針の筵
しばらく二人は無言で歩みを進めていくと長林が一つの扉の前で足を止め、数回ノックしてから室内に入る。中は他の一般兵士の部屋と何ら変わりはなく、数人の軍人が控えめな談笑を交わしつつ事務仕事をこなしていた。長林は入口付近にいた部下に軽く挨拶をして卓上にあった帳簿を手にとってパラパラと何かを確認していた。
「ここが私が所属する第5番隊。普段は首都の巡回や治安維持が主な仕事だから、頻繁に危険な目に合うことはないから安心して。そうだな…行動するときは私の目がある時間帯がいいな。火曜日と水曜日の午前中、土曜日の午後はどうかな?」
「問題ありません」
「よしよし、じゃあそれぞれの班長と軽く顔合わせしておこうか。これから同僚になるわけだしね。謝繁许と朱铭睿、あと魏阿霖も来てくれ」
長林が声を掛けると吊り目の生真面目そうな丸坊主の青年と流行りの髪型の若者、爽やかな風貌の三人の中で一番年上のような貫禄がある人物が長林の前に一列になり、敬礼した。
「ご挨拶申し上げます!」
「おはよう、丁寧にどうも。君たちを呼んだのは彼女を君等の班に加える為、顔合わせと挨拶を兼ねている。彼女はもともと10番隊に所属していたが今日から心理治療の一環で5番隊と行動する。私の勝手な決定で済まないけれど、君たちの班に入れる予定だ。他の隊の人間と行動することはあまりないし、礼者ともなれば関わる機会自体少ないから、君たちにとってもいい経験になるだろう。鶴望兰、彼らは右から魏阿霖、朱铭睿、謝繁许だ」
「鶴望兰と申します。足らぬところもありますが、何卒ご指導お願いいたします」
鶴望兰は深々と頭を下げたが、三人は眉を寄せたり視線を泳がせたりと挙動不審な行動を見せた。丸坊主の謝繁许がすっと手を上げて発言を求め、長林が少し首を傾げつつも許可する。
「上官、この…『彼女』は天与礼者であっていますか」
「そう。心理的な問題で能力値が落ちてしまったとのことで回復と治療を命じられた。今回の人員の追加はその治療の一環だ」
「治療って…勘弁してくださいよ上官。10番隊と言っても天与・前方部隊でしょう?上官もご存知ではありませんか!天与礼者が軍の中でどのような位置にいるのか」
繁许と長林との会話にヘラヘラと笑いながら割り込んだ铭睿の言葉に場の空気が凍りつく。不快そうにピクリと眉を顰めた長林に構うことなく、铭睿は依然として笑顔で続ける。
「いくら我々が上の決定に逆らえる程の地位にいないとはいえ、首都部の治安を維持しているという誇りはあります。だから半鬼、さらに能力が半端な半鬼以下のヤツなんかと行動などできません」
笑う铭睿の両端の二人は気まずそうな顔をするものの、諌めることはせず。一方の鶴望兰は頭を下げたまま顔を上げようとしない。息苦しい空気が部屋中に広まり、誰も口を開こうとしなかった。
「半鬼、か…私は軍で初めて聞いたが天与礼者を指す侮蔑的な言葉らしいな。それを礼者の前で堂々と口にするのを見る限り君が普段どのような振る舞いをしているのか目に浮かぶ。1つ問うが、我々が守るべき市民の中に助けを求める人がいる。仮にその人が礼者であれば君たちは助けないつもりかな」
小さな子に問いかけるような口調で三人に問うと、繁许はうろたえながら否定し、阿霖は繁许に同調するように頷く。唯一、铭睿だけが違った反応を見せた。




