【外伝】近衛彦麿 ①
僕の名前は近衛彦麿。今年13歳になる。
近衛篤麿の六男として1904年(明治37年)8月に東京で生まれたんだけど、その頃の日本はロシアと戦争中だったらしい。
えっ??ロシアと戦争してたの!?
今は同盟国なのに?
最初に知ったときは意味が分からなかったよ。
同盟国になるんだったら、なぜ戦争なんかしたの?というのが本音だけど、父上にも兄上たちにも怖くて聞けない。
いや、僕の家族は本当にすごい人たちだし、友達もみんな「君の家の人たちは偉大だ」と言ってくれるから、誇らしい気持ちにはなるけれど、僕はとてもじゃないが兄上たちの様にはなれないと思う。
なぜかと言えば、はっきり言って勉強があまり好きじゃないんだよね。
英語とロシア語は喋ることが出来るし語学は得意だけど、他の科目はさっぱりだ。
特に歴史と地理が大っ嫌い!
歴史や地理を学ぶ意味が分からないし、名前を覚えるのも一苦労だよ。
だから国の名前なんかもダジャレで覚えるようにしている。
いい加減にサラセン帝国!
そんなことしてインカ帝国!
勝手なことはササーン朝ペルシャ!
ダダではオスマントルコ!
めっちゃムガール帝国!
そんな事言ってるのはドイツだ!
みたいな感じで覚えるようにしている。
そんなダメな奴だけど、まぁ僕は末っ子だし、父上も母上も僕には少し甘いから、特に心配はしていない。
家族のことを紹介すると、長兄の高麿兄様とは18歳も年が離れているし、次兄の文麿兄上とだって一回り以上離れているから、兄というより親に近い存在かな。
その高麿兄様は海軍軍人でドイツとの戦争でも活躍したらしいけど、将来は父上の後を継いで公爵、そして政治家になるのだと思う。
母上は高麿兄様の事を、幼いころからとんでもなく優秀で、先が良く見えている凄い人だと言っていたけど、僕にはわからない。
だけど、父上も高麿兄様と話す時は僕たちに対しての態度と違うから、やっぱり凄い人なんだろうとは思う。
文麿兄上も陸軍軍人で、参謀という偉い仕事をしていてヨーロッパでの戦争で武勲を挙げたらしい。
だけど結婚して家を出ていたから、あまりしゃべる機会はなかったかな。
秀麿兄さんは僕とは6歳違いで、上の兄上二人に比べたら少しは身近に感じるし、音楽家を目指しているからその点でも話しをしやすいんだ。
我が家は雅楽を統括する家柄でもあったから、特に変なことではないらしいし、僕より4歳上の直麿兄さんも音楽の道を目指している。
そんな僕が13歳になって恋をした。
相手は3歳年上の素敵な人だけど、残念なことに、僕にとっては遠い存在の女性だ。
名前はアナスタシアさん。
ロシアの皇女様で、"大公女”という肩書を持っている女性だから、僕とは釣り合わないとは思うけど、好きになってしまったのだから仕方ない。
それに皇女様とは思えないほどよく動き回り、イタズラが好きなところも意外だし、好きになったきっかけかもしれない。
なぜロシアの皇女様と知り合ったかと言えば、ロシアで革命騒ぎ?が起きてしまったから皇帝陛下が家族と共に日本に逃げてきて、我が家に住んでいるんだ。
どうも、父上と高麿兄様が救出を計画して実行したらしく、革命自体も大変な出来事らしいけど、それよりもロシアの皇帝陛下が日本にいるってことが凄くて、日本中が大騒ぎになっているみたいだし、友達からも質問攻めにあったけど上手く説明できなくて困ったよ。
もっと勉強しなくてはいけないのかな?
それと皇帝陛下の一番下の子供が皇太子アレクセイ君で、僕と同い年で、しかも生年月日が同じだったんだ!
ロシアという国は日本とは違う暦を使っているらしくて、だから最初は分からなかったんだけど、アレクセイ君のお付きの人が調べたら同じ日だとわかったんだよね。
そんなこともあってか、アレクセイ君とはすぐに仲良しになったよ。
だけど彼は最初はとても暗い顔をしていた。
どうやら幼いころから身近にいた人たちの態度が、革命とかいうもののせいで変わってしまい、酷い目にあったらしい。
そりゃ辛いよね!
僕だったらどうなっていただろう?
とても耐えられなかったかもしれない。
でも革命って何だろう?
学校で教わったけれど、身近な出来事には思えなかったから真剣に聞いていなかったんだよね。
だから父上にはとても聞けないので高麿兄様に聞いてみよう。
「革命とは、物事を新しくする目的で根っこから全て改めることだよ。
これが政治体制なら政治革命と言うし、工業などの場合は産業革命と言うんだ。
中華だと体制自体は変わらないけれど、皇帝の姓が変わるから易姓革命と表現されている。
政治革命だとすぐに思い出すのはフランス革命だね。
フランスでは何度か革命は起こったけれど、最初のときは王様を死刑にして王政を倒し、それまで貴族と聖職者だけが大きな顔をしていた状況から、"富裕な”一般市民による政治体制に生まれ変わろうとしたんだ」
「それは良いことなんですか?」
「決して良いことではないよ。
フランス革命についてどう教わったか知らないけれど、結局はナポレオンによる皇帝制となったし、ルイ16世は科学や哲学にも深い教養を持っていて、農奴を廃止して人々の暮らしを良くしたり、プロテスタントとユダヤ人の同化政策を進めるなどした英明な君主というのが私の評価だから、フランス人自身が将来は後悔するかもしれないね」
「では革命が起きてしまうのは何故なんでしょうか?」
「人々の生活が行き詰まるような状態だと、革命が起きやすくなるよ。
今回のロシアにおいても、戦争によって人々の不満が溜まっていたことが一番の原因で、物事が軍隊優先になって食糧の供給体制が滞ってしまったところを、共産主義者たちが利用したんだ」
「ということは、人々の不満が出ないようにしなくてはいけないのですね?」
「そういう話だね。
まずは国民を安定して食べさせることだ。
これが出来ていて、人々の暮らしが落ち着いている限りは、そうそう革命なんて起こらないけれど、逆に言えば貧しくなったり、食えなくなったら危ない。
だから、そうさせないための正しい政治体制はとても大切だ。」
「…それでは正しい政治体制って何でしょう?」
「近衛家の者としては、立憲君主制、つまり日本のように天皇陛下に精神の拠り所、日本民族の核として存在していただき、その下で内閣が責任を持って政治を行うという体制が正しいと言うべきだし、アメリカみたいに大統領に有期の権限を与えて政治を行わせる方法も悪くは無いかもしれないが、何れにしても衆愚政治というものを警戒しなくてはいけないだろうね」
立憲君主や大統領は理解出来るけど、その次のが?
「しゅうぐせいじとは何ですか?」
「本来は古代アテネにおいて、ペリクレスという政治家の死後の政治体制を指す言葉だけど、プラトンやアリストテレスはこれを多数の貧民による支配だと定義して、民主政体の堕落した形態として批判したんだ。
ローマ時代のギリシアの歴史家ポリビオスも、堕落した民主政治を指して用いていた」
「では、一部の優秀な政治家が民衆を率いる体制が理想でしょうか?」
「それは独裁政治と言われる最悪の形態となるだろうね。
さっきのフランス革命では、王様を処刑した後にロベスピエールによる恐怖政治になって、政敵を大量に殺害したんだが、これは後に「テロリズム」という言葉の語源となったほどだ。
結論としては、絶対的な権力者は絶対に腐敗するんだ」
あっ、ダメなやつなんだ…難しいな
「なぜ…独裁政治になってしまうのでしょう?」
「結局のところ、独裁者を生むのは、その国の民衆が怠けるからだね。
自分たちが責任を取らなくて済むように、優秀と判断した人物に全てを丸投げしてしまうんだが、それは結局は自分自身への死刑執行書に署名することに等しい行為だろうし、野党というものが存在しないと為政者のやりたい放題になってしまうんだ」
「…そんな怖いことが、これからも実際に起こるのでしょうか?」
「日本では考えられない。だけど外国では分からないし、共産主義なんてその恐れは十分にあるよ。
結局のところ、日本では聖徳太子が定めたと言われている十七条憲法によって、和を以て尊しとなす、即ちより多くの人たちと話し合い、意見の一致をみるのが正しいやり方だという考えが定着しているから独裁体制なんて現実味がないけれど、他民族はその限りではない。
外国勢力が理不尽な振る舞いをすれば、それに負けないような強い政治体制を望んだ結果、独裁者を呼び込むことはあり得るだろうね」
「聖徳太子って1000年以上昔の人ですよね?
日本ではそんな昔から民主政治が行われていたのですね」
「日本の場合は民主政治とは少し違うね。
十七条憲法の第一条では、後半で"人びとが上も下も和らぎ睦まじく話し合いができるならば、ことがらは道理にかない、何ごとも成しとげられないことはない”と言っているんだ。
つまり、みんなで話し合って決めたことは正しいんだ。ということになるから、一見すると多数決による民主主義のように見えなくもないけれど、この決定はその時の法律より優先される場合が多いから、悪い方向に作用する例としては、複数業者による談合が挙げられるけど、これはなくならないだろうね」
へえ…そうなんだ…
「正しいかどうかよりも全体の結束、つまり"和”だったり"ムラの掟”が最重要だとされるんだ。
それは何よりも組織を守ろうという方向にいく。
だから憲法というより、その上位に来る規範だと思ったほうがいい。
また、最後の第十七条でも繰り返し"重大なことがらは一人で決定してはならない。多くの人びとと共に論じ是非を弁えてゆくならば、その事がらが道理に叶うようになるのである”と書いてあることから見ても、これは一種の宗教だろうね」
「どうして宗教なんですか?」
「話し合えば道理にかなうって思うからだよ。
道理とは物事のあるべき道を言うから、本来は話し合えば必ず道理に至るというのは迷信であって、かなりおかしいんだけど、はるか大昔、それこそ何千年も前から、私たち日本人はそう思っていたという事だし、聖徳太子の時代では既に定着していたことを証明しているね」
深いな。
なんかとても勉強になった気がする。
その後、父上と高麿兄様はフランスで行われる講和会議に出席した。
父上は全権代表という重い役目を仰せつかったのだけれど、ロシアとの講和会議においても全権代表を務めたらしいから適任だと言われているし、友達からも「やっぱり君のお父上や兄上は凄い人だ」と言われたけれど、僕としては「それに比べてお前は何なんだ?」と言われているみたいだし、そんな雰囲気を感じるから肩身が狭いよ…
きっと僕のいない場所では悪口を言っているんだろうな…もっと勉強するべきだった。
だから出来るだけアレクセイと遊ぶことにしているし、アナスタシアさんも僕達とよく遊んでくれる。
アレクセイは優しいし、学校の友達みたいに嫌なことを言わない。
それとどう言えばいいか分からないけれど、支えてあげなくてはいけないと思わせるような所があるんだよね。
それは生まれつきの病気を抱えているから、無理をしてはいけないからかもしれない。
出来るだけ怪我をしないようにしなくてはいけないし、鼻血もダメなんだ。
アレクセイは僕にとってかけがえのない人になりつつある。
それは決してアナスタシアさんが影響しているわけでは……ない…と思う…