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第五十八話 パリ講和会議①

1917年(大正6年)9月20日


Side:近衛高麿


俺は講和会議の随員に選ばれ、正式に巡洋戦艦「榛名」を退艦することになった。

この艦とは短い付き合いではあったけれど、とても濃密で充実した日々を過ごさせて貰った。

また死線を共有した艦長以下、乗組員の皆さんともお別れになるのは少し寂しい。


有栖川殿下はそのまま「榛名」に残るから、彼とも暫しの別れとなる。

それにしても、俺は海軍軍人として実戦を経験したのだが、果たして少しは胆力が付いただろうか?

ちょっと自分では分からない。


同じ日に、史実ではこれから数年後にフランスで自動車の運転をミスって立木にぶつかり、事故死する事になる北白川宮殿下と、その際に巻き添えを喰らって重症を負ってしまう事になる朝香宮殿下とも再会したのだが、彼らも文麿と同様に東部戦線へ出兵しており、両名とも戦車に夢中になっていた。


何でも戦車(突撃車)を自ら運転してオーストリア軍に突っ込んで行ったそうで、大変興奮しておられて延々と武勇伝を聞かせられるハメになった。

しかしやっぱり北白川宮殿下は運転が下手だったみたいで、何度か運転をミスって木にぶつかったらしい。


俺は思わず「そんなオチか!」と叫んでしまったが、二人は当然ながら何の事か理解できずにキョトンとした顔をしていた。


ま、戦車なら木にぶつかってもある程度は大丈夫だろうが、運転には気をつけるよう言っておいた。

どうやら二人は、正式に発足する事になった戦車科に揃って移籍するみたいだ。

将来はロンメルみたいな立場になるのだろうか?


補給・兵站線の確保は最重要項目として欲しいものだ。


それにしても本格的な戦車科が出来るとは思わなかった。

今後ソ連と戦うとしても、ノモンハンの時みたいに機械化の進んだソ連に対して貧弱な戦車で挑まなくて済みそうで何よりだ。


ドイツやソ連のような大陸国家の戦車と、互角以上に戦える日本製戦車の登場が待ち遠しい。


9月23日

ニコライさんの長女オリガさんとは、家の中ではよく会話するようになっていたのだが、思い切って家の外に誘ってみた。


といっても近所の公園だし、護衛も俺たちの周囲に不自然なくらい大勢いたのだが。


しかし、歴史資料では読んだ事があったが、オリガさんは美人なだけではなく、本当に気立てが良くて優しい娘さんで、楽しくてついつい長話をしてしまった。


戦争中は母親のアレクサンドラさんや妹のタチアナさんと共に、病院で傷病兵に対する看護の仕事をしていた話は有名だったから俺も知っていた。

アレクサンドラさんとタチアナさんは手術の手伝いも平然と行っていたそうだが、オリガさんは凄惨な現場の状況に耐えきれなかったみたいだ。


だから主に事務仕事をしていたらしいが、それ以外にも多くの戦災孤児院なども回っていたそうで、他人の痛みの分かる素晴らしい方だった。


そんな彼女が唯一憎悪を覚えたのが共産党からの仕打ちだったらしく、日々悪化していく環境や待遇だけならまだしも、故意に飢餓状態に追いやられ、威嚇行為から始まった暴力は殴打へとエスカレートして行き、大げさではなく明石中将の救出作戦は間一髪のタイミングだったらしい。


俺は改めて共産党と秘密警察(チェーカー)、そしてそれらに指示を出したレーニン達の残虐性には虫唾が走る思いを新たにしたし、何としても奴らを潰してやろうと誓っただけでなく、日本国内での増殖は決して許してはいけないと思った。


9月25日

遣欧陸軍の殿(しんがり)として、秋山大将や文麿の所属する総司令部が帰国した。


久しぶりに文麿と再会したのだが、顔付きからして立派な陸軍参謀になっており、今回の功績で昇進も出来そうだから、これからも自信を持って任務に励むだろう。


それにしても右胸に参謀飾緒を誇らしげに付けた文麿は、どこからどう見ても本職の参謀だし、中途半端な主計士官だった俺からすると少し羨ましい。


彼は政治家としては及第点は付けられないが、参謀なら満点に近いのではないかな?


9月27日

パリ講和会議に出席する全権委任団と共に、俺は再びヨーロッパへ向かう事となって、戦艦「摂津」に乗艦した。

政府関係者はじめ多くの国民と共に、ロシア前皇帝一家の皆さんも見送りに来ていただいたが、しばしの間、日本とオリガさんともお別れだ。


航海はすこぶる順調だ。

なんの気兼ねもなく、中継点となるシンガポール、コロンボ、ソコトラ島、コルシカ島を使えるのは気分が良く、父をはじめとする全権団の皆さんも満足げだ。

ところで今回の全権団は以下の通りだ。


・全権代表:近衛篤麿公爵


・全権:石井菊次郎外相


・全権:牧野伸顕元外相の三名に、パリで珍田駐英大使と松井駐仏大使が加わっての五名体制だ。


それから随員が俺を含めて30名ほどといった構成だ。

当然だが、西園寺首相は日本で留守番だから、史実のように愛人を連れての物見遊山の末、講和会議に大遅刻するような事態にはならないし、「サイレントパートナー」とは絶対に言わせない強力な布陣だ。


今回の講和会議においては、日本と英仏、そして何故かイタリアの四カ国が主要国扱いで、代表団五名体制での出席となり、三名体制で臨むのがベルギー、ギリシャ・ルーマニアなどのその他戦勝国だ。


当然だが内戦状況が継続中で、大戦に参加する余裕など無かった中国大陸や、参戦が間に合わなかったブラジルなんかは会議に参加していないし、ロシアもソ連も状況が状況だけに不参加だ。


そういえば敗戦国のドイツ、オーストリアは外相が一名だけ代表で参加するらしい。一人だけとはちょっと気の毒かも知れない。


オスマントルコは?参加するのか?


あっ、そう言えばアメリカは、大統領のウィルソンとランシング国務長官が参加するらしいが、こちらは何とか議長以上の動きを封じなければならないな。


日本を発つ前から俺は元老、西園寺総理、政府関係者といったキーパーソンの皆さんとの事前協議の席上で、ウィルソンという人物の危険性と人種差別の思想を持っていることは入念に説明しておいた。


また、日本の名誉を高めるためにも、ウィルソンが言い出す前に国際連盟設立を提唱する件の了承も得ておいた。

会議の主導権を握るためと、日本の国際的地位を高めるためだ。


実のところ日本政府は、様々な事項についての事前の根回しを各国大使館を通じて行っていたが、議長国のアメリカにはウィルソンが信用ならないので相談していなかったが。


11月10日

今日から後世において、パリ講和会議と呼ばれることになるであろう重要な会議が開催される。

史実においては、最終的にベルサイユ宮殿で調印した項目もあったから、ベルサイユ条約などと表現されるが、実際の討議の殆どは、フランス外務省の建物で行われている。


多くの国が参戦した大規模戦争であったから、会議の参加国もポーツマス講和条約みたいにはいかず、各国の利害というか戦勝国の言い分をいかに調整するかがポイントとなるだろう。


改めて戦勝国側の参加国と全権代表は下記の通りだった。


・イギリス デビッド・ロイド・ジョージ首相


・フランス ジョルジュ・クレマンソー首相


・イタリア ヴォットリオ・オルランド首相


・日本 近衛篤麿公爵


・ギリシャ エレフテリオス・ヴェニゼロス議長


・ルーマニア カプ首相


敗戦国側からは以下の出席者だった。


・ドイツ ヘルマン・ミラー外相


・オーストリア オットー・バウアー外相


その他、多数の国の代表団が集結している。

これはいろいろと揉めそうなメンバーだ…


それとウィルソンとも顔を合わせたのだが、陰気なイメージそのままの、何を考えているのか分からない不気味な印象だった。


今回の講和会議において日本側の譲れない点は下記の通りだ。


①立憲君主制ロシアの国家承認。


②東パレスチナの国家承認。


③国際連盟設立の提唱と承認。


④人種差別撤廃提案の発議と承認。


以上4点で、フランス到着後も各国と個別に事前調整しているが、概ねロシアと東パレスチナの国家承認については反対が少なく、すんなり本会議で承認されそうだ。


ロシアについては、イギリスやドイツなど、多くの国の王様たちは親戚なのだから、この辺りは問題ないだろう。

それに何といってもロシアは連合国側で共に戦ったのだから、皇帝一家が日本で健在である以上、国家が連続していると認定されるだろうから承認されやすいだろう。


東パレスチナも、どちらかと言えばユダヤ人をまとめて面倒見てくれるなら、厄介払いが出来てラッキーだと考えている空気というか雰囲気を感じる。


③の国際連盟創設の件も、ウィルソンが提唱する前に日本から率先して提案したから、ウィルソンの手柄を奪ってやった格好になる。

ウィルソンはこれを後になって知ったらしく、鬼のような形相で我々日本全権団を睨んでいたが。

おそらく歴史に名誉ある名を刻みたかったのだろうが、残念に思っているだろう。


英仏に対してもウィルソンの危険性は説明しておいた。


とにかく綺麗事を並べる天才であることと、大統領就任後のウィルソンの所業を正確に伝えた。


これに英仏をはじめとした各国は賛同してしてくれたので、油断はできないが余裕を持って本会議に臨む事が出来る。

勝利に大きく貢献すると、言いたい事が言えるので本当に有難い。


ただし④の人種差別撤廃提案が一番問題で、特にイギリスとフランスは当初、否定的だった。

これは多くの植民地を抱えているから当然だろう。


よって、国連憲章前文への盛り込みという妥協案を示す。

これなら目指す理念を明記しているだけで、個別の国家への中傷では無いから受け入れやすいだろう。

史実でもそうだったし。


とにかく一歩でも前進させることに意味がある。

例えどのような形で日本の提案が採用されても、人間の心から差別が無くならない限り無駄なのだが、まずは第一歩を踏み出す事はとても重要だ。


史実を述べるなら、人種差別撤廃提案は紆余曲折があり、イギリスは最後まで反対したものの、フランスなど賛成多数で可決されかけたのだが、議長のウィルソンが「こんな大事なことは全会一致でなければならない」と突然言い出して採決が流れてしまい、結局葬り去られたのだ。


しかも悪いことに、この「大事なことは全会一致」が前例となって、国際連盟は肝心な事は何も決められない集まりとなってしまい、その寿命を縮める結果に繋がった。


理念の上では、後の国際連合よりも意味のある集まりだったのだが…

21世紀においても国連安保理事会は、常任理事国が拒否権を持っているせいで似たような展開になってしまっているが。


本会議について様々なシナリオでシミュレーションしてみたのだが、ウィルソンを怒らせて議長から追放するというのも一計かな。

日本の人種差別撤廃提案に反対したのは、アメリカ本国の事情もあったみたいだが、結局のところ、アメリカが国際連盟に加入することは今回も無いのだから、最初から念頭に入れなくても問題ない。


とにかくこれからが勝負だ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アメリカを排除する事で国際連盟の本部を自国に持って来れますよという謳い文句で英国や仏国をより勧誘出来そうですね。一気に自由経済ブロックの要素を混ぜ込んでみても面白いかも?孤立主義の米国の動…
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