懺悔
「…自分は思い出したのです。忘れてはいけなかったのに、一生…忘れてはいけないことだったのに」
罪人が罪を告白するように切り出した鶴望兰の両手は長林が握っているにも関わらず、依然として氷のように冷たかった。
「多くの人を殺していたくせに。それを罪とも思わず、のうのうと息をしていたことをどうして忘れていられたのか、今でも死んでしまいたい程悔やまれます」
「姑娘、そんなことは」
「いいえ、あるのです。遮ってしまい申し訳ございません。ですが長林、いえ、劉伍長さま。この世にはどんなに善行を積もうとも許されない罪深き者がいるのです。…自分のように」
一度切り、しゃくりあげた。長林は時々頷いて相槌を打ちながら静かに耳を傾け続ける。
「軍で生まれ育ち、『軍の為にあれ』、『軍の所有物としての価値を示せ』と言われてきた自分はその言葉を信じ、軍の敵であれば自分の天与礼物を使って人を殺めることを、厭いませんでした…例え…無実の民間人であろうと…」
「そして…姑娘は殺人が罪になることを知り、罪悪感を感じているわけだね」
静かな長林の言葉にそっと頷く鶴望兰の唇は噛み締めすぎて血が滲み始めていた。言いたいことが渦を巻きせり上がった言葉が鶴望兰の口をふさぐ。長林は握りしめた手を離すことなく髪を風になびかせながら静かに鶴望兰の口が開かれるまで側にいた。
どれほど時間が経ったのかは定かではないがきつく結ばれた口がゆっくりと開かれる。
「…お恥ずかしながら、自分は『軍の敵』と教えられた方のご遺族に人殺しと言われるまでは自分が罪を犯している自覚すらございませんでした。思い出した今では、血に濡れたあの方を抱きかかえ涙しながら人殺しと叫ぶご遺族のお顔が頭から離れないのです」
「…辛かったね」
「自分などより、残されてしまった方々のほうがお辛いはずです」
労るような長林の眼差しから心苦しそうに顔をそらす。
「いいや。私は君が心配なんだ。ほかでもない、君が。君はまだ16歳に過ぎない少女なのに、こんなに重い罪悪感を感じていることが。姑娘は若い。これから長い人生を歩いていくにはその罪悪感は重すぎる」
「…これが代償なのでしょう。何も知らず、何も知ろうとしなかった無知で今ものうのうと生きながらえている恥知らずの自分への罰なのです」
「どんな聖人だって教えられることなく生きていれば悪を悪だとわからないものだよ。どうか自分を責めないで上げて欲しいんだ…お願いだよ」
長林は鶴望兰の頭に手を添え自身の額を鶴望兰の額にコツンと当てる。
「今までよくその罪悪感に耐えてきたね。お疲れ様。でももう良いんだよ、姑娘がそれを背負う必要はない。これからは人間として正しく幸せを感じて良いんだよ」
「良いのでしょうか…?本当に、許されないことをした自分でも、幸せを感じて良いのでしょうか…?」
「誰が、なんと言おうと姑娘には幸せになる権利がある。私が保証するよ」
ゆっくりと頭を撫でられているうちに鶴望兰はとうとう声を上げて泣き始めた。
わんわんと子どものように抑えていたものを声を出して吐き出すように泣く鶴望兰の背中を撫でながら、泣き止むまで長林は何も言わず、ただ静かに鶴望兰の傍にいた。
少しずつ涙は止まり、しゃくりあげていた声も薄くなり、涙も乾いた頃。長林は靴擦れで足を痛めた鶴望兰を背に負って帰路につく。
玄関の呼び鈴を鳴らすとバタバタと足音が近づいて、勢いよく扉が開かれた。
「ようやく帰ってきたのね!あんたが先に帰るって言うからあたし、家に直行したのに長林ってば帰ってきてないし、鶴望兰ちゃんもいないからてっきりなにかの事件に巻き込まれたのかと思ってそろそろ軍警に連絡するべきか迷ったのよ!?でも軍の伍長の長林が消えたなんて言うわけにはいかないような気がして、あたしもう…!」
息を付く間もなくまくしたてる楊を長林は笑いを交えながら宥める。そんな長林の後ろで鶴望兰は泣き腫らした目を隠そうとしているのか、ややうつむきながら長林の背に額を押し付けて顔を隠す。
だがそれを楊が見逃すはずがなかった。




