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【外伝】近衛篤麿 ㉑防災訓練?

1922年(大正11年)8月


国防大臣となった高麿は、水を得た魚のごとく精力的に活動を開始しておる。


国防委員の時には、自分の思い通りには活動出来なかったからな。

とは言っても、最初からいきなり軍部へあれこれと口出ししたのでは反乱の原因にもなりかねぬから、そこには留意しておるらしい。


そこでもっぱら行っておるのは、新兵器の開発らしく、最近も兵器の質的向上の為に、どこかの大学に所属する研究者と、熱心に打ち合わせをしておるみたいだ。


「ある程度の見通しが立ちましたので、父上も会議に参加されますか?」


と言うので、何をしておるのか興味が湧き、統合作戦本部長の岡田啓介大将と共に国防省の一室で行われた会議に参加した。

岡田大将は、私より5歳若い54歳で、性格的には軍人というよりは、政治家向きのように私は評価している。

どことなく飄々としており、鋭い質問を受けても、のらりくらりとかわしそうだ。


この場に参加した人物は、高麿の他に2名いて、それは東北帝国大学の研究者とその助手だそうで、何やら知らぬが、金属製の棒のようなものを持ち込んでいるが、これは指向性短波アンテナという物らしく、彼らはその研究をしておるとの話だった。


ほう。アンテナか。

数年前にアメリカにおいて、ラジオ放送というものが始まっており、日本でもその動きがあるというが、それがどうした?


それはラジオ放送に使うのであろう?ここに来たのは兵器の話をする為ではなかったのか?

どういった関係があるというのだ?


岡田大将も怪訝な表情をしておるし、高麿に対して言った。


「近衛国防大臣閣下。何やら畑違いの場に来てしまったみたいですが、私は忙しいのでここで失礼します」


高麿はそれを引き留めて言った。


「岡田大将。まあそう言わず、話を聞いてから判断してください」


「はあ…しかし、私はラジオに興味は有りませんが…」


「実はこの装置は、兵器として転用できるのです。

とは言っても、こちらにいらっしゃる研究者の方々がそれを狙って開発したわけではありませんが」


ここで二人の研究者が口を開いたが、ずいぶん緊張しておるな?

岡田大将が同席しているからか?

この人は軍人ではあっても、それほど威圧感のある雰囲気は持ってはおらぬがな。


「東北帝国大学工学部にて、教授を拝命しております八木秀次と申します。

そして隣にいますのは、私の助手で宇田と申します。

私自身も、近衛国防大臣閣下からご指摘いただくまで気付いてはいなかったのですが、このアンテナを改良することによって、電波探信儀なる物へと転用が可能であろうとの結論に至りました」


「電波探信儀??それはどういった効能のある物なのですかな??」


岡田大将は、全く理解しておらぬみたいだな。もっとも私も同様だが…

いったい何であろうか?


「例えば、遠くにある物体を、この受像機と言われる画面に映し出すことが可能になります」


ふむ?今一つよく分からぬが…

質問してみよう。


「八木教授といわれたか?

私のような素人にも分かるようにご説明いただけないだろうか?」


八木何某は汗を拭きつつ言った。


「こっ…近衛総理。大変失礼致しました。

具体的に申し上げますと、この金属棒から電波というものを発射し、反射して返ってきた信号を受像機に映し出すのです。

この原理を使えば、実用化には相当な時間がかかりますが、様々な効用を期待出来ることが判明しました。

例えば、深夜の海上において、敵艦の存在を遠距離から探知可能となります」


それまで興味が無さげであった岡田大将は、一気に驚愕した表情になって叫ぶように言った。


「なんですと!?そのような事が本当に可能となるのですか!?もし出来るなら、戦闘の常識が根本から覆るのではないでしょうか?」


そうなのか?そう言えばこの人は、水雷の専門家であったな。

艦隊勤務時は水雷艇指揮官だったし、海軍水雷学校校長も勤めたから良く知っているのであろう。

だが、そこまで変わるのか?

ここで高麿が言った。


「岡田大将。まさにその通りです。そしてこの技術が磨かれれば敵艦との距離、更には敵艦の数と大きさまで探知可能となります。

海だけではありません。遥か遠方にある飛行機の存在まで探知可能となりますから、敵に対して先手を打つことが可能となるばかりか、小型化に成功すれば飛行機への搭載も可能となるでしょう」


岡田大将は目を白黒させつつ言った。


「国防大臣閣下…ちょっと想像できないのですが、暗闇を探照灯で照らすような物なのでしょうか?」


ほう…そう言ってもらえると理解が進むな。


「それに近いと言えます。

ただし、この金属から発射される電波というものは、光と違って肉眼では見えませんから、秘匿性は高いです。

まあ…逆探知というものが時間をおかず実用化されるでしょうから、そうなれば諸刃の剣となるでしょうが」


岡田大将は混乱しておるみたいだな。

私もそうだが、技術の発展というものは凄まじいのだな。


これ以上は民間人の前で話せないと判断した高麿が、場所を変え、私たちと岡田大将の3人となって今後の対応策を話し合ったのだが、ここで高麿が注意を促す。


「あの電波探信儀が完成した暁には、あらゆる戦闘の常識が変わってしまうので要注意です。

例えば、水雷戦隊について我が国はその能力を高めようとしてきましたが、電波探信儀が本格的に実用化されると、敵艦に肉薄した魚雷攻撃は自殺行為と同義になってしまいます」


うっ…そうか。


「確かにそうだな。

暗闇の中において敵艦へ忍者のごとく密かに接近せねばならぬのに、先に発見されたのでは無意味となるばかりか、手痛い逆撃を受けてしまう」


岡田大将もその危険性に気付いたのであろう。

顔がひきつっておる。

たまらず彼は高麿に質問した。


「国防大臣閣下。私の脳裏には、我が国が誇る水雷戦隊が全滅する姿が浮かんでしまいました。

昼間ならともかく、いずれは夜戦が出来なくなってしまいそうですが、電波探信儀に対応する為の軍備はいかがするべきでありましょうか?」


「岡田大将。いま私が考えているのは、巡洋艦や駆逐艦に搭載している魚雷発射管の全廃です。

確かに、昼間戦闘では引き続き使用可能でしょうが、将来はもっと有効な攻撃手段が開発されますから、今後の巡洋艦や駆逐艦は対潜用、または対空用に特化した運用とするのが最も効果的であると考えます」


ふむ。攻撃では無く、守りに特化するするわけだな?では攻撃はどうするのだ?


魚雷は対艦攻撃の手段としては最も有効であると言い続けてきたのは高麿だからな。

対策はあるのだろうか?


「その代わりとして、敵艦に対する攻撃手段は二通りの物を想定しています。

まずは潜水艦発射型の魚雷で、大口径・長射程の物を開発中です。

そして、まだ先の話となりますが、敵に発見されにくい魚雷の開発を研究中ですし、更には命中率の向上を果たすべく、別の研究機関でもその可能性を探っています」


敵に発見されにくい?


「敵に発見されにくい魚雷とは何だ?」


「酸素魚雷というものです」


酸素魚雷とは?と訊けば、魚雷航走用の発動機に使用する空気は、現状では圧縮空気を用いているが、これに替えて純酸素を使用したものであるらしい。

これにより排気ガスの成分はほぼ炭酸ガスと水蒸気のみとなる。

炭酸ガスも水蒸気も海水によく溶けるため、酸素魚雷は海上に泡を放出しないから、雷跡を発見されにくい結果となって、隠密性を確保出来るのが特徴なのだと言う。

また、通常の魚雷よりも燃焼効率が大きく向上したことで速力(雷速)・航続力の向上も期待できるとのことで、これが実用化されたら我が海軍は鬼に金棒となるな。


それだけでは無く、高麿の構想では敵艦の発する機関音やプロペラスクリューの音を感知して自動で追跡する魚雷まで研究しておるらしい。

もっとも、日本国内の技術では達成できそうになく、優秀な外国人技術者の招へいは不可欠らしいが。


だが、これらが実用化された際の効果は凄まじいだろう。

岡田大将を同席させたのは、この話をする為であったか。


「次に航空機搭載の魚雷も開発中です。飛行機に搭載するためには軽量・小型である必要がありますので、結果的に搭載炸薬量が少なく、威力そのものは潜水艦発射型には劣るものの、機動性で補えますから対艦攻撃には有効なものとなります」


なるほどな…では今後は潜水艦と空母にますます注力する事になるのか。

これらが実現できれば確かに戦艦は「金剛」型8隻が有れば十分だな。


それから電波探信儀だが、高麿は東北帝国大学に対して研究費を増額する代わりに成果に対しては軍事機密扱いとする交渉をしておるそうだ。


ロイド・ジョージとの会談の後にイギリスよりもたらされた技術的成果も大きなものであった。

彼が言っていた装備はもちろん有用で、水中聴音機の性能は悔しいが我が国の物より数段優れた物であったし、発動機の設計図も有効なものらしい。


だが、一番有り難かったのが工作機械などの精密技術で、これの導入と技術指導によって航空機用発動機の工作精度も上がったし、戦車や自動車の発動機も同様の成果をもたらした。


もっと言えば元々日本人は手先が器用で精密な作業が得意なのだ。

それが最先端の工作機械を得たのだから、基礎工業力の向上を図れた事になり、これまた鬼に金棒だ。


こちらも期待できるな!


1923年(大正12年)3月

ここ最近、高麿の様子がおかしいと感じる時がある。

何故か焦っておるように見受けられるのだが、何かあったのであろうか?

オリガに確認しても言葉を濁すだけではっきりとせぬ。


そうこうしておる内に高麿が国防大臣の権限において「第一回総合防災訓練」を提案してきた。


「父上もご存知の通り、日本は風水害が頻発する国土ですが、危機管理という意味ではこれまで本格的な訓練が行われてこなかったので、平和なこの時期だからこそ常在戦場の心構えが必要なのです!」などと言っておった。


全く無駄なものでもあるまいと思ったから承認したのだが、想像以上に大掛かりなものとなりそうで、予算も莫大な金額になりつつ有る状況だ。


何と言っても範囲が広いのだ。

東京・神奈川・千葉・静岡各県が訓練の対象地域であり、国民へ要求する内容も多岐にわたる。

更には鉄道も運休となるし、工場や商店の営業も禁止すると聞いた時は驚いた。


まだ有る。

避難所を設定して対象地域内の全ての国民を避難所にて待機させるのみならず、食料まで用意するのだと言う。


一体いくら費用が掛かるのか想像もつかない規模になりつつあり、国防省だけでは予算を賄えないから予備費を計上して対処したが、さすがに各方面からの問い合わせや異議が殺到して日常業務が停滞してしまっておる。


高麿にこの訓練の意義をしつこく問いただしても明確な返事をせぬのだ。

初めて高麿と意見の食い違いが発生し、何度も衝突をしてしまった。


オリガはそんな時でも高麿に理解を示しておるが、大丈夫なのか?


8月30日

高麿から急遽面会を申し込んできたので会ったのだが、予想外の事を告げられた。


「明石大将より報告があり、陸軍の一部の部隊にて反乱が計画されていることが判明しました」


反乱だと!?恐れていたことが遂に起こったか。


「反乱が計画されている?まだ実行はされていないのだな?

それはどのような計画だ?」


「はい、NTTの潜入捜査の結果、首謀者は歩兵第1連隊大隊長の岡村寧次(やすじ)少佐、陸軍参謀の永田鉄山少佐、同じく小畑敏四郎少佐の三名と判明しています。

しかしその背後には歩兵第1旅団長の真崎甚三郎少将と歩兵第2旅団長の荒木貞夫少将の両名が関与しているものと思われます」


「昨年に実行した陸海軍組織の統合に対する叛意が背景にありそうだな?」


皇太子殿下に御協力いただいて実行したが、陸軍では我々の事を「虎の威を借る狐」と呼んでおるらしいし、私たちを「君側の奸」とでも決めつけているのであろう。

要するに自分たちの利権を侵されたから気に入らないのだな。


他にも反乱しそうな人物がいないか詳しく調べさせる必要があるな。

この機会を利用して陸海軍内の大掃除をしておこう。


「ところで反乱はどのような計画か、具体的に判明しているのか?」


「9月1日の総合防災訓練において展開される陸軍部隊の一部によって、総理官邸をはじめ、国防省、統合作戦本部、大蔵省、陸海軍作戦部、主な新聞社の制圧が計画されています。

決起日時は1日14時との事です」


なるほど。

防災訓練で駆り出される陸軍部隊に紛れ込ませる計画か。

都内を軍隊が闊歩していても誰も不審に思わないから、絶好の機会ではあるな。

そして訓練が終わる時間帯を狙い、緊張の糸が切れた瞬間を狙って決起しようというのか。

うん?もしかしたら高麿は……


「軍部の統合を行って以来、反乱を起こすのであれば陸軍であろうとの予想はしておったが、お前は不心得者を炙り出す絶好の機会としてこの訓練を計画していたのだな!?」


費用は掛かったが深謀遠慮な試みであるな。

それに防災訓練自体も無駄なものとはなるまい。


「…いえ……あっそうなのです!こちらから隙を見せて誘い出すことにしました」


であれば最初からそう言ってくれれば良いものを…



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