靴擦れ
「鶴望兰ちゃん、落とさないようにあたしが持っていましょうか?」
自身の鞄を見せてそう提案したが鶴望兰はぎゅっと口紅を握りしめ、少し悩んだ様子の後そっと楊に差し出した。
楊は面食らった後、苦笑して鶴望兰の手を包み込むようにして再び口紅を握らせた。
「そんなに気に入ってるなんて…気づかなくてごめんなさいね、これは鶴望兰ちゃんが持ってなさい」
「…はい」
コクリと小さく頷く鶴望兰の頭を撫でる楊に長林は意味ありげな視線を送る。その視線に気付いた楊は腰に手を当て自信満々に胸を張った。
「はいはい、分かってますよ。全部あたしに任せなさい」
楊は再び長林と鶴望兰を引き連れて賑やかな市場を闊歩し始めた。
その後は楊の見立ての元、鶴望兰に必要なものを揃えていった。普段着るための服、寝る時の服、小物類などなど…
最初は楊の後ろを離れることなくついて回っていた鶴望兰だったが、途中から歩きづらそうに長林の後ろへと回ってしまった。それに気づいた長林は足を止め鶴望兰の顔を覗き込む。
「どうした姑娘?歩きづらそうにしてるけど…」
「いえ、問題ありません」
「あのね、私が大佐から君を保護するように言われているのは知っているだろう?これもその一環だから何があったのか言ってごらん」
「歩けないわけではございませんので」
「それでも痛みがあるから歩きづらそうにしてるんじゃないのかい?靴擦れなら布を巻いてあげるからどっちの足が痛いかだけでも教えてくれる?」
それでも一向に言おうとしない鶴望兰に長林は肩をすくめ、買い物中の楊から離れて半ば強引に近くの長椅子に座らせた。
そして鶴望兰が止める間もなく引きずり気味だった左足の靴を脱がせ、ズボンの裾をたくし上げた。予想通り、ズボンの裾の下には靴擦れが痛々しく血を滲ませていた。
しかし、それ以上に長林から言葉を奪う物があった。
「鶴望兰、これは、この、模様は…」
「…雷華軍所属の礼者である印の刺青です」
平均と比べると随分小さな体格と同じぐらい細く華奢な青白い足首には痛々しい靴擦れよりも、一際目立つぐるりと一周している優美な赤い牡丹の模様。
牡丹はこの国の軍が掲げる象徴の花。それを刺青にしようとする輩はまずいない。更に言えばこの刺青はどこか足枷のようにも見える。
「これは姑娘が自主的に入れた…なんてことはないよね?」
「はい。おそらく軍によって入れられたものです」
「おそらくって...覚えていないのかい?」
ぼんやりと思い返す素振りもなく言う鶴望兰に長林は小首を傾げながら問い尋ねると鶴望兰は小さく頷いた。
「そうか...って、違う違う。勝手に姑娘の裾を捲り上げたり、秘密を暴くようなことをしてしまって申し訳ない」
真剣な顔で考え込んだかと思えば、頭を左右に振って勢いよく頭を下げる長林と、それにどう反応すれば良いかわからず単語にならない言葉を途切れ途切れに発する鹤望兰。
一種の混沌的な空間と化したこの時を女性の、悲痛さで人を切り裂いてしまえるのでは無いかと思うほどの叫び泣く声が止めた。
川沿いに並ぶ木製の長椅子に腰掛ける鶴望兰の前に膝を立ててしゃがみ込む長林の、背の向こう。人通りが活発な大通りを何人もの女たちが大声で泣きながら太鼓を鳴らして進行している。
「ああ、姑娘は初めて見るのかな。彼女らは泣き女といって、葬式のときに個人のために泣くのが仕事なんだ。きっとどこかの富豪が亡くなったんだろうね」
背後を一瞥して泣き女の説明を軽く終えた長林は自身の手巾を鶴望兰の靴擦れ部分に巻き付けて応急処置を施した。
「はい、できたよ…姑娘?姑娘!」




