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落陽の瞳  作者: Hozuki Rui
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長林は2人を残し、鶴望兰が寝ていた部屋に入り、卓上の溶けかけた蝋燭に火を付け、懐から一通の手紙を取り出した。

雷華軍の字が書かれたその手紙は王からのもので、次の非番の日に鶴望兰を連れて中間報告に来いという内容だった。


 手紙を読み終わった長林は顔をしかめ、鶴望兰の前にいた時とは想像もつかないほど乱暴な仕草で髪をグシャグシャにかき乱す。


(鶴望兰の精神状態を鑑みると負荷になりそうな軍には連れて行きたくない…が、所詮伍長に過ぎない俺がどうやって大佐の命令を断るっていうんだ?勘弁してくれ、これだから軍の人間は嫌いなんだよ…)


長い深いため息を付いたかと思えば慣れた手つきで懐に手を伸ばしライターとタバコを取り出す。そして火を付ける直前で首を振り、タバコを近くのゴミ箱へ投げ捨ててライターを引き出しにしまった。


 しばらく視線を彷徨わせたあとおもむろに机の上に置かれた手帳に手を伸ばし、自身の勤務表を確認する。びっしりと埋められた1ヶ月間の予定に3つほど非番を示す赤丸が、ちょうど現在から一週間後に付けられていた。それを見た長林は苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをする。


「長林、楊さんが料理の手伝いをして欲しいそうです」


鶴望兰が引き戸を開け、控えめに呼ぶと長林は先程までの不機嫌そうな表情を引っ込め、何事もなかったような笑顔で返事をして厨房へ向かった。


「それでおばさん、私になにか話があるんじゃないの。わざわざ炒飯しかできない私を呼ぶなんてさ」

「ええ、まあ…忠告があるのよ。勿論あんたがそんなことするなんて本気で思ってるわけじゃないけど、それでも鶴望兰ちゃんの年を考えれば可能性が無に等しいとしても言っておかなくちゃいけないでしょ?大人として、女としてもね」


珍しく歯切れ悪く遠回しに伝えようとする楊に苦笑いを返しつつ、長林は流しにある食器を洗い始めた。


「分かってる。姑娘をそんな目で見たことは一度もないし、絶対におばさんが思っているようなことは起きないって誓う。姑娘は…近所の子供か、妹みたいな感じだよ」

「そう、それなら良いのよ」


楊はホッとしたように笑い料理を再開した。


「それにしても鶴望兰ちゃんの名前は誰がつけたのかしら。字も付けづらいし、人の名前で鶴望兰ストレチアってあんまり聞かないわよ」


楊はため息混じりにぼやいたのを聞いた長林は皿を洗う手をピタリと止める。


「そんなに変なのかな。ほら、女性に花の名前を使うのなんてよくあるだろう?」

「だとしても1文字2文字程度でしょ。3文字はなかなか…まさか、あんたが名前決めたの?」


長林の強張った顔と額に浮かぶ冷や汗を見て楊が怪訝そうに言う。長林は黙ってゼンマイ仕掛けの人形のように硬い動きで頷く。

楊は盛大に溜め息をついて鍋の料理を皿に移した。


「あんただったのね…昔拾ってきた犬に『肉餅(ろうびん)』って名前つけようとしてたけど、名前をつけるセンスの悪さは変わってなかったのね」

「いや、あれは肉餅あげたらよく食べてたから…」

「あの後璋月とあんたの母さんに犬にそんなものをあげるんじゃないと怒られてべそかきながらうちに来てたわね」

「昔の話は勘弁してよおばさん…机の上拭いてくる」


皿洗いを終わらせた長林は逃げるように湿った布巾を持って居間へ避難した。

ふわっと揺れる長林の長い髪を見て楊は昔を懐かしむような遠い目をして溜め息を付く。


「まだ自分に璋月の面影を写し求めているの?長林…そこは、変わってほしかったけれど」


1人薄暗い台所に立つ楊は誰に聞かせるでもなくつぶやき、その言葉は夜の静けさに飲まれてしまった。

肉餅は中国の家庭料理です。しょっぱいクレープみたいな生地に肉そぼろ(違う可能性あり)を挟んで焼きます。食べたことはないですが。

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