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落陽の瞳  作者: Hozuki Rui
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遺品

影からその様子を見ていた長林は静かに安堵の息を吐き出し、肩の力を抜いて壁により掛かる。


(よかった、あの出来事以来ずっとおばさんや顔見知りとの関わりを避けていたけど少し一歩踏み出せたのかな…そういえば璋月も同じように人を遠ざけていたな。鶴望兰は、璋月とは違う未来に進めればいいが)


端正に編まれた三つ編みを手に持ち、まるで親しい人の訃報を聞いたような悲しげな眼差しをそれに向ける。そして一度強く目を瞑っていつもの優しげな、女性的ともいえる笑みを顔に纏って鶴望兰と楊がいる居間に顔を出した。


「話は終わったみたいかな?月見の準備をしよう。ほら、おばさんが作ってくれた月餅があるよ」

「はい、かしこまりました。自分は何をすればよろしいでしょうか」

「じゃあベランダでこの本を読んでてね。月が見え始めたら教えてくれる?その間私とおばさんでお茶を入れ直したりするからさ」

「ですが…それではお手伝いにならないのではないのでしょうか?」

「何を言ってるのさ。立派なお手伝いだよ?その本は嫦娥についての伝説を記してあるんだ。それを読んで月見を知ってもらうことが姑娘の準備だよ。正直、私はもうこの手の話題は飽きちゃって。姑娘の新鮮な感想が聞きたいんだよね」


そう言って鶴望兰に棚から引き出した一冊の少し古い本を差し出した。納得がいかないような顔でその本を受け取るとベランダに出て床に座って読み始めた。


「あれって…璋月の本じゃなかった?」

「まあ、そうだね。今は私のだけど」

「随分昔のなのにきれいに保管してたのね」

「…璋月の数少ない遺品じゃないか。当然大事に取っておくものでしょ」

「あたしにはそれ以上の理由があるように感じるけどね。長林、前にも言ったけどもうこれ以上自分を責めて璋月の面影を追うのはおやめなさい。あんたの人生なのよ?璋月の人生じゃないでしょう。あんたが璋月の真似をしたって璋月があんたと同じ時間を生きているってことにはならないのをわかってるでしょう?」

「よくわかっているとも。誰よりも…心臓がえぐられるほど痛く突きつけられてるよ」


強く目を閉じてゆっくりと息を吐き出す。実は長林がとっておいてある璋月の遺品はあの本以外にもある。璋月が大切にしていた簪、よく使っていた栞や今は長林が使っているあの大きな姿見。

 どれも長林が捨てられなかったものだ。それらは璋月が毎日のように使っていたもので長林はそれらの本当の主がいないことを毎日突きつけられながらも見た目だけでも璋月が生きているように誰に見せるでもないが振る舞っていた。


 璋月がしていたように本を読んで璋月の使っていた栞を挟み、簪の汚れを拭い、姿見で璋月の姿を模倣した。日々の生活の一部に璋月の習慣を模倣することが今や長林の習慣になり、長林はそれにささやかな満足感すら覚えていた。


「ならもうそれを止めなさい。あたしに言わせればあんたのその行為は緩やかな自傷よ」

「今更止めれるところにいるならもう止めてるよ」


ひらひらと手を振ってあしらう長林の包帯が巻かれた右手を見て楊は目を見開いた。


「あんたそれ…どうしたのよ!?」

「っ別に、料理中に怪我しただけだよ」

「そんなに包帯巻くほどの怪我って、あんた何をしたらそうなったの!?」

「洗い物してる時に包丁で…まあ良いじゃないか。それより月見の準備しないと、姑娘に渡した本はそこまで分厚くないんだから」

「はぁ…あたしがやっておくからあんたは鶴望兰ちゃんのとこに行ってきなさい」


そうして楊に背中を押されながらベランダに押し出された長林はやれやれと首を振りながら鶴望兰の隣に腰を下ろす。

 夢中になって本に没頭している鶴望兰は長林が隣りにいることにも気付かず、最後のページをめくった。

 読み終わったのか小さく息を吐きながら本を閉じると隣で頬杖をつきながらこちらを見る長林に驚きわかりやすく身を強張らせる。


「ち、長林。いつからそこに…」

「ついさっきだよ。おばさんに台所から追い出されちゃってね」

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