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落陽の瞳  作者: Hozuki Rui
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必死

東3棟に向かった長林は鶴望兰が通るはずだった道を念入りに探し始めた。建物の前の茂みから建物の中の廊下に至るまで。

 そして探し始めてから間もなく、廊下を隈なく探し始めた長林は鶴望兰が身につけていた佩玉が砕かれ捨て置かれているのを見つけた。


(おかしい、姑娘はこれを大切にしていたはず。落としても拾うだろうし、こんな粉々に割れることはないはずだ)

「上官、先ほど聞き込みを行ったところ铭睿が誰かに声を荒げていたのを見た者がいます」

「铭睿が?目撃者はどこだ」

「彼です」


繁许の後ろにいた男はキョロキョロと丸い眼鏡の向こうの目を彷徨わせながら長林に敬礼をする。


「こちらも切羽詰まっている状況ですので礼を欠いてしまうのですがご了承ください。貴官は8番隊の曹長で合っていますか?铭睿が声を荒げていたというのはどういうことでしょうか」


長林が敬礼を返しながら尋ねると8番隊の曹長は吃りながら話し始めた。


「こ、こちらも何がなんやら…铭睿に書類を運ぶように言ったのにあ、あまりに遅いものだから、見に行ったら少女の胸ぐらを掴んでなにか叫んでいたのだ。そ、その後少女は地下に向かって、それからど、どうなったかは知らん」

「貴重な情報ありがとうございます。驚かせてしまい申し訳ありません」


長林はにこりと微笑んで敬礼し、曹長が戻るのを確認すると脂汗を額に滲ませながら足早に階段を駆け下りていく。

 地下に着くと長林は歯を食いしばった険しい表情でドアを次々と開け放っていく。繁许が声を掛けるも聞こえていないのか大きな音を地下の暗い廊下に響かせながら鶴望兰を探した。


 一番奥の部屋のドアを開けた瞬間、栗の花にも、腐った海鮮物にも似たような匂いに混じってむせ返るような血の匂いが地下に広がった。


「っ…!姑娘…?そこに、いるのかい」


薄暗い地下室の明かりは入口をほんの少し照らすだけで部屋の奥までは見えなかったが長林は鶴望兰がそこに居ると確信していた。

長林の声に反応し、闇の中で何かが動いた。


「長林ですか?」

「あ、ああ。私だ…そこに居るんだね?電気をつけるよ…?」


長林が震える手で壁をまさぐり、電気のスイッチを作動させるとジジジ…と何度か点滅しながら小さな豆電球が狭い部屋の中を照らし、中の様子を明らかにした。


「彼女が見つかったんですね、よかっ」

「ッ来るな!!」


ホッとした表情で近づいてくる繁许を長林は鋭い声で制した。真っ青な顔と震える口元を見た铭睿は只事ではないと察知しピタリと足を止めた。


「じょ、上官?一体何が」

「今すぐ阿霖に鶴望兰が見つかったと伝えてこい。そして王大佐と孫少佐に面会を申し込め。私は鶴望兰を先に医務室へ連れてゆく。早く!」


切羽詰まったような、しかしどこか悲痛さも感じられる長林の叫びに繁许は放たれた矢のように走り出した。


 一方の長林はおびただしい量の血を流し、千切れかけた肉片を撒き散らして仰向けに倒れる二人の男の死体を見ると込み上げてくる吐き気を生唾を飲み込んで抑え、血を踏まないように慎重に乗り越えた。

 2人分の血を搾り取ったのではないかと思うほどの血の海にピクピクと動く肉片が見えることから死んでからそう時間が経っていないことが分かる。1人は扉に近いところで倒れており、逃げようとしていたのだろうか、扉へ伸ばされた手は特にズタズタに骨が見えるほど切り裂かれ黄色い脂肪がうっすらと骨を覆っていた。

 長林はそれらを見ないように視線を前に固定して手汗が滲む手を握る。そして部屋の奥にいた鮮血と白濁した液体にまみれたあられもない姿の鶴望兰に、少しでもその裸体を隠そうと自身の上着を掛けた。


「一体、なにが…」

「お願い、したんです」


予想だにしなかった状況に言葉を失った長林の絞り出すような問いに鶴望兰は俯いたまま答える。


「朱殿に孫少佐が自分をここへ呼んだとお聞きして、この部屋に来たんです。扉を開けた瞬間突然腕を引かれ中に引きずり込まれ、何も見えない中で押さえつけられたんです。っ自分はお願いしました!止めてくださいと…!な、何度も…!でも、でも」

「わかった、もう、もう辛いなら言わなくて良い、それ以上は、姑娘が辛いだけだ」


長林は徐々に割れそうな声になっていく鶴望兰を強く抱きしめた。


「でも、一瞬だけ、一瞬だけ目があったような気がしたんです、廊下の光が漏れて、顔が見えて、笑っていた目と、それで」


鶴望兰の声に笑いが混じり始める。


「裂けてしまえばいいって、思ったんです、裂けて、細切れになってしまえば、自分にこんな、こんなことしなくなるって!長林、長林、自分は何を間違えていたのでしょう?何を間違えてしまったのでしょう?どうすれば、全て元通りになりますか?長林…お願いです…」


助けて、と小さく呟かれた言葉に長林は鶴望兰を抱きしめる腕に力を込め、頭が痛くなるようなほどの栗の花の匂いが一層強く香って胃の中のものを全て出してしまいそうになるのを堪え、シワが寄るほど目を強く閉じた。


(せめてこの子だけでも、天は救ってはくれないのか…!)


弱々しく長林の服を握る鶴望兰の手から完全に力が抜け、抑え込まれた泣き声が聞こえ始めた。

鶴望兰を抱き上げた長林はすっぽりと鶴望兰が隠れるように上着をかけ直し、震える膝に力を込めながら一歩ずつ階段を登っていった。

 時折なんの液体かも分からない雫が床に垂れる音だけが鶴望兰の泣き声に混じって聞こえる以外には何も音はなかった。

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