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晩秋の燕岳 ~山道の罠~

北アルプスの燕岳は、紅葉が終わり枯れ木が山肌を覆う寂しさの中にあった。       

 山頂を目指す五人のグループは、それぞれの思いを胸に山道を進んでいた。

 リーダー役の梶原、爽やかな若手社員の亮、無口で真面目な山本、明るいムードメーカーの佐藤、そして教師の宮本がそのメンバーだ。一見仲の良さような登山グループのようだが、どこかぎこちない雰囲気が漂っていた。

「梶原さん、あとでこれを読んでおいてくださいよ。」

亮が梶原に小さな封筒を差し出した。その動作に、山本と佐藤が目を留める。

「なんだ、それ?」

佐藤がニヤニヤしながら尋ねる。

「まあ、大したことじゃないんですよ。でも、後で話しますから。」

亮は笑って言ったが、その目は真剣だった。

 梶原は封筒を受け取るとザックにしまい込み、軽く話題を切り上げた。

「さて、そろそろ本格的な登りだぞ。気を引き締めていこう。」


 梶原、宮本、佐藤は大学時代からの登山仲間であり、年に何度か登山を楽しんでいた。亮と山本は梶原の同僚で、宮本と佐藤は梶原と亮、山本も加入しているDYIの趣味サークルの仲間でもあった。

 飲み会で意気投合した彼らは、梶原、佐藤、宮本が北アルプス登山を計画していることを知り、亮と山本は初心者ながら参加を希望したのだった。

 今回の登山ルートは北アルプスの人気コースとして知られ、燕山荘へは登山口からは標高差1,303m、整備された登山道を約5時間の急登。ジグザグ登りが続き、合戦小屋までの間に第一ベンチ・第二ベンチ・第三ベンチ・富士見ベンチと休憩ベンチがあり、初心者にも優しいと言われるコースである。

 4時間ほどで合戦小屋に到着。さらに展望が開ける合戦尾根の頭を通過し燕山荘へ向かうのだ。そして山荘より燕岳頂上(2,763m)へは約30分。

 燕山荘で一泊した後は槍ヶ岳を望みながら北アルプスを代表する縦走コース(表銀座コース)で常念山脈最高峰の大天井岳(2,922m)へ向かうスケジュールであった。


 登山道は次第に急になり、合戦尾根へと続くジグザグの道に差し掛かった。

 いかに初心者に優しいコースといえど亮と山本にはきつい急登で、ここまで各休憩ベンチや合戦小屋で、もれなく休憩して来ていた。

「ちょっとペースを上げるぞ。頑張れ!」

梶原が先頭を歩きながら全員を鼓舞するが返事はない。相当疲れているようだ。

 しばらくすると、ジグザグの急登を登りながらグループは集団ではなくなり一人ひとりの間隔が開いていた。先頭は梶原、だいぶ間隔が開いているが一人気を吐く亮が二番目、三番目に宮本、四番目に山本、最後が佐藤だった。

 ジグザグの急登はヘアピンカーブのように先が見えない場所も所々にあり、各人はもはや単独登山者のようだった。

 息を切らしながら登ってきた山本は、ふと自分の後ろ、最後尾から登ってくる佐藤に目をやる。佐藤はうずくまり何かをしているようだった。


 だいぶ先を行く梶原の姿を見あげた宮本は、梶原が手招きしているような何かしているような姿に見えた。ほどなくして、急登カーブの木立の切れ間から亮の姿が見えたので梶原が亮を手招きしているのだと思った。亮はそれでも苦しそうに下を向き懸命に登っているようだ。初心者のくせに頑張るね。宮本は心の中でつぶやいた。



「おい、亮はどこだ?」

 展望の良い合戦尾根を過ぎ、背の高い木々がなくなり森林限界を過ぎたあたりで休憩しながら後続を待っていた梶原が言った。

「あいつ、槍(槍ヶ岳)が見え始めてから写真撮りながら歩いてたからな。少し遅れてるんだろう。」

佐藤が呼吸を整えながら軽く肩をすくめた。

「じゃあ俺、戻って様子見てくるよ。」

宮本が言い、後ろに戻って行った。

「頼む宮本。俺たち先に燕山荘に行って待ってるから。」

梶原はそう言って他の仲間と燕山荘に向かった。

 だが、宮本が亮を探すも手掛かりなく燕山荘に合流した時、亮が見つかったとの一報が燕山荘に届いた。後続の登山者が合戦尾根崖下に転落した亮を発見したのだ。

 救助隊が出動したが亮は残念ながら息絶えていた。

 間もなく警察が到着し、燕山荘にてグループ全員が警察の事情聴取を受けることになった。


疑惑の矛先

 燕山荘の食堂では、亮の姿が見えなくなった時間を中心に個別に簡単な事情聴取が行われたが、詳細は下山後に最寄りの安曇野警察署であらためて行うこととなった。


 「亮が落ちた場所に切り株があって、そこに何か貼られていた痕跡があるらしいな。」

 宮本が現場検証していた警察官と刑事が話していた内容を全員に言うと山本が口を開いた。

「それ、佐藤さんが貼ったんじゃないんですか?」

「俺?何の話だよ!」

佐藤が驚いた顔をする。

「だって、俺、登山道の途中で佐藤さんが何か道具をいじってるのを見ましたよ。」

山本がそう言うと全員の目が佐藤に向けられた。

「いやいや、それは俺が靴の泥を落としてただけだって!第一、貼ってあったって何だよ。何が貼ってあったって言うんだよ!それに俺には亮を殺す理由もないぞ。」

佐藤は激昂したが、疑いの目は変わらなかった。


捜査の進展

 救助隊に救助された亮は、その日のうちにヘリコプターで一足早く下山し、松本市内の病院で検分を受けることになった。

 燕山荘に一泊した一行は、縦走の予定を切り上げ下山することにした。

 辺りをオレンジ色に包み、秋の風に雲が足早に動いて行く燕山荘の朝、明るくなると早速、宮本は警察と共に現場を見ていた。

 滑落現場には、切り株に貼られた鏡のようなミラーシートの痕跡が見つかった。痕跡から推定で幅50cm 長さ100cmほどのミラーシートが貼られていた痕跡だった。

 恐らくミラーシートの鏡面効果で偽りの登山道が写し出され、亮がその反射光によって登山道を錯覚、そのまま崖に直進して転落した可能性が高いと推測された。

 さらに、亮の靴紐が解けていたことも判明。靴紐には何か油性の物質が塗られており、通常の結び方では少しの摩擦で解ける仕組みになっていた。

「靴紐に細工がされている以上、計画的な犯行だろう。しかし、ミラーシートを持ち込める人間が限られている。」

 警察の言葉に、宮本はふと何かを思い出したように呟いた。

「なんであいつが…」


真犯人のアリバイ

「俺はずっと佐藤と一緒にいた。アリバイがあるぞ。」 

宮本が再びグループ全員に話を振ったとき梶原が強く言った。

「それは違う。」

宮本が梶原を見据えた。

「亮が滑落した時間帯、佐藤君は確かに道端で靴の泥を落としていた。しかし、梶原、君はその時、先に行っていたと言っていたのに、君が何かをしていたのを俺は見ているんだ。」

梶原は一瞬表情を曇らせたが、すぐに笑顔を作った。

「何を言ってるんだ。俺は何もしていない。」

だが、宮本は畳み掛けた。

「切り株にシートを貼り、靴紐に細工をしたのは君だよ。そして、それを行うために亮を自分の次に歩かせ、さらには距離を取って間隔を開けさせて準備の時間を作り、その後で亮を焦らせ崖に誘導する必要があったんだろ? だからあえて皆の歩くペースを速めて間隔を開けさせたんじゃないのか?」

宮本の言葉にたじろぐ梶原だったが強気に言った。

「俺がなんで亮を事故らせるんだよ? 動機がないだろ? それにミラーシートなんて俺は知らないし、第一そんな荷物になるもの持ってくるかよ!」

決定的な一言だった。

「梶原、自白したな。」

宮本は静かにそういうと燕山荘の名物コーヒーを口に運んだ。


「貼ってあったモノがミラーシートなんて誰も言ってない。俺は単にシートと言っただけだ。」

梶原は目を見開いたまま何も言わない。すると同僚の山本が口をはさんだ。

「会社の中でも出世頭と言われる梶原さんだけど、最近はあまり良い話聞かないんだよな。」

宮本が続く

「もしかしてお前、何か亮に弱みを握られてたのか?」

梶原は力なくその場にへたり込んだ。


 警察は梶原のザックを調べ、その中から光沢のあるミラーシートの切れ端と一通の封筒を発見した。封筒は登山のはじめに亮が梶原に渡したものだった。

「封筒の中身が、あなたの不正を暴く証拠だったと知っていて計画的に亮さんを事故に見せかけて始末しようとしたんですね。」

梶原は観念したようにうなだれ、そして一言叫んだ。

「あいつが俺を脅して金をせびってたんだ。自業自得だ!」



エピローグ:山の静寂

 DIYサークルとしてはミラーシートの存在は誰しも知るところ。この事件は、まだ陽が高いうちに誰にも知られぬように短時間で仕掛け、登山道をよく知る梶原がタイミングをはかり、初心者で初登山の亮をうまく誘導することが鍵であった。

 梶原は登山道を先行し間隔が開き誰の目にも止まることのないタイミングでミラーシートを切り株に仕掛け、合戦小屋で休憩した際に亮の登山靴の靴紐に細工を施した後、先に行ってみんなが見えなくなった頃、封筒の中身について話すと亮を誘って事故に見せかけ転落させたのだった。

 

 事件が解決し、晩秋の燕岳には静けさが戻った。夕暮れ時、宮本は燕山荘前のテント場から広がる雲海を眺めていた。

 下山予定だったがもう一泊し、明日の朝、北アルプスの女王の頂きに臨み、雷鳥の歓迎を受けてから下山しても良いかなと思っていた。

「山は人を癒す場所のはずなのにな。」

宮本は呟いた。北アルプスの風はその言葉を吸い込むように、静かに吹き抜けていった。

 間もなく北アルプスにも冬がやってくる。




10分以内に読了できる超短編山岳ミステリーとしてA.Iが書き下ろしました。

プロットに基づきA.Iが作成しました。

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