懐古
夕方を過ぎた頃、長林が家に着くと居間から楊の明るい声が聞こえてきた。
「ただいま。何を話してるのふたりとも」
「あ、おかえり。噂をすればなんとやらってホントだったのね。いまあんたの話しをしてたのよ。そうそうちょっと話があるのよ」
楊はせかせかと長林を台所の隅に追いやるとガシッと肩を組み、小さな声で話しだした。
「ねえどうなってるの?鶴望兰ちゃんアレが来てないどころかアレがなんだかも知らなかったんだけど!?本当に16歳であってるわよね!?」
それを聞いた長林は低くうめきながら顔を手で覆う。
「やっぱりか…」
「何知ってるのよ!早く言いなさい!」
「ちょ、揺さぶらないでよ…!栄養失調で止まってたらどうしようって思ってただけだよ…!もしそうだったらずっと放置しておくのは問題だからおばさんに聞いてもらって…!」
小声で伝えると楊はやっと揺するのを辞め、深刻な表情で考え込んだ。目が回ったのか長林は頭を抑えながら息をつく。
「予想よりずっと深刻みたいだ…早めに医者にかかることにするよ」
「そうね。その時もあたしがついていくわ。あんたとじゃ気まずいでしょ」
「うん。お願いするよ」
小声での小さな会議が終わると長林と楊はそそくさと居間に戻る。二人の奇妙な行動に首を傾げる鶴望兰の気を逸らそうと楊は長林を指差す。
「鶴望兰ちゃん、さっき長林が小さい頃の話ししてたじゃない?この子ってば小さい頃は似ても似つかないほどやんちゃだったのよ」
「は、ちょっとおばさん何を…!?」
長林が慌てて止めようと遮るのを躱して楊は満面の笑みで続ける。
「長林が小さい頃高いところが好きだったのか、いっつも2階の窓から身を乗り出しては怒られて拗ねたり、鼻に詰め込んだものが取れなくて街まで行って医者を呼んだりもしたのよ」
「本当に言った…嘘だろ…?」
全て暴露されてしまった長林は両手で顔を覆い隠し背中を丸めた。
「ふ、ふふっ…ははっ」
押さえた口から漏れ出た控えめな笑い声が聞こえた瞬間、長林はガバっと顔を上げ、楊はピタリと動きを止めた。驚いた鶴望兰はすぐさま口をつぐんだが長林と楊は既に喜色満面で、楊に至っては目頭を押さえて天を仰いでいた。
長林は鶴望兰の横に移動すると、鶴望兰の頭を優しく撫でながら感無量といった様子で目をうるませていた。
「姑娘がうちに来てからしばらく経ったけど思えば姑娘の笑い声を聞いたことがなかったね。うん、すっごく良いことだ。これからもどんどん面白いと思えること、楽しいと思えることをひとつずつ探していこうね」
「やだあたしったら…年を取ると、涙もろくなっていやねぇ」
ズビ、と鼻をすすり上げた楊は長林を押しのけて鶴望兰をしっかりと胸に抱きしめた。そしてゆっくりと髪を梳くように優しい手つきで頭を撫でる。
鶴望兰は戸惑ったように手を彷徨わせたが最終的には楊の背に遠慮気味に腕を回した。




