第二十三話 未来への布石②
1903年(明治36年)7月
Side:近衛高麿
俺と高橋是清は帰国の途についている。
実は俺がシフと面会した後に、うれしい誤算があった。
何とシフが更に1億円分の公債を追加で引き受けてくれたのだ。
合計1億5000万円。
令和の時価に換算すると、1兆円近い金額を引き受けてくれた。
これはもちろん史実にはないことで、俺との面会で日本に対する勝利の見込みを上げてくれたらしい。
ただし!利回りは6%と厳しいことに変わりはない。
やっぱり商売上手だな。
しかしながら、これで陸軍の武器弾薬の購入に余裕が生まれたのも事実だ。
史実では今回の公債だけでは戦費が足らず、戦時中に複数回にわたって追加募集を行ったが、戦況が日本優位に傾いていたお陰でそれ程の苦労はなかった。
また同時に利回りを低く設定する事も出来た。
この追加募集に際しても、シフは深く関わったのだが、開戦前における1億円の意味は大きい。
高橋是清も、もちろん驚いていて、一体シフとどんな交渉をしたのかとしつこく聞かれたが、ちょっとまだ誰にも言えないので勘弁してもらった。
しかし高橋是清という人は勘が凄いなと思う。
最近の父の実績は、どうも俺のアイデアではないかと薄々気付いている雰囲気がある。
さすがに油断できない人だ。そうでなくては金融の世界では生きていけないのかもしれないが。
この一件で未来の歴史家は、俺のことをなんと評価するだろうか?
「ユダヤの陰謀に加担した策謀家」とでも書くかもしれないな。
まあいいや受け入れよう。
しかしシフといい高橋是清といい、肝の太さも凄いなと思う。
史実でシフは、ロシア革命時にレーニンとトロツキーに当時の金額で4000万ドルという莫大な融資を行い、赤軍とロシア共産党の活動資金になって、日本もその悪影響を受ける事態になる。
日米の要人の周囲にいた共産党のスパイたちが暗躍する資金源にもなったのだ。
奴らへの融資を阻止できるかどうかは現時点では確定していないが、シフは戦勝後に陛下に招待され来日することになるだろうから、改めてそのあたりのことは詰めていきたい。
またシフを通じて貿易立国・日本の基盤を整備したいとも考えている。
そんなわけで、彼は今後の成否を占うキーパーソンの一人なのだ。
いま俺は地政学でいうところのチョークポイントを、この目で見て学習しているところだ。
チョークポイントとは、どうしてもそこを通らなければ効率が一気に落ちてしまうという、物流のカギとなる地点のことだ。
俺たちを乗せた船は、イギリスを発った後はジブラルタル海峡、スエズ運河、バブ・エル・マンデブ海峡、マラッカ海峡、台湾海峡といったチョークポイントを経て横浜へと至るのだ。
改めて考えてみたら、世界のチョークポイントのほとんどを押さえているのがイギリスだ。
地政学によれば、大陸国家は「面」を必要とする。
一帯を広く押さえなくてはいけないわけだ。
それに対して海洋国家はまず「点」を押さえることを優先する。
シンガポールや香港などはまさにそれだ。
そして次に航路、一路を押さえるわけだ。
歴史上、大陸国家と海洋国家の二兎を追って成功した国家はない。
大日本帝国がそれをやろうとして失敗したのは、以前に述べたとおりだ。
そして、ここまで読めば、令和の時代であの国のやっていたことが理解できるだろう。
くまのプーさん似の人が進めていた「一帯一路構想」だ。
一帯と一路。つまり二兎を追ったのだ。
それが行き詰まり、国内の不満を外に向けるために行ったのが、台湾と尖閣諸島に対する軍事侵攻だった。
船旅のついでに、海底ケーブルについても触れておかねばならない。
現在大陸間の主要な海底ケーブルを敷設したのは、もちろんイギリスで、世界の電信の大半を握っているのだ。
世界の多くの商業情報はイギリス製の電信を伝って流れるわけだ。
その気になれば全ての情報をイギリスが独占できるのだ。
これによりイギリスは、世界の情報の中心地となったばかりか、電信を利用した送金システムを構築するなど、さまざまな経済的利益を享受できるようになっている。
すなわちイギリスは、各国の経済活動を自国の利益に結び付けるシステムを確立しているわけだ。
二十一世紀の主流はインターネットだが、これを押さえていたのがアメリカだ。
アメリカ国家安全保障局 (NSA)は、プリズムと呼ばれる極秘の大量監視プログラムを使用して全ての情報を吸い上げることが出来るようになっていた。
アメリカはその気になれば全てのやり取りを覗き見出来たのだ。
改めて基本となるインフラを押さえる事の重要性を学んだ気がした。
さあ、もうすぐ日本だ。