第二話 6歳児ってマジか!?
俺が再び目覚めた時、天井が見えた。
布団で寝ているのだ。周囲を見渡す。
和風の旅館といった風情だったが、俺は強烈な違和感を覚える。
なぜなら、俺は被曝を原因とする病気で入院していたはずで、こんな旅館に泊まった覚えはない!
しかも、何だか周囲の物が大きく見える。
なぜだ!?
布団から手を出して見てみるその手は…
俺が死んだ60歳という年齢では考えられない、めちゃくちゃハリがある肌だった。
「え!?どうなってる!?」
驚き声を出すが、なぜか声が甲高い!
慌てて起き上がってみれば、背丈が小さく動きが軽い!
状況が掴めず、布団の上で立ったまま戸惑っていると、40歳くらいの着物を着た女性が襖を開けて顔を出したが、デカい!
俺の2倍はあろうかと思うほどの背丈がある大女だ!
なんだ??この女性は??旅館の人か?
次の瞬間、その女性が俺に話しかけた。
「タカマロ様、いかがされましたか?大きな声が聞こえましたが」
誰だそのタカマロってやつは?
全く意味がわからず混乱していると、後からまた別の大女がやってきて言った。
「ぼっちゃまも、大きな声を出すことがあるのですね」
「ぼっちゃま」だって?
俺は「ぼっちゃま」などと言われるような、そんな裕福な家庭で生まれてはいない。
なんとか状況を把握しようとするが、全くわからず、全身が固まり意識も固まる。
その後、俺が落ち着いたと勘違いしたのか、女性たちが去っていったが、状況が理解出来ん。
落ち着け!こういう時はまずは深呼吸だ。
若い頃は、まず煙草を吸って気持ちを落ち着かせたなどと、どうでもいい記憶が蘇る。
まずは、これは夢でないかどうか確認だが、どうも夢ではなく現実みたいだ。
何よりも強い違和感を覚えたのは、さっきの女性たちの何とも平和な雰囲気と会話だ。
今の日本は非常事態で、何とか戦勝国とはなったが世の中は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
それなのに、なぜあれほど落ち着いているんだ?
室内を見渡してみたが、ここが旅館だとしても、なんかおかしい。
この違和感の原因は何だろうと考えてみたのだが…
分かった。
電灯はあるのだが、家電の類が一切ないし、時計も骨董品っぽい。
それだけではなく、紙やペンに至るまで質感が古めかしい。
室内にあった鏡をのぞき込んでみると、そこにいたのは…
俺じゃなかった。
見知らぬ子供だった。
この顔の人物が「タカマロ」という名前の坊ちゃんか。
ちょっと待てよ。
今って、もしかしたら令和ではないのだろうか?
いや、俺自身がこんなに小さくなってしまったのだ。時代が違っていても全く不思議じゃない。
そこで状況を確認するため、家の中で出会った人たちに質問してまわることにした。
まずは今日の日付だが、あの女性たちの姿を見ても21世紀じゃないのは間違いないだろう。
旅館ならばともかく、家の中で着物を着ている女性がいるなど、ちょっと考えられないし、窓から見える風景も令和の時代では考えられない、まるで時代劇のセットなのでは?と思えるようなものだったからだ。
これは…間違いなく過去だ。
しかも電灯はあるのだから、江戸時代以前ではないのは確実だ。
昭和初期か、大正時代だろうか?
部屋を出てウロウロしていると、さっきの女性たちを見つけたので、思い切って聞いてみた。
「あの。今は大正時代ですか?」
すると女性たちはお互いに顔を見合わせ、不思議そうな顔をした。間違ったか?
「たいしょう?ですか?いいえ。」
失敗したな。聞き方を変えた方がいいな。
「では…今日の日付なんですが、何年の何月何日でしたっけ?」
女性たちは一瞬、ちょっと変な顔をしたが言った。
「…明治25年5月20日ですが…」
明治かよ!明治に転生したのか?やっぱり人生やり直し?
愕然としたのだが、気を取り直し、家にいる他の人たちにも話を聞き、俺がおかれた立場を理解するに至る。
俺は満6歳の幼児らしい。
当然身長も低く、あの女性達が大きく見えたのはそのせいだ。
ちなみにあの女性達を含め、出会った皆さんはこの家に仕える人達らしい。
他にも使用人やら執事(?)やらと、男女合わせて30人以上の人が住んでいる。
そしてこの家がある場所は東京らしい。
過去に転生したのは驚きだ。それも驚きなのだが、もっと驚きなのは俺の名前だ。
近衛 高麿というらしい。
近衛家とは、本姓を「藤原」といい、奈良時代に分離した藤原四家の一つ、藤原北家を源流とする一族だ。
つまり朝廷に仕える公家なのだが、公家の中でも従三位以上を対象として呼称される公卿であり、公卿最高位の五摂家の、それも筆頭の家で、歴史上多数の関白を輩出したという極めて高貴な家柄だ。
で、俺はその現近衛家当主で、現在は華族最高位の公爵である近衛 篤麿の長男高麿というわけだ。
んん?
近現代史専門の学者として断言するが、近衛家にそんな人物はいない!
この時代の近衛家は、「あの」近衛 文麿を輩出するのだが、文麿は篤麿にとって第一子の長男だったはずで、文麿の母は文麿を産んだ直後に死亡したと記憶している。
とにかく現状が掴めないが、どうも俺の願いが通じて、歴史を改変する機会が与えられたのではと想像する。
何せ優柔不断で無責任であったとの評価が一般的な文麿でさえ、3度も内閣総理大臣を勤めたくらい有力な家だからな。
文麿とその父である篤麿は、揃って貴族院議長を務めたし、天皇家から見ても特別な扱いを受ける家でもある。
天皇陛下とも気軽に話せる身分だ。
つまりは日本の政治と進路に、絶大な影響力を行使できるのだ。
しかも、これから起きる未来の出来事を、俺は近現代史の専門家としてよく知っている。
さらに言えば。
現在は明治25年。つまり1892年だ。
従って日清戦争より以前なのだから、国家方針を軌道修正させる絶好のタイミングだ。
要するに悲惨な未来を回避する知恵と力、そしてチャンスが俺にはあるということだ!
よしやるぞ!もう何度も核攻撃を受けるなどごめんだ!
何としても日本の破滅を防ぎ、世界から尊敬される国に育ててみせようと誓った。