第三十一話 新領土開拓
1905年(明治38年)8月
大任を終えて無事に父と小村外相が帰国した。
両名は帰国後直ちに宮中へ参内し、陛下に今回の結果を報告すると同時に、内閣にも結果を報告した。
陛下はことのほかお喜びになり、両名に対して勲章の叙勲と、父に対しては位階の昇進を告げた。
これまでの従一位から、正一位に昇進したわけだ。
もうこれより上の位はないから、名実ともに人臣最高位となったことになる。
もっとも近衛家当主だから、何もしなくても最終的に正一位になった可能性はあるが、功績によってそのスピードが速まったのだ。
また小村家と近衛家の周囲は、連日にわたって群衆に取り囲まれて大変なことになっている。
大成功の結果だから今はいいんだけど、もしもうまくいっていなかったら、この人達は暴徒になっただろうと考えると怖いものがある。
学習院中等科に進んだ文麿も、人が多すぎて登校するのが大変だとボヤいていた。
学校までの距離は近いんだけど。
俺も真面目に芝の練習所に通っているが、周囲からは父の事を連日聞かれ続けて、答えるのが面倒になってきたほどだ。
今や父は英雄だからな。
このまま第一次世界大戦が勃発して、最終的にパリ辺りで講和会議が開かれるとして、その時にはまた全権を引き受けるよう父に進言しよう。
可能なら俺も出席したいし。
史実のように西園寺公望に任せたら、遅刻したあげく「サイレントパートナー」と諸外国に揶揄されて、日本の国益につながらないばかりか、人種差別撤廃提案も拒否されてしまうだろう。
日本の輝かしい未来のためにも、それは絶対に避けなければならない。
父が出席すれば諸外国もビビるだろう。
俺もいい経験が出来そうだし、一緒になって白人たちに吠えてやる。
そして同年10月。
ロシアから賠償金を得た日本は、早速資金を活用して新領土の開発に着手した。
ここで問題となりそうなのが開発スピードの格差だ。
何しろ樺太最北端から、台湾最南端までの直線距離は、実に4000kmを超えるのだ。
ここで有機的、かつ効果的な資本投資を行えないと、今後100年の日本の針路にも重大な影響を及ぼす。
また新領土となった地域の民衆に、早急に日本国民としての意識を植え付ける必要があった。
そこで俺は父に進言して、一括した新領土の開発を担当する部署を新設するようにしてもらった。
史実としては樺太庁、第一次世界大戦後は南洋庁が出来たが、中途半端感が否めないので、もっと権限を強くする必要性を感じていたからだ。
具体的には「北海道・樺太開発庁」と、「沖縄・台湾開発庁」を新設したうえで、この二つの庁の上部組織として「開発省」を設けて、縦割り行政を解消させると同時に、日本の国土としてバランスの取れた開発が出来るよう対応してもらったのだ。
今後史実通りならば、南洋諸島も版図に含まれるだろうから、その時は改めて南洋庁を追加しよう。
考えればわかると思うが、バラバラに開発したら効率が悪いから…
樺太の面積は、北海道よりやや小さいくらいで、南北に長く気候も南北でだいぶ違う。
北部の油田開発に着手したいのだが、冬は厳しい環境となるから、本格的に稼働させるには時間がかかるだろう。現時点では技術的な壁となる海底油田もあるし。
さらにガス田となると、更に先の話となるだろう。
そのころ俺は生きていないかもしれないが、未来の日本人へのプレゼントだ。
海を越えてパイプラインを設置できることが可能となるなら、日本のエネルギー政策は大きく変わるだろうし、コストも安くなるだろう。
日本は史実以上の経済発展をするかもしれない。
しかし、まずは手頃なオハ油田から着手だな。年間250万トン程度なら早急に軌道に乗せるのは難しくない。
資金も十分あるし。もうこれからはカネがないと胸を張って言えなくなる。
樺太南部の方は、史実通り「豊原」と命名された場所の街づくりが計画されている。
こちらは製紙業と、炭鉱産業が大きな柱となるだろう。
北海道と千島列島も同様で、開発速度が史実より早まるだろう。
当面の主な産業は、第一次産業(漁業・林業・農業・畜産業)が主になる。
その後には製紙業・炭鉱も特に北海道本島で有望だ。
現状では人口が希薄だから、労働人口を確保するためにも税法の優遇等により、国内他地域からの移住も推進してもらうようにした。
これは台湾を含む全ての新領土に共通した施策だ。
炭鉱については現在石炭が必須のものだから、放置したとしても開発は進むかもしれないが、製紙業はそうはいかない。
第一次世界大戦が勃発した場合、スウェーデンをはじめ、欧州からのパルプ輸入が途絶えるかもしれないから、早めの対策をしなければならない。
それと石炭ももちろんだが、パルプ材の輸送に利用できる鉄道や、工業用水の取水に必要なダムの建設など、インフラの構築も優先しなくてはいけない。
そして豊富な漁業資源はたいへん有用だ。
日本人の食生活の向上に大いに役立つようになるだろうし、輸出品目としても期待できる。
沖縄と台湾についても同様で、温暖な気候を活かした産業、米はもちろんだが果物なども有望だ。
インフラを整えることが優先課題だが。
台湾が樺太と違うのはその人口だ。
既に300万人を超えている。
こちらは開発だけでなく教育にも大きな予算が必要だし、上下水道をはじめとする社会インフラも優先だ。
ここで俺は父に対して、台湾総督府を廃止するよう進言した。
二重行政になるから効率が悪いし、開発を阻害することにつながるかもしれないからだ。
父が政府内で交渉した結果、早々に開発省に一本化され、台湾総督府は建物だけが残って、組織と人員は開発省に統合されることになった。
もっとも史実と違って、これまではあまり人員も置いていなかったし、開発も進んでいなかったから混乱は全くなかった。
これらを総合してみると、日本は史実と比べて朝鮮半島と満州に対する資本投資はゼロになった代わりに、ロシアから分捕った賠償金を活用した新領土と、本土の工業化を進めていくことになる。
新領土はスタート時に力を入れた影響で、俺の前世より発展していくことだろう。