第六話 父を教育する①
そんな日々を更に半年程続けていると、だいたいの事情が見えてきた。
やはり近衛家に出入りしている人たちの多くが、大陸へ進出して日本の活路を見出そうとする考え方に染まっている。
むしろそれ以外の代案がない状態だ。
違いがあるとすれば、中国や朝鮮と手を結ぼうとするか、従えようとするかの差くらいなもので、思考が一方向に硬直してしまっている。
こりゃ来年発生する日清戦争は避けられない筈だわと痛感した。
そもそも日清戦争とは、朝鮮半島に対する宗主権を巡る日清の争いだったわけで、態度の煮え切らない李氏朝鮮にも責任の一端はある。
明治維新以降の日本と朝鮮の関係は、征韓論に代表されるように、実力もないのに日本を見下す朝鮮側の罪は大きいと言える。
というのも、大政奉還によって征夷大将軍から天皇へ政治体制が変わった事実を認めるだけで済んだはずが、「皇」の文字を使って良いのは中華皇帝様だけで、日本など「日王」以外の表現は認めないなどと、愚かなことを言いいだすから、懲らしめてやろうかと日本側が思うのは当然だ。
朱子学なんて碌でもない教えだ。
あ、少し熱くなってしまった。いかんいかん。
とにかく日清戦争に勝ったあと、日本はどうするつもりか父に確認してみた。
「お父様、我が家のお客さんたちは清と戦おうという人が多いですが、勝った後はどうするつもりでしょうか?」
父は唐突に幼児に質問され、戸惑っているが、日頃思っていることを高麿に話してみようと言う気になったらしい。
「そうだな。ヨーロッパ列強はアジアを狙っているのは間違いないから、日本も負けずに清の領土を奪うようにするべきだな。でないと、日本自身がヨーロッパの植民地にされてしまう」
俺はそれに対して、注意すべき点を伝える。
「そうすると、必ずロシアが邪魔をしに来るでしょうが、対策はありますか?」
父はさらに驚いた様子ながらも、自身の予想を話してくれた。
「可能性はあるかもしれない。しかし、とりあえずロシアはウラジオストクを得ているのだから、これ以上は進出して来ないと思うが、何故お前はそう思うのだ?」
と聞いてくれたので、俺は待ってましたとばかり言った。
「残念ながら、ウラジオストクは彼らが欲する「完全な不凍港」ではありません。それに大陸国家であるロシアは、領土を拡大させる習性を持っています。
ある領土を得ると、それを守るため、安全地帯とするために更にその先の領土が必要となり、際限なく膨らんでいくのです。
海洋国家である日本は、その道を選んではなりません」
「大陸国家?海洋国家?そんな言葉は聞いたことがないな。
書庫にそんなことが書いてある本があったか?」
ちょい先走り過ぎたかな。