第一話
父の四十九日が終わり、私は、しばらく誰も立ち入らなかった書斎に踏み入れた。
すっかり傷心してしまった母を労ってのことだった。
父の書斎について、別段、特記することはないが、少々ばかり本が多かった。純文学から漫画まで、作家である父は面白い本は選り好みせずに買い集める質だった。
生前の父について覚えていることは少ない。
冷たく接された訳でもなく、寧ろ、甘やかされて育ったと思う。しかし、父は家族の前でさえペルソナを被って、いたって凡庸な父親を演じていた。
だからこそ、父のことは慕っているつもりだったが、ついぞ死ぬまで父の人としての底を覗くことは叶わなかった。
そのせいか、父が死んで、悲しいという気持ちは確かにあるものの、葬式の時も法要の時も泣き喚く様なことはなかった。少なくとも母の様には。
段ボールに父の本を詰めている今も、特別な感慨はない。
そこで、書斎にあった観葉植物の葉先が枯れ始めているのを見つけた。
そして、一つ思い出した。
書斎の机に備え付けられた鍵付きの抽斗。それの鍵を父は鉢受け皿に隠していた。
以前、父がそこから鍵を開けているのを見かけたことがある。当時は、抽斗を見てみようと思いもしたが、怒られるかもしれないとも思って、結局、やめた。そして、そのまま忘れていた。
今もあるのかとふと疑問に思い、植木鉢をひっくり返してみると、そこには簡単なつくりの鍵が錆びついて横たわっていた。
それを私は手に取るが、しかし、躊躇した。
死人に口無しというが、それでも、勝手に父の秘密を覗くことは卑怯であると感じたのだ。
だが、好奇心は胸の内から湧き出て留まらなかった。
気づけば、私は抽斗の鍵を開けていた。
半狂乱で薄暗い空間に残されているものを確認する。
そこには、通帳やクレジットカードなどに紛れて、分厚い封筒が入っていた。封のされていない口からは原稿用紙が覗いている。
原稿を取り出してみると、その字は間違いなく父の字であった。
私は、それを父の遺作だと錯覚した。だが、中身を読み進めていく内に、それは間違いであったと知る。
父が死ぬまで秘匿していたのは、父のこれまでの人生と心情をグロテスクなまでに直接的に綴った手記であった。