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【外伝】近衛篤麿 ⑨政党政治への道

1905年(明治39年)5月


ジェイコブ・シフ一行を神戸港で見送った後、高麿が帰京した。

早速話を聞かねばならぬ。


「高麿よ。首尾はいかがであった?」


「有難いことに、シフとロスチャイルドは、共に日本に支店を出して、投資活動を行なってくれるという話になりました」


「それは凄いではないか!

だが、一体どうやってそんなことが出来るようになったのだ?詳しく話してみせよ」


「特に隠す意図は無かったのですが…ロシアで何度も発生している"ポグロム”を利用して、ユダヤ人から投資を引き出したのです」


ポグロムとは?と聞けば、ヨーロッパに根強く残っているユダヤ人差別に端を発する虐殺事件の一種だそうで、特にカトリック、そして東方正教会の影響下にある地域では昔から顕著なのだそうだ。


…そんな話、ヨーロッパへ何年も留学していた私ですら、聞いたことはあっても、あまり詳しくは知らないというのに…どうして知っているのだろう?

……いや、今更であったな。


戦国時代以前は、日本でも宗教を原因とする争いは日常的にあったと聞くし、一神教なら他の宗教を排斥する動きはなおのこと酷いのであろうな。


そしてこの宗教問題は経済問題と結びついて、様々な争いを今後産むかもしれないというのが高麿の心配事らしい。

ユダヤ人はますます豊かになり、目立つようになることで人々の憎悪の対象になってしまうからだそうだ。


つまり貧富の差が拡大して、社会不安を起こすようになるのだな。


それは日本においても、無策だと財閥の勃興によって貧富の差が拡大する問題が発生し、一般大衆が不満を感じる事態になれば、厄介な政治問題化するだろうが、ヨーロッパの状況はもっと危険で、以前話題に出たマルクスによって共産主義が拡まってしまう恐れがあるらしい。


「その危険性が最も高いのが、他でもないロシアなのです。

もう数十年前から革命が発生する条件は整いつつあり、今回の日本に対する敗戦は、その引き金になりかねず、日本もその悪影響を受けるかもしれません」


なんだと?


「……日本がその影響から逃れる方法は、何が考えられるのだ?」


「日本とロシアの間に新たな防壁を作ることでしょう。

それには現状で国を持たないユダヤ人に対して纏まった土地を与え、ユダヤ人国家を建設するのが最も簡単で有効な手段だと考えています」


「!そんなことが叶うのか!?」


「ロシアが革命に揺れる動乱期であれば可能でしょう。

もしユダヤ人国家を日本とロシアの間に建国できれば、緩衝地帯以外にも、有力な資金源として日本がユダヤ資本を活用できますし、更には人道的な貢献という意味を含めて、国益としては莫大なものになるでしょう」


そのためにユダヤ人を利用しようというのか?

ここまで策謀を巡らせるとは…もはや言葉が出ないが、実現すれば大変素晴らしいな。


「そうなるには何が必要となるのだ?」


「ロシア皇帝は革命によって地位を追われた上に、命を狙われてしまう事態すら考えられますから、日本がそれを防止…具体的には、皇帝一家を救出できれば可能となるでしょう」


そうなれば重畳ではあるな。


「もしそうなったら…諸行無常とはよく言ったものだな。

それにしても現在の侵略者ロシアから、同盟国ロシアへの転換か!

そんな話は現在生きている人間では夢想すらしないのではあるまいか?」


この話はあくまでも高麿の予想でしかない。


だが、これを一笑に付して否定できない。

こういった事態になるのは可能性の範囲として覚えておこう。


「それはそうと、イギリスの朝鮮統治はどうなっていますか?」


「朝鮮総督府を作って管理すると聞いている。

ただし、あの王宮の内情は酷いものだ。

国王とその王妃、そして国王の父の3人による三つ巴の争いが継続中だし、文班と武班という特権階級の腐敗も凄まじい…

イギリスとしてはいきなり退位はさせないみたいだが、大幅な宮廷と政府の改革が必要であろうな。

とは言っても朱子学の毒は消えないであろうし、一筋縄ではいかないだろう。

更に問題なのは民衆や農民たちがイギリスに従うかどうかだな。

インドに対するような統治を行えば、民衆蜂起が起こるかもしれないし、力で抑え込めば反発もまた大きいだろう。お前には何か案があるのか?」


「そうですね。あくまでも現時点での話になりますが、日本にはまだまだ余力などありませんから、しばらくは半島にも大陸にも一切かかわらず、国内に注力しましょう。

また、半島や大陸はこれから混乱するでしょうが、安易に亡命者を受け入れることはおやめになった方がよろしいかと存じます。

せっかくイギリスに任せたのに、ここで亡命者を受け入れると、イギリスとの外交問題に発展しかねません」


!それはまずいな…


「確かにそうだな。政治的な亡命者も含まれるであろうし、そうなれば扱いが厄介だから、入国制限を行うなりの対策を行うよう進言してみよう」


ついでにこれから先のことも確認しておくか…


「今回の件もそうだが、お前には驚かされてばかりだな。ところで以前から思っていたのだが、お前は最終的には、どこを目指しているのだ?」


すると高麿少し考えて言葉を発した。


「…私が目指すものは、"栄光ある日本”ということになるでしょうか。

現在のイギリスのように、また今後は経済と軍事の力を付けてくるであろうアメリカのように"力”で抑えつけ、自国の利益だけを優先するのではなく、世界の人々から尊敬され、憧れの対象となるような国家である日本を目指しています」


これはまた…気宇が壮大だ!


「イギリスやアメリカのようになってはいかんのか?」


「彼らは白人国家であり、我ら有色人種の犠牲の上に成り立っていますから、世界に覇を唱えることは出来ても、本当の意味で人類を代表する国家たり得ません。

敢えて儒教風な表現をすれば、現在の白人国家の振る舞いは、力による『覇道』であり、徳による『王道』ではありません」


うむ…確かにな…あのような獣の如き振る舞いではいかんのだ。


「それに対して日本が目指すものは王道、それも中華の主張するような王道ではなく、本当の意味での王者の"徳”……ああ、これは中華の概念ですから、日本風に表現すれば"和”による統治が理想であるのと同時に、人種差別からの解放と、世界中の植民地解放を行うことも日本に与えられた使命でしょう。

今回のロシアに対する勝利によって、有色人種の国家や植民地、果てはロシアに圧迫を受けていた国々の民衆はこぞって快哉を叫んでいますから、このまま彼らの希望の灯となり続けねばなりません」


…実現すれば理想であろうが。


「…まだまだ先は長そうだな。文明国への道は険しそうだ」


その私の言葉に、高麿は敏感に反応した


「その"文明国”という表現が、まさに問題なのです。

その表現は彼ら白人国家をお手本として、これまで我が国が歩んできた道そのものであり、白人たちの真似事をしているに過ぎません。

白人たちは日本人のことを"黄色い猿が自分たち白人の猿真似をしている”と思っていますから、それではいくら日本が力をつけても効果がありませんので、私が目指すものはそうでは無いのです」


何という…そう言われてしまうと恥ずかしいではないか。これからは気を付けよう


「文化についても何でも西洋風を取り入れ、日本が昔から育んできたものは古いものだと断じて、弊履(へいり)の如く捨て去るのは反対です」


むむむ…大山さんが聞けば怒るかな。


挿絵(By みてみん)

↑ ↑ ↑ ビゴーによる日本人の風刺画。何でも形から入る日本人の悪癖が指摘されている。


「良い例もありますよ。

台湾統治についてですが、現状で政府が行おうとしているように、まず最初の段階で教育に力を入れ、多額の資本を投下して社会環境を整えたり、優秀な人材を投入して社会体制を整備し、イギリスやフランスなどが行なっているような搾取を目的とした植民地では無く、海外の新領土として本国と同じように扱う事が出来れば、白人たちとは違うのだという良い宣伝になるでしょう」


なるほど…


「現在は見捨てた形になっている半島と大陸も……いつになるかは分かりませんが…手を差し伸べる時期が来るでしょう。

それまでは、イギリスにはせいぜい悪逆非道な振る舞いをしてもらい、対する日本の良さと有り難さを感じて貰わねばなりません」


…そうだな、身をもって知るべきだし、特に朱子学に拘り続けている朝鮮民族は口で言っても分からぬだろうからな


ここで高麿は話題を変えた。


「それはそうと貴族院議長と枢密顧問官としてのお役目は、お忙しいとは思いますが順調ですか?」


「確かに忙しいが、やり甲斐はある。ただ、我が国は法を整え西洋に馬鹿にされぬ国家体制を築いてはいるが、実態としては藩閥の力が強く、内閣を軸に元老を中核とする藩閥勢力と対立する事案も多い」


「父上は政党政治を目指しておられるのですよね?」


「そうだ。狭い薩長土肥の中の人材から登用するより、日本全体から選ばれた人材のほうが優秀である可能性が高いのは自明のことであろう?

私が議会において、三曜会を率いているのはそのためだ」


「それはそうですね。ただ薩長土肥とは言いながら、土肥出身者は最初から余り力を持っておらず、薩長出身者が参議や各省の卿の大部分を占めていた時代がありましたし、薩摩も西南戦争や大久保卿を失った影響は大きく、近年は復活しつつあるとはいえ、長州の影響力が一番大きいのは事実です。

父上はこれと対峙しようとなさっているのですか?」


「期せずして、そうなってしまっているな」


「しかし父上は薩摩との縁が深く、長州閥に煙たがられているのではないですか?」


嫌なことを言う…確かに母上の出自は島津だから、周囲からそう思われているのも事実だが。


「だが、現状の人事や考課制度は明らかに長州に有利となっている。

特に陸軍においては露骨だし、このまま放置すれば軍全体の士気にも関わる問題になるだろう。

更に政府と皇室は別であるから、我ら華族は皇室の藩屏として、中立で公平な立場で藩閥政府の失政を糾していかねばならぬのだ」


「おっしゃる通りですね。

そうなりますと我々摂家も、藩閥から見たら邪魔な存在となるでしょうから、彼らによって最終的には不要と看做されますかね?」


…また嫌なことを言う……建前は立派だが、本当は摂家と藩閥の醜い勢力争いだと言いたいのか?

まあ、そういった部分もあるから否定はせぬが…


「しかし父上が目指す政治体制の方が"よりマシな体制“でしょうし、私も微力ながらお手伝いします。

まずは陸軍を何とか手懐けて黙らせねばなりませんね」


「手伝ってもらえるか?」


「もちろんです。大陸へ進出しないのですから山縣さんたちも不満に感じているでしょうし、飴は必要でしょう」


よし!"今孔明“の知恵を借りて正しき道を歩もうではないか!!


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