第三話 名門には名門の悩みがある?
ここで現在の状況を把握しておきたい。
今は1892年(明治25年)で、俺は1886年生まれの6歳児だ。
まず、この世界が、俺の知る世界線と同じなのか気になるところで、家にあった歴史書を調べると、どうやら同じ世界線にあるみたいだ。
ただし、この時代にいないはずの俺がいることで歴史が変わり、今後は少しずつ俺の知らない世界になっていくだろうが、いきなり世界に影響を与えるレベルではないはずだ。
だから、今から2年後に日清戦争は起きるだろう。
さらには日露戦争、第一次世界大戦…
まさに激動の時代を俺は生きることになる。
そして何もしなければ、59歳で昭和20年の敗戦を迎えることになってしまうわけだ。
また弟の文麿は54歳で自殺する結末となる。
何もしなければ…しないわけがない!
敗戦の惨禍は絶対に回避だ!
第二次世界大戦での最大の敗因は、中国大陸へ深入りしてしまい、最終的に世界から孤立してしまったことだ。
故に、この国が大陸へ深入りしないよう導く必要がある。
まずはその前に家の中の状況把握だ。
現在の近衛家の住所は、令和の時代で表現すると東京都千代田区麹町で、家族は父篤麿と、去年生まれたばかりの赤ん坊である文麿と継母がいる。
やはり、俺と文麿の母は文麿を産んだ直後に22歳で亡くなっていたが、父は今年になって再婚したという。
この辺りの感覚は、時代も違うし上流階級独特の習慣があるのかもしれないのでよく分からないが、間違いなく言えることは、華族ではこれが普通らしく、父の行為は通用しているということだ。
近衛篤麿という人物は、40歳でこの世を去ったため、21世紀では無名に近かったが、仮にもっと長生きしていたら、かなり日本にとって重要な人物として歴史に名を残したはずだ。
何せ大アジア主義を声高に叫び、日露戦争開戦推進派の人物で、政府関係者はもちろん、民間人にも交際範囲が極めて広かった。
広すぎて多額の政治資金が必要で、死後は借財の山が残ったと記憶している。
借金もまずいが、それ以前に、父の周囲には父に影響を与えたとされる頭山満をはじめとする、「大陸進出積極派」がわんさかいるのだよ。
もう既に相当影響を受けている可能性もあるから、父とこれらの人々の思考を大陸から逸らさなければならない。
何故なら、この人たちの考え方をひと言で表せば、欧米列強に対抗するためには同じ黄色人種同士で団結し、対抗しようというものだからだ。
単に同じ黄色人種だからといって、文化も考え方も違うもの同士で結ぶなんて無茶すぎる。
白人による人種差別が、いかに激しい時代だからといってもだ。
大アジア主義者の心情は理解できなくもないが、地政学的に日本は、完全に海洋国家なのだから大陸国家の真似をするべきではない。
史実の日本は、その二兎を追ったから滅びたのだ。
ここはとても重要なポイントだと思う。
欧米列強の侵略に対抗する目的で明治新政府を組織した日本が、この先、どのような進路を選択するのか?
まさに現在は、その分水嶺とも言えるタイミングなのだ。
ただでさえ少ないリソースは集中して使うべきで、日本が生き残るためには海洋国家、貿易立国を目指すべきなのだ。
もっとも、この時代には地政学という言葉は存在しないし、その概念すら認知されていない。
だが盗作で申し訳ないけれど、俺が時代に先駆けて地政学の考え方を広めることで、父の身近にいる人達から思考を変え、大陸から目を逸らそうと思う。
そのために、どんな人物が家に出入りしているのか把握中だ。
それから愛すべき父だが、再婚した継母は実は母の妹だった。
これは俺も知らなかった事実で、こういった話はあまり研究対象にならないから全く把握できていなかった。
これから妹と弟達が生まれるはずだが、文麿は継母に対して複雑な感情を持っていたらしく、性格形成に影響を与えたと記憶している。
それが優柔不断で潔癖症と評価されている要因ならば、兄として弟の苦しみを少なくする方向へ導いてやらねばならない。
そして歴史改変の右腕として、また史実より立派な人間として活躍してもらおうと思う。
そうすればこの壮大なプランも成功する確率が上がるはずだ。