですか」
「そうだなぁ…実はまだ決めてないんだよね。姑娘はどこへ行きたいとかある?」
「特にはありません。長林のご実家に向かわれるのではなかったのですか?」
「そうだよ。でも私達が逃げたと知ったらきっと探されるだろう。そのとき真っ先に探されるのが故郷までの道だ。だからちょっと道をずらしながら逃げなきゃね。向こうは優秀な人材が多いし、こちらも用心しなければすぐに捕まってしまうだろうね」
肩をほぐしながら「どこに行きたい」と首を傾げる長林に鶴望兰は少し考えて何かを呟いた。
「…ん、ごめんねよく聞こえなかった。どこって言った?」
「海を、見たいです」
俯いてもじもじと指を絡め合わせる様子を見てふっと笑いが混じった吐息を漏らし、長林はパチンと指を鳴らした。
「じゃあ海沿いを行こうか。海行くなんて誰も予想しないだろうし、せっかくならいろんなものを見たいよね」
バッと顔を上げた鶴望兰の目は次第にキラキラと期待で輝き始めた。それを微笑みながら見ていた長林は部屋の明かりを落としてあらかじめ敷かれていた布団に座る。
「さあもうねよう。おやすみ、鶴望兰」
鶴望兰の頭をさらっと撫で、横たわるとすぐに規則的な寝息が聞こえてくる。その呼吸音を聞いていた鶴望兰の瞼は次第に重たくなっていき、しまいにはすうすうと眠り込んだ。




